#003 光を知る者②

 光の矢が放たれると同時、私は走り出していた。光の矢は一気に机を弾き飛ばしていく。逃げる、逃げる。逃げるっ。

 教室を飛び出し、廊下を走り出した。教室から轟音が聴こえた。


「ほんと、どういうつもり……!?」


 地の利は私にある。

 この高校の構造は私のほうが理解している。『L』の形をする構造は曲がってしまえば行き止まりになってしまう。中心に階段。私は下ることを選択した。

 ふと、違和感に襲われた。


「逃げられないわよっ!」


 タイミング悪く、シエルの声が背後から。

 ――速すぎる!?

 光の矢の矛先は私に向かれていた。私を捉えた瞬間、矢は放たれた。


「――!」


 その時には、私は階段は五段飛ばしを遂げていた。先程私の頭のあった位置に矢が通り過ぎて、壁に突き刺さる。

 遅れて、ジンと足に響く衝撃。

 痛い。痛痛痛痛――


「いっ、たぁぁあ〜〜〜〜〜!」

「ふざけてるのっ?」


 それはこっちのセリフだ。

 痛がっている場合ではなかった。

 歯を食いしばり、地を蹴り出す。

 まずは、逃げなければ。


「ちょ、戦いなさいッ!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「はぁ……はぁ……、」


 荒れた息を整えていた。

 職員室の誰かの机。その下に身を丸くして隠れている。誰だ、その机に隠れてるのはッ! そう叫ぶ教師は誰一人としていない。

 違和感の正体はすぐにわかった。

 この学校に、誰もいないのだ。

 今、私とシエルしかいない。


「もうなんなのさぁ……」


 一度、頭の中を整理しよう。

 シエルは魔法使い。魔法使いである私に興味(?)がある。そうして、戦いを挑んできた。以上。

 ……ワケがわからない。

 けれど、これは現実だ。事実は、受け止めなければならない。客観的に、俯瞰的に、自分の中でするしかない。

 今、一番の問題。

 それを見極めろ。


「シエルから逃げる……?」


 ――否。

 それはすぐに否定できた。

 逃げても逃げても、シエルは襲いかかってくる。戦い自体を、終わらせる必要がある。


「……なら、戦うしかない」


 けれど、どう戦えばいい。

 私の魔法と言っても、指先から光を生み出し、数秒ほど操るだけ。頑張れば十秒ぐらいは保つかもしれない。

 これだけで、どう戦えばいい――?


「あれ、詰んでない?」

『――ちょっと、隠れてないで出てきなさいよっ!』


 廊下から声が聴こえた。

 場所が、バレてる――?

 こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 …………あれ?

 なんで、私。

 死にたくないって、思った?



『出てこないなら――』



 不意に、寒気を感じた。

 それは、私の第六感だったのか。危機察知能力が告げていた。今すぐ逃げろと。


光よ穿てLlévalo con luzッ』


 直後、職員室の壁を穿ち、無数の光の刃が職員室全体を切り刻み出した。私は机から飛び出そうとするが、間に合わない。

 光の刃は一瞬にして、私の視界を白へと染めた。

 轟音。



 ………………。



 沈黙が、支配する。


「……?」


 痛みは、やって来なかった。

 ふと、目を開けると。


「……え、」


 机が、光り輝いていた。

 そう表現するしかない。光の刃を直撃したはずなのに、無傷を誇っている。職員室の惨状はあまりにも酷い。それなのに、机だけが異彩を放っていた。

 輝きは徐々に失われ、元の机へ戻ってしまった。

 まさか、これが、私の魔法……?

 バタンっ、と。扉が蹴り飛ばされる。

 そこから現れたシエルは私を見て、少しだけ驚いた顔を浮かべていた。


「無傷じゃない。それがアナタの魔法?」

「え、……さ、さあ?」

「釈然としないわね。アナタだって魔法使いでしょ。魔法を使いなさいよっ」

「そんなこと言われても……」


 再び、光の刃が出現する。


「なら、本気を出させるまでッ!」

「――!」


 咄嗟の行動だった。

 指先に光を出現させると、シエルに向かって放っていた。それは瞬時にシエルの眼前まで進むと。

 パッと、光った。


「んっ!?」


 偶然か、足止めになった。

 私は職員室から抜け出し、階段を上がった。二段飛ばし。身体が軋む。運動不足の身体は全速力を出すとすぐに疲れを訴えてくる。

 私の魔法の正体は、詳しく知らない。

 光を十秒間出すのと、物を輝かす。

 よくわからない、たった二つだけ。

 けれど、ちょっとした光明が見えた。

 あのシエルに、せめて一泡吹かせることができるかもしれない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(っう〜〜〜! 逃げられたっ)


 シエルは表情を微かに歪ませた。

 ようやく見つけた魔法使い。それなのに、その相手はチカラを一切見せてくれない。それどころか、戦う素振りすら見せない。

 突然と現れた光に視界を奪われてから数秒。視界がクリアーになった時には、ニナの姿は消え失せていた。上の階へ進んでいく気配だけがある。

 またイタチごっこが始まると思うと憂鬱になってくる。


「それにしても――」


 先程の光の刃。

 ニナは一体どうやって防いだのか。

 よく見ると、荒れた職員室の中、一つの机だけが無傷に残っている。そこだけが違和感に見えた。

 机に手を触れた。魔力の残滓が残っていた。机を盾にした、ということ。付与系統の魔法も考えられる。


「……けど、」


 一瞬の間、シエルの視界を奪ったもの。

 それは間違いなく、光だった。

 ――否、光ではあれど、光ではない。

 まるで、自分の魔法と性質が似ていた。

 シエルはニヤリと笑った。


「ますます燃えてきたわ、ニナ」

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