新星ノ大戦

椎名喜咲

#001 プロローグ

「最近、物騒になったよなぁ……」

「えっ? そうですか?」

「オトハは今日も呑気。まあ、これはどこに行っても変わらんかぁ」

「いえっ! 私だって、はっ! 本気で泣いたんですよっ?」

「あー、あの泣き顔ね」

「あー」

「なんですかっ! その反応はっ?」

「え、いや、その……」

((思ったより引いたレベルだった……))

「なんですかっ! その『思ったより引いたレベルだった』みたいな顔は!」

「心でも読めんのかっ!」

「はいはいっ! この話は終わりッ! ほら、いつもの定例会議だ。まず、そっちから」

「特に問題無し。報告するようなことは何も。オトハは? また新しい場所になったんだろ?」

「えっと……楽しんでますっ♡」

『仕事しろっ!!』

「んで、そっちは?」

「ああ、特に問題は無いが……一つ、奇妙な噂を聞いた」

「噂?」

「そう、噂だ。どうにも、ここ最近、避難都市を中心に、魔法使い狩りが現れてるらしい。それも結構エグいやり口だとか」

「魔法使い狩り……なんか、前にも噂になったな。一年……いや、二年前か?」

「ああ、とにかくその『魔法使い狩り』には気をつけろ。話に聞いてる限りだと、相当魔法使いに恨みを持ってるらしいからな」

「はいはい」

「はーい」

「オトハ、お前はマジで気をつけろよ?」


























 ――――――――――――――――――


        第二部

       新星ノ大戦


 ――――――――――――――――――


























 魔法使い。

 ふと、思い浮かぶ単語。

 私が最初にイメージできたのは、毒りんごを渡した魔女さんだった。

 つまり、そういうことなのだ。

 魔法使い=良い人、というイメージが、あまり湧かない。魔女と一つ聞いても、悪いイメージが浮かぶ。魔法使いとは元来悪の性質を持っているのかもしれない。

 ……なんて、急にそんな話をするのもおかしく思うかもしれない。



 ゴォォン、ゴォォン……。



 今日もまた、がどこからか聴こえてくる。

 王の鐘、と一部のネットでは言われているらしい。

 あの日、私たちの世界は一変した。

 特に有名なものはない、そんなありふれた街、弓月市に魔法使いが現れた。彼らは戦争を起こし、街中を滅茶苦茶にした。

 そうして、弓月市は魔法都市〈ユヅキ〉となり、私たちは避難することになってしまった。

 こうして、今もなお。

 私たちは、避難都市での生活を余儀なくされている。

 あれから、二年。

 たった二年で、生活は様変わりしてしまった。

 私も。世界も。人々も。

 これが、私――新崎ニナの日常。


 と出会う一週間前の回想編。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 現代ファンタジーって、馬鹿みたい。

 人の妄想がただ漏れというか、性癖が隠し切れていないというか。そういうのを、巷では厨二病というのかもしれない。

 ……と、そんな時期があった。

 避難都市一区、A高校二年三組。

 教室の隅っこにて、私は耽る。

 友達もいない私は、教室の窓で、そんな空想を思うことしかできない。耳から日本史の戦国武将の云々が右から左へ聞き流されていく。

 視界の先には、すぐに目につくものがあった。

 まるで地面に突き刺さり、聳え立つ白き塔。通称、王の塔。あの中には、魔法使いの王様が住んでいるらしい。


「こらっ、新崎。聞いてるのかっ」

「あ、はーい」


 教師の説教。

 なんとなく、他人事に思えてしまう。

 人間って、心底すごいと思う。

 まだ二年。たった二年。魔法使いという未知の存在が明らかになり、世間はドタバタとしているはずなのに、もう慣れ始めている。織田信長とか、武田信玄とか。そんな戦国武将の話に花を咲かせる余裕すら出来てしまうのだから。

 それは多分、当事者ではないからだ。

 世界は変わっても、彼らは傍観者。テレビの出来事のように、どうでもいい話だから。かっと彼らはこの地球に隕石が落ちてくると言われても、徳川将軍の授業をすることができるはずだ。


 

 ゴォォォン――……。



 王の鐘が鳴った。

 一時間に一度、鳴り続ける音。

 低く、重く。世界中に響き渡る音は最初、世界滅亡のカウントダウンのように、人々に恐怖を与えていた。

 それが今や、学校のチャイム扱いだ。

 ……と、昼休みだ。

 席を立つと、そそくさと教室を出る。その寸前、私の聴覚は嫌でもクラスメートの声を聞き取ってしまった。



 ――新崎さんって、なに考えるかわからないよね



 私も、あんたたちが何を考えるのか、全然わからないよ。

 私の昼休みの定位置は屋上だ。

 屋上の壁を背に、一人お弁当を食べる。

 この場所からだと、よく王の塔が見える。割と絶好のスポットだと思ってる。


「……つかれたなぁ」


 不意に、漏れていた言葉。

 何に疲れているのか、わからない。

 けれど、ここ二年で、私の世界は間違いなく変わった。――いや、言い方が違う。世界の見方が変わってしまった。

 あの日、私が出会った一人の少年。

 今や、魔法使いにとって象徴的な存在。



「――くぬぎ夕夜ゆうや



 お弁当を食べ終えると、王の塔に向けて手を伸ばす。遠い、届かない。空を切る。

 ゆっくりと手を戻していき、指先を立ててみる。少しだけ、



 ピカッ、と光る。



 指先から現れたのは、光。

 ひし形のような、キラキラと明滅した何かだった。指先から離れると、私の意思に従うように八の字を描いていく。やがて、ぱっと消えてしまった。

 そう、あの日の翌日。

 私は目が覚めると、魔法使いになっていた。

 魔法使いになった原因は、まるでわからない。そもそも、魔法使いってものなのか。それすらも不明。けど、不思議と驚きはなかった。

 自分が生み出した魔法を、自分のものとして認識することができていた。



「――んー、なんだかなぁ」



 このチカラで、私は何をすればいい?

 とりあえず、赤点を取らないような、そんな魔法が欲しかった。

 多分、私は。

 道標のような、そんな光を求めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その日、私が教室に入ると、すぐに違和感に気づけた。教室の中が妙に活気づいているのだ。この感覚を、知っている。

 変化だ。何かが変化しようとしている。日常の中にある微かな変化。ドラマチックな、夢想した変化。

 彼らは、変化を求めている。


「――転校生が来るんだって」


 転校生――?

 こんな時期に珍しい。

 ホームルーム開始と同時に、彼女は優雅に現れた。教室がわっと湧き始める。それほどまでに、彼女は美しかった。

 金に流れる髪、赤の瞳。

 整った顔立ちに、強い意志が宿る瞳。

 彼女と目が合った瞬間――



 ドクンっ、



「……!」


 共鳴、と言おうか。

 自分の中にある何かと、彼女が繋がったかのような。そんな、感覚。彼女はふっと、微笑んだ。



「――わたしは、シエル・シリウス。よろしくね、みんな」

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