#002 光を知る者①

 シエル・シリウス。

 彼女は、完璧だった。

 あるいは、完璧のように、見えたのか。

 文武両道、才色兼備、容姿端麗。あらゆる四字熟語がぴったりと来る。そんな、完璧な美少女。

 ……完璧なんて、存在しないはずなのに。

 シエルはすぐにクラスの人気者になった。彼女の周りにはいつも誰かがいる。それほどまでに、彼女は輝いていた。

 まるで光だと。

 そんなふうに思った。

 最初に見たときに感じた共鳴も、その日以来、起きていない。何かの偶然。もしくは、私の勘違い。そうやって流せていける。

 そのはず、だった。

 放課後、私は図書委員の仕事で帰るのが遅れた。夜は闇に染まろうとしている。少しだけ駆け足で靴箱へ向かっていた。

 曰く、夜だと魔法使いが出るぞ。

 そんな言葉が聞かれるようになった現代。どうやら魔法使いというのは夜に活動するものらしい。

 魔法使いは魔法使いではない者たちにとって恐怖の象徴だ。危険なチカラを使う人、という認識が強い。

 私も魔法使いであることがバレてしまえば――。

 ……と、ネガティブな思考になりがちだ。

 靴箱に行き、靴に手を伸ばそうとなったところで、手を止めた。


「……ん?」


 靴箱に、可愛らしいデザインの手紙が置いてあったからだ。


「……これ、は」


 声が震えた。

 まさか、まさかである。


「これは、噂に聞く、ラブなレター……?」


 そんなわけない。

 こんなぼっちで根暗な私を好きになるなんて。そもそも、男であるのかもわからない。

 そっと手紙に触れた。震える手で、開く。



 ――放課後、二ー三教室で待ってます。



 クラスメート――!?

 いや、落ち着け。あくまでも教室を指定しただけであって、クラスメートであるかわからない。

 けど、もしそうなら?

 誰が、私を呼び出したのだろうか。

 全く見当がつかない。この二年間、特別誰かと交流することもなかった。そんな私に春が訪れたとでも言うのか。


「……悪戯かな」


 ――いや、そもそも私に悪戯するほどの価値があるとも?


「あ、ドッキリ」


 ――誰得かな?


「……本当に、告白?」


 ――まっさか。


「………………あれ?」


 そもそもの話である。

 この手紙は放課後の最初に置かれたはずだ。私は図書委員の仕事をしているせいで、気づくのに遅れた。

 もしかすると、この送り主は今もまだ、教室に残ってるかもしれない。……あるいは、もう帰ってしまっているかも。

 けど、もし帰っていなかったら。


「……確認するだけ、なら」


 足は教室へと向かっていた。

 一歩進むごとに、歩みは重くなっていく。沼に嵌ったかのように沈んでいく気分だ。悪い想像が、頭の中に浮かんでしまう。

 例えば、私の事を嫌ってる人たちが、教室で待ち構えたり。

 ……そんな、自己完結した被害妄想。

 教室に着くと、すぐにわかった。

 この先から、気配を感じる。

 やっぱり、送り主は待っていた。

 申し訳無さと、恐怖が同居していた。何を話せばいいのかわからない。動悸が少しだけ早くなるのを感じる。


「……よし、」


 扉を、開いた。


「――え?」


 その人物を見て、驚きの声が漏れていた。

 その人物は窓から景色を眺めていたのか、私の気配に気づき、振り向く。金の髪が優しく靡いた。


「遅いっ!」


 ビシッ、と指さしたのは、シエルだった。


「シエル、さん……?」

「遅いわっ! 無視されたかと思ったじゃないっ!」


 ぷんぷん、と。効果音が流れてそうなほど、シエルは憤慨していた。


「あ、図書委員だったから」

「トショイイン?」


 まるで初めて聞いたかのような反応だ。


「それで、もしかして、この手紙って、シエルさんが?」

「ええ、そうよ」


 ますますワケがわからなくなった。

 先程の自意識過剰な妄想は抜きとして、想定外の人物が待ち構えていた。そういえば、シエルと面と向かって話すのも初めてかもしれない。そんなレベルの話だ。

 そんな私をよそに、シエルは得意げの表情を見せていた。


「わたし、この一週間で、確信したのよ」

「確信した、とは?」


 シエルは、にっ、と笑った。



「――アナタ、魔法使いでしょ?」



「――」


 息を呑んだ。

 心臓をぎゅっと掴まれたかのような。

 そんな、核心を突く勢い。

 私の反応はもろに表に出た。シエルは嬉しそうに笑う。


「やった。ようやく、魔法使いに出逢えた」

「……ちょっと待った。ストップ」

「ん?」

「えっと、あの、その……貴女も、魔法使いなんですか?」

「そうよ。わたしは、シリウス家の娘〈光の魔法使い〉シエル・シリウスよ」

「……ん? んん?」


 ちょっと、ワケがわからない。


「早速魔法使いに会えるなんて、わたしもツイてるわ」


 シエルは、すっと手を伸ばした。

 ピカッ、と。光が生まれた。私の魔法2似ている。似ているけど、何かが違う。


「新崎ニナ。アナタに決闘を申し込むわ」

「――――なんで?」

「えっ?」


 私の反応に、シエルは予想外だったらしい。むしろ、私以上に驚いていた。


「それは、その、あれよっ。魔法使いが出逢ったら戦うものでしょうっ」


 なんだ、そのノリは。


「戦いなんて、しませんよ……」


 私もが来ていた。幾分予想外の連続にも、対応し始めている。


「私も聞きたいことがあって、」


 言葉は途中で切れた。

 トン、と光が放たれ。私の横を通り過ぎて、机に直撃した。直後。



 バンンッ!



 机が見事に弾けた。


「言葉は要らないわ。戦いで証明しましょう」

「……え、いや、その」


 シエルは手を広げる。

 直後、周囲が歪み、光の矢が現れた。

 先程の机が弾けるのを思い出す。あれを食らえば、私も同じ目になる。ゾクリ、と。現実に引き戻される。


「さあ、魔導大戦よっ!」


 直後、光の矢は放たれた。

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