#008 毒、独、ドク
どうやら私は石頭だったらしい。
襲撃する魔法使いたちに対して、私たちの行動はワンパターンだった。シエルは光の刃を生み出し、弾き飛ばしていき、私は勢いのまま、頭突きを噛ます。約十分ほど、彼らを追い払うことに成功した。
頭がヒリヒリする。禿げないか心配だった。
「魔法使いっぽくないわね」
シエルの感想はたった一言だった。
それから、視線を下へ。裏路地から見上げるこの襲撃犯のリーダーであろう男の元へ。
手には金の天秤。
ジロリと、私たちを睨んでいた。
屋上から弾かれ、男の足元に転がっていた仲間たちに向けて吐き捨てるように言う。
「小娘ごときに負けるとは」
「アンタも、その小娘ごときに負けるのよ」
シエルは喧嘩口調で言い放った。
形勢逆転と思ったのか、シエルにいつもの覇気が戻っている。瞳には自信に満ち溢れていた。
だが、男はさして喧嘩を買った様子は見られなかった。むしろ、不敵に笑ってみせた。
「愚かだな。お前たちは」
「天秤を返しなさい」
「……お前たちは、一つ、勘違いをしている」
男の言葉に、シエルは眉をひそめた。
「オレは盗ってない。秤文也は、手渡された」
「――」
シエルから息を呑む声。
私はそれほど驚きはしなかった。シエルと秤さんの会話。秤さんは一度も取り返してほしいとは口にしていない。何よりも、その気が無いように思えた。
「アイツは戦いを放棄した」
「それが、なによ?」
シエルの動揺は一瞬。それらを一気に押し殺したかのように。ゆっくりと手を伸ばす。その行く先は、男へ。
「魔法は、その人の魂そのものよ。何者も穢してはならない、神秘の領域よ。理想が、夢想が、そう簡単に消えるワケないでしょうっ?」
掌に、光が集った。
「
光のレーザー。それは一直線に男へ突き進む。
光速。速さを示す単語。それは刹那の間に男との距離を縮め、眼前まで迫っていた。男は目を見開く。咄嗟に身を捻っていた。光のレーザーは頬を掠り、皮膚を裂いた。
直後、シエルの頬もまた、裂かれた。
「なっ……!」
男は天秤を突き出していた。
「コイツの魔法はバランス。プラスとマイナスの査定を均等にするのさ。オレの怪我とダメージを与えたお前に、均等にダメージを受けることになったワケだ」
これでは素直にダメージを与えることができない。シエルは小さく舌打ちをした。
もし、私が突進したら――?
考えるだけで嫌気がさす。たとえ石頭でも割れてしまうかもしれない。あるいは禿げるか。
「お前たちは、潰しておこう」
『――!』
私たちは、無意識に後退っていた。
男の雰囲気が変わる。重く、沼に嵌ったかのように、息苦しい。
「オレは
男から、瘴気が溢れる。
紫色に染まった、見るからに怪しい瘴気。それは、風に乗り、私たちの元へと向かっていく。
「苦しみ、藻掛け――」
直後、毒の霧が、私たちに飛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ニナッ――!」
シエルが叫んだ時には、ニナはその意図を理解していた。シエルを抱え込むとニナはマーシャル・アーツを発動する。光のごとく、ニナたちの姿がかき消える。建物内をジグザグに進んでいき、毒の霧から逃げていく。
その動きに、シエルは目を瞠る。
その動きは、最初にシエルが見せたマーシャル・アーツに酷似していたからだ。ニナが意識していたかは不明であるが、一朝一夕にできるものではない。
それを、軽々とやってのける。
(もしかして、ニナって――天才?)
ニナたちはビルの中に突入した。
着地した途端、その勢いでオフィスが衝撃で荒れる。机やら書類やら吹き飛んだ。ニナは微妙な表情を浮かべた。
(ここに人たち……ごめんなさい)
ニナは座り込んだ。いつの間にか息は荒れていた。どっと体に襲いかかる疲れと安堵。鼓動が激しく動いていた。
初のマーシャル・アーツ。それはニナに大きな負担を与えていた。
「……シエル、どうする?」
「どうするも何も……戦うわ」
「どうやって――?」
ニナの見通すような瞳に、シエルは息を呑んだ。やがて、告げる。
「状況を整理しましょう。向こうの毒は多分受けたら死んじゃうヤツ。遠距離からの攻撃一択だけど……」
シエルの光は、真っ直ぐにしか進まない。緩やかなカーブこそ描けるが、基本的にコントロールが効かない。光の性質に従い、光速に敵を穿つことを土台とする。速さに追求しているせいか、威力は人や物に対しても弾く程度。
対して、ニナの魔法は対極と言える。
ニナの
「うーん、ちょうどわたしたちの魔法を組み合わせたらバランス良さそうだけど……」
「問題は天秤、か……」
ニナの呟きにシエルは頷く。
天秤の能力は自分たちが与えるはずのダメージを均等にし、お互いに降りかかる。まずは、天秤を取り返すことが重要だった。
「……そもそも、モノ自体が魔法って、どういうことだろ?」
ニナは今更になってそれを口にした。
シエルはこの状況、多少早口で答える。
「魔法自体が具象化したのよ。本人の素質によって、形を整える。ハカリにとっての魔法が天秤として具象化して、それがモノとして残り続けるってこと」
「そうなんだ……」
「……ん?」
ニナは僅かに考える素振りをした。
スイッチが切り替わったかのような。思考がフルに起動する。振り返るは学校生活。毎日をぼっちとして過ごしていた。それはニナに人間観察という習慣をつけさせ、洞察力を習得させた。
ニナの察しスキルが、一つの解答に行き着く。
同時に、何故考えつかなかったのかもわからないほどの、至極単純な答え。
「ねえ、シエル」
「ん?」
「別に、わざわざ天秤を取り返す必要って、ないんじゃない?」
「………………は?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
毒嶋は一歩、また一歩と進んでいた。
毒の霧は、進んでいく。また一歩と。
毒嶋は魔力感知により、ニナたちの場所は大体察知していた。ビル内部の中に隠れる。おそらく、どう倒せばいいのかと、作戦でも練っているのだろう。
一蹴したくなる。彼らのようなひ弱な魔法使いを見ると。
毒の魔法使いというのは、蔑称だ。
忌避すべき存在として、疎まれてきた。その魔法は残虐非道。在るだけで人を殺す技と化す。
故に、毒嶋は魔法だけで忌避と判断された。
だが、恨みこそしない。憎みもしない。このチカラは戦いには持ってつけだ。戦うことこそ、毒嶋にとっての本懐。――否、魔法使いとしての本性であるはず。
――不意に、ニナたちが動いた気配。
毒嶋の眼前に生じた光の球体。
攻撃性が無かったがゆえに、毒嶋の反応が遅れる。光の球体は一気に光り輝いた。目潰しだ。毒嶋は咄嗟に毒の霧を目の前に噴射させることで光を遮断しようとする。
隙が生まれる時間、数秒。
攻撃は移行されていた。
毒嶋の前に、ニナが立ち、光の矢が放たれた。それはすぐさま距離を縮め、毒嶋の眼前に迫っていた。
(速い、が……!)
毒嶋は反射神経をもって、矢を回避する。
ニナは毒の霧に向けて、一歩踏み込んだ。
(ほう……)
ニナは呼吸を止めている。この状態でいられるのは、一分か。戦う状況も踏まえると、三十秒も持つかどうか……。
いくら息をしなければ毒が回らないとは言え、無謀であり、蛮勇な行為であると言えよう。
(誰だ、コイツは……)
毒嶋がニナに興味を引き始めると。
直後、ニナの姿がかき消えた。
「――!」
否、ニナの動いを、毒嶋は捉えることができなかった。マーシャル・アーツの基本。その速さは、毒嶋を凌駕したのだ。
狙うは、毒嶋の手に収められた天秤。次に毒嶋が視認したとき、ニナは天秤に手を伸ばしかけていた。毒嶋は無意識にマーシャル・アーツを発動。振り抜くニナの腕を回避して、蹴りを放っていた。遅れて気づいたニナは目を血開きながら、蹴りをぎりぎり回避した。
ニナは手に光を集めた。
(こいつも、光の魔法使いかっ)
光は形を変えていく。光の刃だ。
ニナは力強く振るう。
毒嶋は先程の経験から既に回避行動に移っていた。だが、すぐに目を見開く。
ニナの攻撃が、
(まさか――……)
毒嶋が気づいたときには、遅かった。
毒嶋が逃げた先に、シエルは準備を完了していた。毒の霧の向こう側。手を突き出し、光の刃を収束させる。そのタイミングを、見極め。
「――
光の槍。
それは光速で毒嶋に進む。
まだ、回避できる。それは間違いない。ギリギリでいい。ただ、避けろ。毒嶋は半歩踏み込んだ。回避できる。そう確信した時。
毒嶋は、ようやく、彼女らの狙いに気づいた。
光の槍は、毒嶋の手に持つ、天秤だった。
(ッッッ――!!)
天秤は、光の槍によって貫かれ。
粒子となって、霧散した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この作戦の大部分は二つ。
一つは、毒嶋に対して、私とシエルの魔法の性質を悟らせないようにすること。そのために、私は自ら先陣切ったように見せかけ、遅く弱い攻撃を悟らせない。最初の攻撃も目潰しが私で、光の矢がシエルだった。
こうして、まんまと毒嶋は私の魔法もまた、シエルと
もう一つが、天秤を壊すこと。
これは、単純な話だった。
天秤は魔法の具象化。であれば、消滅すれば元の主に変換されるのが道理。毒嶋が手元に持っていたことを踏まえると、彼自身は既に気づいていたか。
ならば、取り返すよりも壊すことのほうがはるかに楽だ。
私の魔法の遅さは、毒嶋の感覚に確かな『ズレ』を与え、その隙間を縫うように、シエルが天秤を壊す。
我ながら上手くいったものだと、感心する。シエルとの連携が、自然に合致したのだ。
私は毒の霧から脱げ出すと、息を思いっきり吸った。――吐く。
(空気の有り難みに気づくとは……)
不意に、全身に痛みを訴える。よく見ると、肌が焼け爛れている。毒の霧を受けたせいか。
「成功ね、ニナっ」
シエルが抱きついてきた。
圧迫される。疲れた体にどんと響く。
「汗臭い……」
「くさいっ!?」
シエルはショックを受けていた。自分の体を嗅いでいる。私は毒嶋を見た。何も、毒嶋を倒したわけではない。むしろ、ここからが問題だ。
万策は尽きて、ただ逃げることに専念する。どうやって逃げ切ろうか……。
毒嶋は、小さく息を吐いた。
「……お前ら、」
ドスの利いた、低く、重い声。
「――殺してやる」
刹那、吹き荒れる毒の風。
先程の霧とは比べ物にならないほどのもの。私はシエルに叫んでいた。
「逃げてッ!」
毒の風は、私たちを呑み込んだ。
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