#007 仲間クエスト③

 二年前に起きた魔導大戦。

 秤文也もまた、無名のクランの一員として、弓月市を駆け巡っていた。そのクランのリーダーは過激派ではなく、ただ生き残ることのみを専念とし、文也はただひたすら逃げ続けていた。

 続く大戦。終わらない戦い。

 これが、たった一人の少年によって引き起こされたのだと思うと、ゾッとする。この状況は、まさに地獄そのものと言えた。

 地獄で生き残るほどの力を秤たちは持っていなかった。一人、また一人と仲間が死んでいく。

 ただでさえ、街中では化け物たちが戦い合っているというのに、自分たちが狙われれば、一瞬で命の灯をかき消される。

 絶望というのは、すぐそこにある。



『――お前が特殊なチカラを持つ、魔法使いだな?』



 男はそう告げた。魔導大戦の最中、文也は自分の力を狙われた。そのせいで、自分のせいで、仲間の命が奪われた。


『……何故、ボクを狙う?』

『オレの上司が、そのチカラが魅力的だと判断したのだろう? オレは知らん。知る必要もねえ』

『そんなことの、ために……』

『ああ、そんなことでオレたちの気分にもなれ』


 面倒そうに、男は告げた。

 男は両手をぱっと、広げる。


『見ろっ! この戦場を! オレは生まれてこの方、こんな戦場を初めて見た。やはり、戦場とは美しい。これを引き起こした椚夕夜には感謝してるぐらいだ。それなのに、チマチマとした作業をさせられてるんだ。お前も潔さを見せてくれ』

『……』


 周囲から、轟音が聞こえる。

 響き渡る悲鳴。剣戟。爆発音。全てが入り混じり、それらがBGMのように耳に入る。こびり続ける。



 不意に、轟音。



 それは、文也の頭上が響く。

 ズシンと来た重い音は耳鳴りを起こし、まるで大気全体が唸っているかのようであった。


『ほう』


 男は感心したように呟く。文也から視線を外し、上空を見ていた。文也も自然と視線を追ってしまっていた。


『なっ――、』


 それを、魔法と表現していいのか。

 もしそうであるなら、自分の魔法はあまりにも弱々しく思えてしまう。

 空に広がるは、巨大な隕石。それが弓月市に向けて、落下しようとしていた。もはや、逃げる余地すら与えない。

 街を一瞬で消すほどの威力。自分たちも塵と化す。それが、たった一人の魔法使いによって生み出されている。


『素晴らしい……!』


 男は歓喜していた。


『……終わりだ、』


 そう呟いた直後。



 巨大な剣が出現し、隕石を貫いた。



 隕石以上の轟音が空を響かせる。

 余波も、隕石の欠片一つでさえも消滅させた黒い剣はやがて消滅していく。


『これが、頂上に至る者たちの戦い、か……』


 男の声音には歓喜が残っている。惚れ惚れするように、戦いを見ていた。ようやく、文也に視線を戻したとき、その表情には満足に溢れている。



『――さあ、お前の魔法を渡せ』



 このときの文也に躊躇は無かった。

 あれほど手渡すのを嫌った魔法も、仲間たちの犠牲の上に成り立っていたものも、全てを崩してでも。

 文也は魔法を渡していた。

 後悔はなかった。

 なかった、はず。

 ただ、馬鹿らしく思えた。自分の目指したモノも、自分の誇らしい魔法も、微かな自信も実力も。世界から見れば、上の魔法使いから市で見れば、微々たるもの。決して、珍しくも、凄みもない。

 ごっこ遊びだった。


『……ふぅん、これがお前の魔法か。確かに上司が気になるのもわかるが……。まあいい。お前は殺さない。勝手にくたばってな』


 結局、生き残った。

 晴れて、魔法使いという枷から逃れたというのに。

 後悔は、なかった。

 そのはずだった。



 ――アナタは、王に会いたくないのっ? 魔法使いとしての、目的は無いのっ?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一斉に襲撃してくる魔法使い。

 それに対して、シエルは叫んだ。


「飛ぶわよッ!」

「飛ぶ――!?」


 飛ぶとは、なんだ? 翼でも生やすのか。そう思っていると、シエルは地面に強く踏み込む。ミシっ、と地面が窪んだ。

 直後、シエルは大きく跳躍した。異常な高さを誇る。私が呆けていたのは、ほんの数秒。

 急かされるように、地面を蹴った。



 ぴょんっ。



「…………………………へ?」

「だめかー」


 私の跳躍は甘く見積もって五十センチほどだった。シエルのように高く飛べるはずがない。シエルから素っ頓狂な声が漏れた。


「あ、舐めてるのか?」


 男から苛立ちのこもった声音。

 舐めてるつもりは毛頭なかった。

 襲撃してきた魔法使いは既に私の間合いに入り込んでいた。それぞれが勝手に魔法を発動し、私に迫る。今更、逃げることはできない。


「ニナっ!」


 シエルの声が聞こえた。

 死――という単語は、出てこなかった。

 感情は、揺れ動かなかった。


「――」


 指先を流れるように。

 灯す光を、放った。

 それは小さな光の球体を生み出し、すぐに弾ける。弾けた途端、視界を白に覆い尽くすほどの光に包まれた。


『がっ――!』


 一瞬の目潰し。それでも十分だった。

 シエルはすぐに私の元に戻ると、私をお姫様抱っこして再び跳躍した。体に襲う浮遊感。私たちは今、夜の街を文字通り飛んでいた。


「きれい……」


 視界から広がる街の景色。思わず漏らした一言にシエルは叫んでいた。


「呑気にしてると死ぬわよっ?」


 シエルは建物の隙間を縫うように、壁を蹴って上へと登っていく。やがて、建物の屋上で足を止めた。


「ふぅ……」


 シエルはひと息。


「シエルって、運動神経すごいね。あれ、どうやってるの?」


 私は咄嗟に質問していた。シエルは私の質問に目を丸くし、すぐに納得顔を見せた。


「そういえば、ニナって魔法使いになって日が浅かったわね。これは魔法使いの基本――マーシャル・アーツ」

「まーしゃる、あーつ」


 口の中で反芻させるが、慣れない。

 コロコロと転がるキャンディーのように、口の中に塊がある感じ。舌が疲れてしまうような。


「マーシャル・アーツは全身に流れる魔力を利用して、身体能力を向上させる技術よ。ニナも今すぐにマスターして。じゃないと死んじゃうから」

「えっ? 今?」

「そう、今よ」


 何とも唐突な。

 もっと早く教えてもらいたかった。あるいは、そうならないような事の運び方をしてもらいたかった。文句を挙げればキリがないが。


「感覚としては、魔力を全身に行き渡らせる。血のように。そうすると、熱がこもる。チカラが湧き上がってくる」


 先程の魔法使いたちが再び私たちを囲った。表情を見て、すぐに怒っているの理解できた。小娘相手に愚弄されたのがプライドが傷つけられたのだろう。


「さあ、早速実践よ。どうにかして撃退するわよ」

「どうにかって?」

「リンキオウヘン!」

「便利な四字熟語ね」


 再び、襲撃。

 迫りくる魔法使いたち。

 どうにかするには、マーシャル・アーツなる魔法使いの基本を伝授しなければならない。逃げるにしても、戦うにしても。

 そもそも、魔力とはなんぞや。

 言いたいことは山ほどある。まだ、戦う実感が無いのに、戦場に放り込まれた。


「行くわッ!」


 シエルの号令と共に。

 私は、地面を蹴った。



 直後、無意識の内に、マーシャル・アーツを理解する。

 魔力とは、私の血だ。肌だ。臓器だ。骨だ。髪の毛だ。魂だ。私自身が、魔力の基によって構成された存在だ。

 つまり、自然と流れを識れば、それを発動できる。きっかけはただ、認識すること。ただそれだけ。



 地面を蹴り出したとき。

 刹那、私の視界は一瞬に流れた。 


「……え?」


 偶然、伸ばしていた手が迫る魔法使いの一人に触れていた。衝撃の流れは逆らうことなく、進んでいく。私にはスローモーションのように世界が見えた。

 蹴った瞬間、誰よりも早く魔法使いの間合いに入り込んだこと。勢いのあまり、伸ばした手は拳となり、顔面に突き刺さっていること。

 世界の速度が、戻っていく。


「がハァッ!?」


 魔法使いが勢いのもと吹き飛ぶ。


「――うそでしょ? 本当に一発で使っ……、それも、わたしよりも高度に」


 慌てて、止まる。

 いつの間にか、囲いの外にいた。


「なっ、疾いっ!?」


 動揺が起き始めた。


「ニナっ! 反撃開始よ!」


 ここぞとばかり、シエルは魔法を発動した。私は、一歩踏み込む。

 地面を、蹴った。

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