#004 光を知る者③

 魔力は辿れる。

 自分の感覚を広げる。そうすると、世界に微かな違和感があるのがわかる。これが魔力の残滓だ。

 魔法使い同士は共鳴し合う。

 シエルはニナの居場所は大体の見当をつけることができていた。階段は三階まで上がる。そこで、シエルは驚く。

 この学校の構造はL字。その行き止まりにある視聴覚室だったからだ。逃げ場のない、完全な閉鎖空間。

 無策で飛び込んだとは考えづらい。


(ようやく、戦う気になったってことかしら)


 シエルは意気揚々と、視聴覚室に足を踏み込んだ。

 瞬間、視界が黒に覆われた。


「……!」


 正確には、部屋自体が真っ暗だった。

 光一つ閉ざされている。視聴覚室は元々、モニターやスクリーンを使い、映像を扱った講義が行われる場所だ。そのため、黒いカーテン等で光を遮断する。机も規則的に横長に繋がっている。

 シエルは掌に光を灯した。

 目を凝らせば、暗闇の中でも目は慣れてくる。


(不意打ちが狙いってこと?)


 魔力の察知は大体だ。閉鎖空間においては、この辺にいる、という感覚だけしかない。シエルの実力では完全な察知は不可能だ。


「さて、戦う気になってくれたのは嬉しいけれど、どうするつもりなのかしらねっ」



 不意に、パッと。



 暗闇の中で一筋の光が揺れた。

 それは蛍の光のように、宙をくるくると回っている。シエルは妙に視線を向けられる。


(――!?)


 それは、無数の光。

 攻撃力は皆無。ただ、ゆらゆらと揺らぐ光が視聴覚室に揺らぎ始めた。シエルは試しに触れてみた。パッと、光が消えるだけで、何の効力も無かった。


「本当に、何のつもりかしらっ!」


 痺れを切らしたシエルは、光の輪っかを出現させた。それは徐々に数を増やしていく。計二十以上――。


薙ぎ払え光よes una luzッッ!!」


 光の輪っかは同時に放たれた。レーザーカッターのように、刹那の勢いで横長の机を弾き飛ば――


「なっ――!?」


 弾かれたのは、シエルの魔法だった。


「まさかっ、」


 宙に浮いていた光は消えていく。

 代わりに、横長の机が一列と、光輝いていた。付与の魔法。シエルの魔法すらも阻む強度。



 布石は実に単純。

 しかし、シエルはニナを侮っていた。

 ニナが出来ることはたった二つ。光を生み出すこととモノに光を付与すること。机に付与することで、モノは輝いてしまうが、光の筋に意識を向けさせることで、それを気づかせない工夫。

 その間に横長の机の下を潜りながら、シエルの背後へと近づく。

 魔法が弾かれた衝撃は、シエルの動きを鈍らせた。



「ッ――!」


 ニナは背中から一気に押さえ込んだ。

 そのまま二人同じく地面に叩きつける。


「んぐッ!」


 シエルは衝撃のあまり、呻き声を上げた。

 動けない。押さえ込まれてしまっている。特に二つの弾力がシエルを苛つかせた。


(この子、思ったより巨にゅ――)

「抵抗しないで」


 ニナの声に、シエルはピタリと動き止めた。驚くほど声は冷たく、鋭かったからだ。

 ニナの片手はシエルの首を押さえていた。ひんやりとした肌が触れ合い、寒気を覚える。人に触れられることの、本能的な恐怖。それを、シエルは察したのだ。


「それ以上戦う意志を見せれば、首をへし折ります」


 ――ああ、コイツ、出来るな。

 その言葉だけで、納得させられる。


「突いてみれば、とんだじゃじゃ馬だったみたいね」

「じゃじゃ馬って」


 ニナは小さくため息をついていた。


「少し、質問をしても」

「……ええ、まあ、こんな状態じゃあ、アナタの話を聞くしかないでしょう?」


 ニナは眉をひそめる。

 こんな状態にされてもなお、余裕を感じる。まだ奥手を隠してるような。そんな、危機感を覚える。その潔さが、ニナを不安させた。


「――魔導大戦。それって、なに?

 手始めに聞く質問。

 核心ではなく、その周りから指摘しようとした。だが、シエルにとっては、本当に予想外な質問だった。


「…………えっ?」

「え?」


 ニナも、驚く。

 まさか、そこまで驚かれるとは。


「………………あれ、」


 シエルは、ようやく、悟った。


「…………ん? もしかして、わたし。早とちり?」

「……多分、そうだと思うよ」


 ニナはもう一度、大きなため息をした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ごめんっ!」


 戦いから数分後。

 シエルは平謝りをしていた。申し訳無さを全開に出している。そんな姿を見ていると私も許してあげたくなる……程でもなかった。


「その、よくわからないんで、説明お願いできますか?」

「ええ、もちろんっ」


 シエルは嬉しそうに頷く。

 ちなみにまだ許したワケではない。


「わたしの目的はね、〈ユヅキ〉に入ることなのよっ」

「ユヅキって、あの……魔法都市?」

「そうとも呼ばれてるらしいわね」


 魔法都市〈ユヅキ〉。

 今から二年前。魔法使いの存在が初めて確認された場所であり、戦争の舞台となった場所。その首謀者である椚夕夜もあの日以来、行方不明だ。


「けど、ユヅキって立入禁止だった気がするんですけど?」

「あー、それは建前よ」


 シエルはさらりと言ってのけた。


「ユヅキはね。今や世界にとっての一番よ魔法使いの集う地なの。王の塔もある。……まあ、当然って言えば当然なんだけども。わたしは、ちょっと会いたい人がいて」


 ん、急に乙女チックな話になった。

 会いたい人とは……恋人や家族――?


「ユヅキは魔法使いでも強い人が多いの。三大クランって呼ばれてる組織だと、世界最強を争ってぐらいなんだから。それをわたし一人で突っ込むなんて、自殺行為。だからね、仲間を集めることにしたの」

「仲間……?」

「そう、仲間っ。わたしと一緒にユヅキに行ってくれる仲間を」


 冗談じゃない。


「それで、私を?」

「ええっ」

「なら、なんで戦う必要があったの?」

「うっ、えっと……それは……」


 シエルの目が泳ぎ出した。

 必死に言葉を出そうとしているのか。


「……実力を、図りたかったから」

「……もっとマシな嘘ついてくださいよ」

「けどねっ! アナタのチカラ、わたしに似てるじゃないっ? きっとなのよ!」

「わたし、そういうの信じてませんから」

「ツレないわね」


 私はシエルを見た。


「それで、私の話なんだけど」

「うん?」

「私って、今まで魔法使いじゃなくて、二年前に魔法使いになったんだけど」

「あー、なるほどね〜」


 シエルは、あまり驚きはしなかった。

 てっきり、驚くと思っていたのに。少しだけ残念だった。


「魔法使いに成る条件って案外簡単なのよ。魔法を認識すること。きっと、二年前の魔導大戦で、アナタの認識が変わったのよ」

「それだと、みんな魔法使いになってもいいけど……?」

「強烈な認識じゃないとダメなの。みんな、心のどこかで魔法使いと自分は関係ないって、そう思ってるから。当事者であることの意識。それが魔法使いとしてのチカラを開花させるらしいわよ。……まあ、その感覚はわたしにはわからないのだけどね」

「へぇ……」


 ならば、私にとっての魔法の認識は、それほどまでに強烈な出来事だったということ。

 私が最初に思い出せるのは、の背中。黒の少年だ。

 きっと、彼との出逢いが衝撃的過ぎたのだ。


「それで、こんな流れになったけれど、仲間になってくれないかしらっ?」


 シエルは、手を伸ばしてくる。

 私はその手をじっと見た。

 私は、答えた。


「それよりも、壊しちゃった備品とか、どうするの?」

「…………………………あ、」


 何も考えていなかったらしい。

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