#006 仲間クエスト➁

 魔法を、――?

 その言い方に、どこか違和感を覚えた。それはシエルも同じだったのか。あるいは、同じであっても受け取り方が違ったのか。

 眉をひそめながら、秤さんに訊く。

「それは、魔法因子を奪われたってこと?」

 知らない単語が出てきた。

 秤さんは首を横に振った。

「そうじゃない」

 ここは魔法因子について問うておくべきか。けれど、それでは私が興味津々なていを見せかねない。

 結局、何も口を挟まないことにする。

 秤さんの答えに、シエルは更に困惑した表情を浮かべた。

「じゃあ、どういうこと?」

「ボクの魔法は、モノの具象化なんだ。そのモノ自体を、二年前に盗られた」

 二年前。その数字が示すものは、一つしかない。自然と耳を傾けてしまっていた。

「二年前って……」

「ああ、うん。魔導大戦だよ」

 ここでも出た。

 魔導大戦。シエルからも出た単語。それが何を指す単語なのか、私にはわからない。しかし、魔法使いにとって大きな意味を持つ単語であることだけは、伝わる。

「椚、夕夜……」

 私は、ぽつりと漏らしていた。

 その後、ハッとして口を閉ざした。無意識の内に紡いでいた。シエルも、秤さんも、聞き取った後だった。

「そう、ね。そういえば、ニナは魔導大戦のこと、知らなかったわね」

「えっ? 知らないの?」

 秤が純粋に驚く。

「知らないのよ」と答えるシエル。

「魔導大戦っていうのは、ようは魔法使いたちの戦いのこと。その最後を決める戦い」

「えっと、魔法使いの全国大会?」

「んー、まあそんなとこ」

 当たらずも遠からず。微妙な返しをされてしまった。

「それで、優勝賞品はなんなの?」

 私は続きを促していた。何も、最強を決めるだけの戦いではないだろう。そんな回りくどい方法を取るとは考えづらい。まるで天下一なんちゃらだ。

「優勝賞品は、王の謁見よ」

「…………ん?」

 曰く、魔導大戦は儀式だ。

 魔法使いたちの戦いによって生じるリソース=魔力が千年前に封印した王を一時的に顕現させることができる。唯一人の魔法使いが王との謁見を許されるという。

「……そんなことの、ために?」

 思わず、口から出ていた。

 シエルはくすりと笑った。

「……まあ、元非魔法使いの反応としては、そんなものよね」

 きっと、この感覚は、私とシエルでは永遠に理解することは出来ないだろう。これは、文化だ。生き方そのものに関わってくる。

「じゃあ、あの王の塔に王様がいるって噂も?」

「ええ、本当よ」

 少しだけ、スッキリした部分もある。

 蹲っていた靄が晴れたような。……それにしても壮大な話ではあったけれど。

「……と、まあ。話を戻して」

 シエルが無理やり修正を図る。

「その二年前の魔導大戦で、ハカリは魔法を盗られたってことね?」

「そう」

「なら、取り返せばいいじゃない」

 むぅ……。さも簡単に言ってくれる。

 秤さんも同じように思ったらしい。

「いやいやいや、そう事が上手く運ぶワケないって。ボクはもう魔力が練れる程度だ。戦力にならない」

「だから、わたしたちが代わりに取り返しに行くってことよ」

「え?」「えっ?」

 私と秤さんの言葉が重なった。

 いつの間にか、巻き込まれている。沼に片足をどっぷりと浸かってしまったかのような、窒息感。

「ちょ、シエル――」

「大丈夫、わたしが付いてるわ」

 わ、男前。……とは思わない。

「シエルの実力って、別にそこまで強いってワケじゃないんでしょ?」

「うっ……大丈夫よ。どうにかなるわ」

 この行きあたりばったりな性格、見ていてハラハラしてしまう。……もしくは、私はシエルを心配していたのかもしれない。誰かに対して、こういった感情を覚えたのは、初めてだった。

「……やめておいたほうがいいと思うけど」

 秤さんはそう言った。

「相手が悪い」

「それはわたしたちが聞いてから考えることにするわ」

「…………はぁ」

 諦観九割、呆れ一割のため息。

「あるクランに所属している……三人の幹部のうち一人〈毒の魔法使い〉」

 秤さんはかつての記憶を思い出していたのか、苦々しそうに表情を歪めた。

 シエルは更に続けた。

「あるクランってのは?」


「――〈怒る女皇アンクイ〉」


「――」

 私は、その時のシエルの表情を決して見逃さなかった。今でも、その記憶はこびりついて、離れようとはしない。

 シエルの瞳が揺れて、一瞬だけ全くの別人であるかのように見えてしまった。

 憎悪に染まった、瞳が揺れて、やがて消えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――それで、どうやって探すの?」

 秤さんの部屋から出たとき、空は既に暗闇に染まろうとしていた。遠くから大気を震えるような、鐘の音が響く。王の鐘だった。

 私の問いに、シエルは私を見た。

「どうやって探そうかしら?」

「……やっぱり」

 私はため息をつきつつ、シエルの表情をちらりと見た。先程の、憎悪の感情は一切見当たらない。

 ……気のせいだったのだろうか。

「け、けどっ。方法はいくつかあるわ!」

「方法って?」

「一つは情報屋に聞くこと。界隈だとお金さえ積めばどんな情報でも教えてくれる魔法使いがいるみたいなの」

「お金っていくらぐらい?」

「えっと……これくらい?」

「なっ、」

 息を呑んだ。あまりにも高すぎる。

「――却下」

 すぐさまシエルの提案を溝に捨てた。そんなお金、どこから持ってくると言うのだ。

「それじゃあもう一つ、片っ端から魔法使いを見つけて聞いていくの。そしたら見つかるはずよ」

「そんなゲームみたいに……」

「仲間クエストの再開ねっ」

 あ、まだそれ続いていたのか……。

「これから準備して出ましょう。ちょうど魔法使いが活動を始める時間だから」

「……うん」

 なんというか、女子高生二人が夜遊びに出掛けるような、そんな気分だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一週間。

 秤さんの魔法を盗んだという〈毒の魔法使い〉捜索から、一週間が経過した。

 秤さんの話を聞いてから、私たちは何人かの魔法使いと遭遇した。実際、魔法使いに会って驚いた。まるで非魔法使いのように、世界に溶け込んでいるのだ。

 あまり、魔法使いらしくない。

 そんな感覚を得たのだ。

 彼らの会話を請け負ったのはシエル。しかし、結果は芳しくなかった。

 そもそも、彼らは〈怒る女皇アンクイ〉という単語を聞くだけで逃げてしまう。

 唯一(半ばシエルが無理やり)、聞き出した男の言葉によると。

『――アイツらにはヤバい組織がバックにいる』

 とのこと。

 その、の名前については、どんなに強引に迫っても口を開くことはなかった。ブルブルと身体を震わせ、決して言わない。

『言えない……、殺される……!』

 それはもう、魂にすら刻まれた恐怖だった。

 人が、これほどまで恐れているのを、初めて見た。それも大の男がだ。私たちも、それ以上聞くのを躊躇ってしまった。

 それ以外、有力な情報と言えるものは、何一つない。そもそも、男の情報も有力と言えたのかどうかも……。

 遂に、十日目。

 私は痺れを切らしたかのように、シエルに訊いていた。

「――ねえ、ほんとに探せるの? その、〈毒の魔法使い〉に……」

「ええ、会えるわ」

 奇妙な答え方だっあ。

 けれど、断言した、はっきりとしたもの。

「別に、探さなくても、こうして探してる風を装っておけば、きっと向こうから来てくれるわ」

「ん? 謎かけ?」

「違うわよ」

 空はもう闇色に染まっている。

 私とシエルは避難都市の路地裏にて、会話をしている。シエルは足を止めて、私を見た。

「こういうはね、後ろめたいからあまり外には出ないのよ。けど、その分、慎重深い。自分を追っている人がいるって聞いたら、小さな芽でも潰そうとするのが悪人のさがよ」

「……って、ことは?」

「今日中にでも現れるんじゃないかしら?」


「――お前たちか? オレの周りを嗅ぎ回ってるヤツは?」


 それは、忽然と現れる。

 私たちの目の前に、とんと現れた男。容姿も平凡。これといった特徴も一切ない。それこそ、ここ最近会った魔法使いと遜色ない。それなのに。

 ――違う。はっきりと、言える。

 目の前にいるのは、魔法使いなのだと。肌で、雰囲気で、魂が、訴える。

「……そうよ」

 ごくり、と。唾を飲んだシエルが不敵に笑う。けれど、私にはわかった。それは、ハッタリだ。彼女特有の、強がりにすぎない。

「なんだ、お前たち。ただのガキじゃねえか」

「アナタ、ハカリ、ふ……ふ……」

文也ふみや」と私。

「そ、そうっ! ハカリ・フミヤという魔法使いを知ってるわよねっ?」

「あ……?」

 男は、言葉を漏らした。

 何言ってるんだ、とでも言いたげな。

「ハカリの魔法を返しなさいっ!」

 思わずため息をつきたくなった。

 これではあまりにも直球過ぎる。もっと、こう……遠回りな言い方や腹の探り合いができないものか。

 しかし、それはある意味の不意打ちにはなった。向こうも直球で聞いてくるとは思ってなかったのだろう。驚いた表情を浮かべていた。

「お前たち……秤の代行者か」

「ええ、そうよっ」

「……はっ、ガキの使いか」

 吐き捨てるように男は言った。

 シエルはあからさまに怒りを露わにしているが、正直私も同意見だった。

「とにかくっ! 返しなさい!」

「はいそーですかで返すと思うか?」

「思わない! ……けど、それなら力尽くよ」

「………………はぁ」

 男は、大きなため息をついた。

 さぞ、疲れたように。呆れたように。

「最近のガキはこれだからいけねえ。引き際ってやつを知らない」

 男はそう言って手を伸ばす。すると、いつの間にか、男の手に天秤が出現した。金色の、教科書に乗っていそうな、天秤だ。

「お前たちが、欲しいのはこれか?」

「なっ、」

「秤のヤツも焼きが回ったな。こんなガキにオレたちを相手するなんてなぁ」

 オレ。不意に、周囲から視線を感じた。……囲まれている。罠を掛けたと思っていた私たちが、既に罠にハマってしまっている。

「お前たちは、目障りだ。の邪魔になる可能性は、排除する。お前たちも、死ね――」

 男は、嗤う。

 直後、闇から現れた魔法使いが私たちに襲いかかってきた。

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