三題噺「心臓」「クッキー」「毛布」

白長依留

「心臓」「クッキー」「毛布」

「心臓」「クッキー」「毛布」


 朝の日差しが眩しい。

 昨日の出来事が嘘のように、習慣となっている時間に体が起きる。以外と自分は神経が図太いのかもしれない。

 毛布を掴み、体から剥ぎ取る。初夏なのに春先の陽気が続き、肌寒さがじわりと染みこんできた。

「んー?」

 剥ぎ取ったはずの毛布を求めるように、ベッドから手が生え気の抜けた声を漏らす。

「おいこら、何で俺のベッドに入り込んでるんだよ」

「んんー、温かいからー?」

 完全に寝ぼけているのか、愚妹はまるで毛布を抱き枕の様にして隣で丸まる。

 昨日は確かに一人で寝たのだ。あとから愚妹が潜り込んできたのだろう。もし一緒に寝ていたのが、昨日告白して玉砕した彼女だったらと思うと、心臓が大きく跳ね上がった。

 だが現実は非常なり。いま手が届く範囲にいるのは、どうしようもない愚妹なのだ。

「おい、いい加減起きろ。それとも、ベッドから蹴り落とされたいか?」

「ふぎゃ!?」

 確認を取りながら愚妹を蹴り飛ばすと、床に落ちると同時に無様な声を上げた。

「お兄、ひどい! 聞きながら蹴るなんて反則だ反則」

「やっぱり起きてんじゃねーか」

 愚妹が出来てこの方、世話をしてきたと言ってきたも過言ではないのだ。勉強も家事も出来ない愚妹は、見た目だけで世の中を渡ってきた。何か問題がある度に泣きついてくる愚妹を世話するのは慣れたものだ。

「俺は今日、適当に朝飯食って出かけるから。昼飯は自分でなんとかしろよな」

「おやおや、お兄ともあろう男がプチ傷心良好ですかな? 鋼の心を持つと噂されているのに?」

「鋼の心はお前が勝手に言ってるだけだろ。お前の世話するのに心が鍛えられただけだって……なんであの事知ってるんだよ!」

「昨日、帰ってきた時のお兄の様子がおかしかったからね。女子の連絡網を甘く見ないことだね」

「今はそんな現実聞きたくねーよ」

 床に転がっている愚妹をもう一度蹴り飛ばし、コロコロと転がす。「あひゃん」と変に色っぽい声が聞こえたが、こちらを見上げる視線には愉悦の感情が見て取れた。

「付き合ってられん」

 本当は朝飯を食べてから出かける気だったが、どうにも家に居る気が起きず適当に着替えて出かけることにした。

「いやーんエッチ。女の子の前で着替える何て!」

 もう一度蹴り飛ばし、家を後にして時間を潰すことにした。




 親父の海外赴任に無理矢理ついていった継母。毎月それなりの金額を振り込んでくれてはいるので、軽いバイトで生活費は問題ない。進学の金も奨学金を考えれば、まあ、なんとかなるだろう。

 冷蔵庫の中身を思い出し、夕方にスーパーで買い出しをしてから帰ることにした。彼女に振られたのは俺の問題だ。それに愚妹とはいえとども妹をほったらかしにする気にはなれない。

 家に帰ると、予想外の光景……ではなく臭いが待っていた。

「出前でも頼んだのか?」

 継母がいない今、まともに料理が出来るのは自分だけだ。愚妹をほったらかしたせいで、無駄に生活費を使われたのか。

 余ったお金はそのまま貯金に回しているので、多少の贅沢は問題ない。だが、折角食材まで買ってきたのに、出鼻をくじかれたようで少し気が萎えるようだった。

「おっかえりー、待ってたよー。愛する妹ちゃんの手料理。三分間クッキーングをいつも見ている私の本気を舐めるなよ~?」

 一瞬、愚妹が何を言っているのか分からなかった。ダイニングへと続く扉から顔を見せた愚妹はエプロンをし、包丁片手に顔を出してきた。

 ――おまえ、そういう所だぞ。

 珍しく愚妹が料理をしているのだ。水を差さないように自然と言葉を飲み込んだ。

「あ、惣菜とか買ってきちゃった」

「いや、食材だけだよ。今日はボルシチでも作ろうかと思ってたからさ」

「お兄のボルシチ……くっ、下手に料理をしなければ食べられたっていうの! 今からでも捨てて――」

「おい辞めろ。もったいねーだろ、ちゃんと食うぞ」

 悔しげな顔から一転、鳩が豆鉄砲くらったような顔をした愚妹は、ぎこちない動きでダイニングに引っ込んでいった。

「なんだ、あいつ?」

 愚妹が作っていたのは肉じゃがだった。ろくに料理をしたことがないくせに、わりと面倒くさい料理をチョイスしていた。肉じゃがは作るだけならそうでもないが、美味しく作ろうとしたら、それなりの腕を要求されるのだ。

「どう?」

 自分自身もすでに肉じゃがを食べているのだから、答えは分かっているだろうに。体を縮こませながら、上目遣いで様子を伺ってくる。

「俺の性格知ってるだろ。それでも聞きたいのか」

「うっ……でも……その、聞きたいよ」

「今度から料理の手伝いをしてくれるなら、答えを教えるよ」

「なによそれー。これでも頑張ったのに」

 味がどうこう以前に、頑張って作ってくれたのは理解出来る。今は答えの代わりに愚妹の頭を軽く撫でてやった。

「お兄! そういう所だよ!」

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三題噺「心臓」「クッキー」「毛布」 白長依留 @debalgal

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