三題噺纏め。
四つ目
三題噺「硝子、檻、一人暮らし」
硝子扉の向こうの公園から、子供達の甲高い声が響く。
今は何時ごろだろうか。子供が遊んでいるならもう放課後か。
いや、よく考えれば今日は何曜日だったか。曜日感覚が無くて思い出せない。
「元気だなぁ、子供は」
子供の甲高い声が苦手だという人もいるが、自分は特に気になった事は無い。
むしろ子供が元気だという事が、この国が平和だと感じられて好きだ。
なんて無駄な事を思考しながらも、作業の手は止めずに仕事を進める。
「腹減ったな・・・」
そう思いモニターの時計をチラッと見ると、既に15時を回っていた。
時間間隔が無いにも程がある。私の腹時計は一体どうなっているのか。
そもそも仕事の最中に一度も時間を見ない辺り、大分視界が狭いと言わざるを得ない。
「・・・何か作るか」
ずっと同じ体勢で座っていたせいか、立ち上がる際に少しふらついた。
下手にコケて助けが入らず孤独死、なんてのはごめん被るとしっかり踏み込む。
大きな音が響いた。下の階の人間に怒られない事を祈ろう。
「何かあったっけ・・・?」
いい加減な人間の気ままな独り暮らし故か、食材の把握などはしていない。
いや、単純に私の性格がズボラなだけだな。世の一人暮らし達に謝ろう。
「・・・疲れてるな」
さっきから下らない思考が多過ぎる。間違い無く疲れている時の現実逃避だ。
仕事の進みは悪くないのだし、今日の所はもう休むとしよう。
となれば酒と行きたいが・・・無いな。先日全部飲んでしまった様だ。
「買い物かぁ・・・面倒だな・・・」
外に出る気が起きない成果、玄関ではなく格子のついた窓目にを向ける。
折の中に入れられた鑑賞動物の類であれば、日々の食事が支給されるのに。
そんな考えても仕方の無い、阿呆な思考を溜め息と共に捨てて上着を羽織った。
玄関の扉を開けると、暖房の利いた部屋に冷風がふぶく。
「うう、寒い・・・ついでに食う物も何か適当に買うか。作るのが面倒だ」
独り言が多いなと思いつつ、一人暮らしの寂しさが原因かなとも感じた。
コンビニまで徒歩数分。ただもう少し歩けば業務スーパーもある。
どちらにしようかと悩みつつ歩いている内に、既にコンビニを通り過ぎていた。
「・・・今日は酷いな」
我ながら注意力が無さ過ぎて呆れる。
気が付いたら車に引かれた、なんて事になりかねないな。
思わずため息を吐きながら適当なレトルトと酒を買い、帰りの道を行く。
「ん?」
路地の方からすすり泣く声が聞こえた。面倒事かな、と思いつつも足が向く。
果たしてそこには一体どんなホラーが、等という事は無かった。
普通に泣いて蹲る子が居て、どうも女性の様だ。
学生という感じでは無いが、おばさんという感じでもない。普通に若い子だ。
ここで回れ右、出来るタイプなら、ここまで来ていないんだろうな。
等と自分に溜息を吐きつつ、ついでに買った炭酸を買い物袋から取り出す。
「飲むかい?」
「・・・え?」
「泣くと喉が渇くだろう。炭酸だから余計喉が渇くかもしれないが」
「え、だ、だれ、ですか?」
「ただの近所に住んでるオッサンだよ。迷惑なら消えるけど」
「え、いや、迷惑、とかは、ない、ですけど・・・」
うん、明らかに警戒されている。そりゃそうだ。物語のようにはいくはずがない。
知らないオッサンが若い子に突然話しかけたら、こうやって警戒されるのは当たり前だ。
まあ私も特別何が出来ると思った訳では無い。何となく気になっての行動だ。
嫌がられたなら素直に去るとしよう。そう思いつつ話を続ける。
「この時期は日が落ちるのが早いし、随分冷える。何があったか知らないが、こんな所で蹲ってちゃ風邪ひくぞ。それに女の子は、変な奴に会うかもしれない。私みたいなね」
「は、はぁ・・・」
どうやら完全に滑ったらしい。なんだコイツ、と彼女の顔に書いてある。
まあ仕方ない。今のは自分でも何を言っているんだという感じだった。
そもそも自分が不振だと解っているのであれば、声をかけないという選択をすべきだ。
「・・・オジサン、変な人ですね」
「変な人だと自分でも思う」
「何ですかそれ・・・まあ、慰めてくれようとしたのは解りました」
「そりゃ何よりだ。で、これ飲む?」
「空いてないなら頂きます」
「賢いね。昔そういう殺人事件あったからねぇ。警戒は大事だよ」
うん、また外したらしい。苦笑いで受け取って、ちゃんと未開封か確かめている。
完全に不審者のオッサンだなと思いつつ、彼女から背を向けて立ち去ろうとした。
「あの、話を聞いてくれるんじゃ?」
「・・・中々図太いね君。それだけ警戒しておきながら」
「何でも良いから誰かに聞いて欲しい気分だったんです。帰っても一人ですから」
「一人暮らしとか、見知らぬオッサンに言うもんじゃないよ。ついて来られたらどうすんだ」
「そんな人は態々忠告しないんじゃないですか?」
彼女は何だかやけくそ気味に炭酸を飲み、汚いげっぷをした。
可愛い子に見えるが台無しだな。まあ良いか。話ぐらいは聞いてやろう。
そう思い帰りかけた足を戻し、彼女の横にしゃがみ込む。
ちょっと距離取られた。泣きそう。
「んで、何で泣いてたんだ。仕事でも嫌になったか?」
「・・・その通りです」
「はっはっは。若い子には良くある奴だねぇ」
「・・・酷くないですか、その言い草は」
「べっつにー。私もそれでフリーになった口だし。良くある事だよ」
「・・・良いですね。能力のある人は」
能力、能力ねぇ。むしろ能力が無いから逃げたんだよ。
逃げて逃げて一人で出来る事を探した。その結果が今だ。
気楽ではあるが、寂しく感じる時もある。
「別に逃げても良いんじゃないか。逃げたって誰も責めやしないだろう」
「逃げる所なんかないですよ・・・」
「親御さんは?」
「もう居ません」
「親戚は?」
「解りません」
「・・・家どうやって借りたの?」
「業者にお願いしました」
あー、何かそんなの有るって聞いたな。どうやら中々苦労している様だ。
逃げられる状況でささっと逃げた俺と違って、随分頑張り屋らしい。
「・・・何とか入った会社で、役立たずだ、邪魔だ、何回言ったら解るんだ、そんあ簡単な事も解らないのか、聞いてばっかりじゃなくて自分で覚えろ、って、もう、何度も、言われて」
懐かしいな。私も同じなことを言われたよ。だから嫌になった。
世間様の常識から逃げて、一人になって、檻の中に自ら籠った。
硝子一つ向こうと、自分が居る世界が、まるで違う世界に感じ始めた。
自ら望んでその環境に居ながら、偶に人恋しくなるのは馬鹿馬鹿しいと思うがね。
「良くある話さ。良くあるね」
「っ、慰める気なのか、煽る気などっちなんですかアナタ!」
「・・・すまんね。煽る気はないんだ。こういう性格だから、社会から逃げたんだよ」
「・・・そうですか」
素直に謝ったおかげか、彼女はすぐに怒りをひっこめた。
元々理性的な人間なのかもしれない。私とは大違いだな。
そう思うと少しだけ、少しだけ手伝いをしてみたいと思った。
「私の仕事であれば教えられるけど、覚えてみるかい?」
「・・・フリーで出来るよう特殊な技術、教えても良いんですか?」
「別に良いんじゃない。技術は大した事無いよ。後は営業能力」
「・・・そっちの方が大変そうですけど」
「まーまーまー。怪しげなオッサンに騙されたと思って、一度学んでみない? タダだぜ?」
「・・・貴方、自分が本当に怪し気だって自覚、有ります?」
「当然」
こんなオッサンが怪し気でなくて何なんだ。そんな当たり前の事を聞くでない。
胸を張って肯定すると、くっくっくと笑う声が聞こえて来た。
「じゃあ、騙されてみます。本当に騙されたら110番しますけど」
「すでに番号押して備えるのやめてくれない? 誤って押したら大事だよ?」
「やっぱり騙す気なんですか?」
「しないしない。折角平和な檻を手に入れてるのに、窮屈な檻に入るのはごめんだ」
「檻?」
「ああ、こっちの話」
「・・・怪しさが増したんですが」
「奇遇だね。私もそう思った」
家への帰り道を、本当についてくる女性に苦笑しながらこたえる。
こりゃあ確かに生きにくいだろうな。こんな怪しい奴に本当についてくるぐらいだ。
追い詰められているんだろう。それこそ檻に入る前の私の様に。
「ま、出来る限り、何とかしてあげますかね」
袖すり合うのも多生の縁。とはまた違うか?
まあ、取り敢えずは会社を穏便に止める所からかね。
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