三題噺「天敵、神業、カレンダー」

 世の中には天敵ってもんが存在する。

 人間には居ないと思ってる奴も居るが、そんな訳が無い。

 むしろ人間には世界中天敵だらけだ。人間っていう天敵がな。


「ねー、なーにむくれっつらしてんのー?」


 今俺の隣にいる奴がそうだ。俺の最大の天敵だ。

 気軽に俺に話しかけて来ちゃいるが、下手に答えると何をするか解らねぇ。

 そもそも会話がまともに成立しないから、俺がただただ疲れるだけになる。


 なので無視だ無視。触らぬ神に祟りなしってやつだ。

 つーかそもそも今日は休日で、一人のんびりと買い物に行きたいんだ。

 こんな女が居る所に留まっていられるか。俺は本屋に逃げる。


「むー、何で無視するのさー」


 むくれて文句を言うのも無視して、スタスタと歩を進める。

 背後から機嫌の悪い気配を感じたが、それでも足を止めずに進む。


「へぇー・・・そういう態度に出るんだー」


 さっきまでの明るい声とは違う、若干低くなった声音が耳に届く。

 ゾワリと悪寒を感じて振り向こうとするも、既に遅かった。

 ドスンと背中に重みを感じ、危うくそのまま地面に倒れかける。


「ぶねっ!?」

「ふははー。やっと反応したなー」

「アホかお前は! 頭からコケる所だったろうが!」


 背中に抱き付いた女に文句を言うも、アホは楽し気にケラケラと笑う。

 どれだけ怒鳴ろうとこの女はこの調子だ。それが苦手で堪らない。

 幼馴染の腐れ縁と言えば良い様に聞こえるが、実際本当に腐れ縁なので嫌になる。


「まあまあ、アホのやる事なんだから、許してやりなさいよ」

「怒鳴られてるお前が言うな!」

「あははー。今日も可愛いねぇ、君はさぁー」

「~~~~~っ!」


 暖簾に腕押し、なんて言葉があったか。コイツとの会話はまさしくそれだ。

 俺が怒鳴っても一切気にせず、むしろ俺の反応を楽しんでやがる。

 勿論気分を害する様子を見せる事もあるが、その時は俺が折れるしかなくなってしまう。


「でもさぁ、役得なんじゃない? 女の子の胸を堪能できるんだよ?」

「無い物を堪能するのは無理だろ」

「良くも言ったな貴様。良い度胸だ。明日は拝めないと思え」

「待て待て待て。俺が悪かったからそのカッターをしまえ。頸動脈はやめろ。マジで止めろ」

「良かろう。命拾いしたな・・・!」


 冗談のようなやり取りに聞こえるが、コイツはやりかねないから怖い。

 実際過去そういう事件を起こしていて、何故か俺が面倒役みたいになっている。

 嫌なのに。マジで嫌なのに。本当に心の底から嫌なのに。


 俺の何を気に入っているのか知らないが、昔からやたらと付き纏ってきやがる。

 学校内だけでも苦痛なのに、休日まで付きまとわれるとは勘弁してほしい。

 ツレからは『彼女が居て良いなお前は!』とか言われ、欲しいならやると答えた程だ。


「んで、今日も本屋? お義母様が漫画ばっかり呼んでんじゃないわよー、っていってたよー」


 何だか嫌な発音だった気がするが、突っ込むと藪蛇なので俺は突っ込まない。

 コイツと俺の母親の仲が良いとしても、俺には一切関係が無い。無いったらない。

 ツンデレとかクラスメイトに言われた事があるが、そんな気持ち悪い種類分けをするな。


「そうそう、冷蔵庫のカレンダーを見たかーい?」

「相変わらず話が飛びまくる奴だな。見てねえよ」

「えー、なんでー。見ようよー。見るべきだよー。ほら、今からでも家に帰ろう?」

「勝手に帰れよ。そして俺を一人にさせろ」

「やだ。そして帰る」


 俺が嫌だよ。何でこう話が通じないんだコイツは。

 大体カレンダーが何だってんだ。俺の家のカレンダーがどうした。

 どうせコイツが自分の予定を書いてて、それを俺が知らないのが駄目とかだろう。


「知るか。俺は本屋に行く。そして新刊を買って喫茶店でのんびり読むんだ」

「今日はあの寂れた喫茶店かい。君も好きだねぇ、ああいう古い所」

「・・・俺、あそこにお前をつれてった覚えないけど?」

「つけてったに決まってるじゃん。何言ってんのさー。君が一人だと思てる時も、大体私は傍に居るよ? 私に見つからないか警戒してる所とかサイコーに好きだね」


 何言ってんのはお前だよ。ナチュラルにストーカーするな。

 いっそ一回ぐらい警察沙汰にしたら縁も切れるかな。

 それか一人暮らしするか? 遠くに逃げれば付きまとわれないだろ。


「・・・駄目だよ? 逃げたら、追いかけるからね?」

「――――っ」


 首を掴みながら、ぞわっとする声音で告げる。

 さっきまでのアホな雰囲気が消え、危ない化け物でも背負ってる気分だ。

 これだから嫌なんだ。まるで頭の中で覗かれているかのような、コイツの言動が。


「・・・ふふっ、可愛い。君は本当に、私を楽しませる技術は一品だねー」

「欲しくねえよ。んな技術」

「なーんでー。もはやそれは神業と言っていい領域だよ?」

「意味が解らん」

「んーふふー。だーろうねー」


 首筋にスリスリと頭を擦り付けて来る。犬かお前。何がそんなに楽しいんだか。


「俺にとっちゃお前はただの天敵だよ。話が通じない。お前のせいで彼女も出来ない。何処まで逃げても追っかけて来やがる。出来るならこの縁を切りたいよ」

「んー。ふふー。そっかぁー。そっかそっかー」


 何故か余計に機嫌が良くなった。本格的に頭がおかしくなったらしい。

 それとも単純に今日は機嫌が良いだけか? あ、そういやコイツ。


「お前そういえば、今日誕生日だったか」

「・・・あれ、カレンダー見てないんじゃ?」

「毎年毎年同じ日にまるつけられて、覚えてねえ訳ねえだろ」

「そうなのだよ。誕生日なのだよ。祝え?」

「普通祝ってもらうのを待つもんだろうが・・・」


 取り敢えず方今転換してスーパーに寄り、売れ残りっぽいケーキを買った。

 賞味期限ぎりぎりだが、大して味は変わんねーだろ。


「ほれ、やる」

「サンキュー♪ いやー、これだから好きなんだよねぇ、君の事」

「ケーキごときで何言ってやがる」

「ケーキの事じゃないんだけどなぁ・・・ほーんと、ズレてるよねぇ、君は」


 ギューッと俺の首を絞める様に抱き付き、心底嬉しそうに呟く。

 何言ってるのか意味が解らんが、取り敢えずいい加減離れて欲しい。

 何だかんだ人一人分抱えて歩くのは結構疲れる。


「しっかし天敵ねぇ・・・その天敵をずっと甘やかしてたら、本当にバクリといかれるぞ?」

「甘やかしてるつもりは一切無いんだがな。むしろ文句しかいってねぇ」

「あっはっは。そう思ってるのは君だけさー。ばっかだなー」

「お前に言われたくねえわ、万年補習女」

「そういう所が馬鹿なんだよ、普通なつもりの大ボケ君?」


 マジでコイツは何言ってんのか解らん。俺のどこがボケてんだよ。

 ああもう今日はもう面倒臭くなった。本買ったらもう家に帰って寝る。







「・・・普通ずっと背負ったまま買い物するかねー。にひっ」

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