#005 仲間クエスト①

 学校はその日、休校になった。

 何でも、学校内が無惨にも荒らされていたらしい。その手口は明らかに魔法使いによるもの。何故、魔法使いが襲撃してきたのか。その理由よりも、魔法使いが身近にいた、という方が彼らにとっては恐怖だった。

 安全確認が終了するまでの一週間、つかの間の休みになったのだ。

 ……原因は私たちにあるのだけれど。

 そのため、平日であるのに、朝遅く起きた。いつもであれば完全に遅刻な時間帯だ。

 それも起きた原因は、チャイムだ。

 先程から何度も何度も何度も。

 近所迷惑のようにチャイムが鳴り続けている。流石に目も覚めた。

 私は扉を開けた。


「おっ、そいっっ!!」


 シエルの第一声はそれだった。


「えっと……、おはよう?」

ようっ。で、もう一時間も待ってたのよっ!」

「帰ればいいじゃん」

「ここまで来たら引き下がれないじゃないっ!」


 なるほど、ポンコツなのか。

 ぽんっ、と思わず手を打ってしまった。


「邪魔するわ」

「ほんとに邪魔なんだけどね」


 シエルは私の許可なく、平然と部屋へと入った。


「部屋狭いわね」


 入って早々失礼なことを口にした。

 私の住む場所は避難都市に設けられたアパートの一角。高校を卒業するまでの条件付きで家賃も無償。弓月市で被害を受けた人たちの救済処置だった。

 自分の部屋もベッド、机。本棚があるだけのシンプルな様相。


「なんというか、つまらないわ」

「ほんと、のっけからズカズカ言ってくるなぁ」


 私はそう言いながら、洗面所で顔を洗う。

 朝の支度を適当に済ませつつ、元の部屋に戻ると、シエルは本棚に視線を向けていた。


「『黄金期』……『黒箱』……『矛盾』……。これ、日本の小説ね」

「シエル……さんは、読まないの?」

「シエルでいいわ。……日本のコミックなら読むんだけどね。『お前はもう生きている!』とか『新世界の蟹になる!』とか」

「所々私の知ってるやつと違うんだけど……」


 シエルは気にした素振りを見せていなかった。小説の一冊を手に取り、ペラペラとめくっていく。


「わー、多分むりね」

「諦めるの早いよ」

「えっと作者は……ミナミナミナト?」

「御城湊」


 私はベッドの上に座り込んだ。 


「――それで、何の用?」


 先程から話が脱線していた。無理やり元に戻す必要があった。シエルもそのことに気づいたのか、ごほんとわざとらしく咳をついた。


「わたし、ようやく仲間を見つけたわけじゃない? この調子でどんどん見つけていきたいと思ってるの」

「え、いつの間にか、わたし入ってるの?」

「え? 入ってないの?」


 不思議な顔をされた。

 さも、私は仲間認定されているかのような。それが当然であるかのように。


「えー、いや、えー?」


 私も首を傾げてしまう。


「まあ、ともかく。これからの流れについてなんだけど……」

「そもそも、そう簡単に魔法使いなんて見つかる? ここは一応、避難都市なんだよ?」


 シエルは目を丸くした。

 これまた、何を言ってるのかと言わんばかりに。


「避難都市だからこそだよ。ここは、二年前の魔導大戦から逃げてきた魔法使いたちで溢れてるんだよ。魔法都市には住めない、そんな中途半端な実力の人たちが住んでるんだよ」

「中途半端って」

「ほら、わたしもそうだし」

「あ、そこは認めてるんだ」


 シエルは私の隣に座り込んだ。


「……と、いうワケで。新しい仲間探しなんだけど」


 シエルは私に目を合わせた。

 綺麗な金色の瞳。妙に惹かれてしまう。


「実は一人、があるのよ」

「ふーん」

「それが、このアパートに住んでるの」

「ふーん…………へ?」


 ちょっと待った。

 今、なんと言ったか。


「このアパートに、住んでる?」

「そう、わたしも驚いたわっ」


 それはこちらの台詞だが……。


「え、誰?」


 ここに住む者たちとは面識があった。このアパートの住人は横の繋がりだ。同じく魔法使いによって受けた被害者。お互い助け合って生きている。


「えっと、なんて言ったかしら。……ハカリだったような」

「……あー、秤さん」


 一度だけ、面識があった。

 私の上の階に住む。ほとんど部屋から出ることがなく、やや引き籠もりのような生活をしている男性だ。そうか、あの人が魔法使い……。


「ほら、じゃあ行きましょ」

「えっ?」

「ハカリのところへよ」

「え、ちょ」

「さぁて、仲間クエストの始まりよ!」


 なんか楽しそうだなぁ……。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 階段を上がって一番端。

 そこが秤さんの部屋だ。チャイムを鳴らした。一度で反応を示す。


『……はい?』

「えっと、下に住んでいる新崎と申しますけど」


 何故か、私が答えることになった。

 インターホンの先から動揺があった。


『あ、ああ。新崎さん? ちょ、ちょっと待ってください』


 扉の先からドタバタと足音が聞こえてくる。どこか慌てたような、焦燥感を伝えてくる。

 扉が勢いよく開いた。

 出てきたのは前髪の長い、ボサボサの格好をした男。丸渕の眼鏡を掛けていた。


「えっと、すいません。何かウチに問題が――あ、」


 秤さんの視線はすぐに私の後ろにいたシエルに向かれた。その表情が露骨に嫌そうなものへと変化していく。

 それだけで、私の正体も把握したらしい。


「自分、そういう勧誘は受けるつもりがないので――」

「ちょっと待ったっっ!!」

「どわっ!」


 扉を閉めようとした秤さんに対して、シエルは俊敏な動きで扉を押さえつけた。古いアパートであるため、扉はギシッ、と嫌な音を立てた。


「なっ、ちょ、無理やり――」

「お願いっ! 話だけでも聞いてっ! ね? ねっ?」


 もう必死だった。

 学校では美少女と褒め称えられた姿もここでは無様に見えた。


「あー、その、あー、もうっ!」


 秤さんも速攻で諦めた。

 仕方なく、扉をゆっくりと開けた。


「話だけ、ですから」


 秤さんは部屋に戻っていく。シエルはぎゅっと、拳を握ると秤さんの部屋に足を踏み入れていく。


「……んー」


 私はやや躊躇いつつ、足を踏み入れた。

 予想より(というのも失礼だけど)部屋の中は綺麗だった。男の独り暮らしにしては、物も少ない。私の部屋とそれほど変わらない構造。大きなデスクにはPCの機器が置かれていた。今は画面が明滅している。その他には本棚、ソファがある。

 部屋のカーテンは閉め切っていた。

 シエルはどかどかと中に入ると、カーテンを一気に開けた。陽光が差し込んでくる。秤さんは呻き声をあげた。


「や、灼ける……!」

「ドラキュラか」


 秤さんは慌ててカーテンを閉めた。

 それから深呼吸するように椅子に座る。自分の部屋だというのに、どこか居心地が悪そうだ。


「話を聞く前に、一つ聞いておきたいんだけど……」


 秤さんがそう言った。


「新崎さんは……魔法使いだったの?」


 当然の疑問がやって来た。


「まあ……そうみたいです」

「んん?」


 何とも言えない答えだったために、秤さんも困惑していた。


「まあ、ニナの話はひとまず置いておいて」


 シエルがそう言うと、秤さんに言った。


「ハカリ、わたしたちの仲間になって」

「嫌ですよ」


 秤さんはそう言いながら、既にパソコンの方に意識を向けてしまっていた。画面からはゲームをしているようだ。秤さんのアバターらしきものが釣りをしていた。


「これ、前にも同じやりとりしましたよね? 今更ユヅキに行こうだなんて、自殺行為ですよ」

「だから仲間を集めてるんじゃない」

「そんな仲間、そう簡単に集まりませんよ。何なら、メリットが無い」

「ユヅキに入れるのよ――!?」


 シエルはそれてもなお訴える。


「アナタは、王に会いたくないのっ? 魔法使いとしての、目的は無いのっ?」

「……」


 秤さんは黙り込む。

 やがて、小さなため息をついた。

 PCの画面から一本釣りで魚が釣っていた。秤さんはシエルを見る。


「まあ、仮にボクに目的があったとしても――……ボクはもう戦えない」

「……なんで?」


 シエルは秤さんの僅かな表情の仕草を見据えた。ちょっとした違和感。ただ嫌がっているだけではない。根本的な理由があって、秤さんは戦わない。

 だが、秤さんはこうも言った。

 戦えない。

 戦わないではなく、できないと言った。



「――ボクの魔法は、二年前に盗られてしまったから」

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