1-5 昔の依存先って
突然だが、魔女も魔法使いも、大体外見は妙齢の美女だったり壮年の美青年だったりすることが多い。これには諸説あるらしいのだが、まあ不学な俺には知ったこっちゃないので省略する。
とにかく気味が悪いほど顔面も体型も整った、成熟した色気を持つ外見をしている。
それに比べてナグの外見年齢は十三から十五程度のように見える。今まで見てきた魔法使いに比べて随分と幼げなのが、ふと気にかかった。
「僕は魔女を糧に産まれた魔法使いだよ? 外見年齢くらい自由自在だから。これは前に惚れてた人間の趣味」
「お前の想い人、
「幼女って程じゃないでしょ。第二次性徴が終わったけどまだ少女特有の不安定さが残るくらいの年齢が良いらしい」
「やめろよそういう生々しい話」
「生々しくないだろ!」
ドン引きである。
しかしナグが珍しく声を荒げた。想い人の話には少し過剰反応してしまうらしい。ちょっと可愛いところもあるじゃないか。
ナグの想い人とナグの関係が気になるところだ。大昔に彼女を手懐けた人物が存在するらしいが、それが想い人なのだろうか。
おそらく本気を出せばナグはいつでもここを出られるだろう。しかしこの状況に甘んじて、あまつさえわざわざ国の許可を取ってからここを出るために俺なんぞを利用しようとしているのは、ソイツへの義理立てか?
彼女の話だと、ここから出るのも一時的で、まだ王国の管理下に収まろうとしているし。
「お前の話って聞いても良い?」
「僕の話? ああ、何で人間に捕まって大人しくしているかって?」
「大人しくねーよ、ことごとく世話係食いやがって」
いや、魔法使い的には十分に大人しいが、できれば世話係を食べるのもやめてほしい。主に世話係になってしまった俺みたいな人種的にはナグは全然大人しくない。
「えー、だってほら、僕だって我慢してるとはいえ食欲はあるわけでね?」
「はいはい」
「話を戻せって? んもう、分かったよ。っても、魔法使いの生態を考えれば実に簡単な話さ」
ナグは肩を竦めた。
ちなみに彼女の今日の出で立ちはシンプルに棒枷で、両手首と両足首が棒の両端に繋がれている。服はフリルの多い甘ロリ風ドレスだ。
てか、ナグの服ってドレスってよりロリータファッションなんだよな。用意している奴に対する疑問は尽きない。
「魔法使いってさ、ああ、第三子を除いてだよ? 精神がクッソ不安定なんだよ。簡単に言うなら、依存先が必要なのさ」
「ほう?」
「この人のために働く、この人のために戦う、この人に褒めてもらいたい、この人が自分を肯定してくれるなら他に何もいらない、この人は誰にも渡さない、この人の心が欲しい……。有体に言うなら第一子と第二子の魔法使いが魔女に忠実に仕えるための精神構造とでも言うか、とにかく特定の人をロックオンしてその人に盲目的になるんだ。ヤンデレという奴だ」
ナグがにまにま笑って歌うようにそう言った。
なるほど、魔法使いが魔女に忠実なのは、魔女に精神的に依存しているからなのか。
魔法使いの“魔女のためなら命すら惜しくない”という戦いぶりは、人間にも広く恐れられている魔法使いの厄介な特徴の一つだ。
「普通はね、魔法使いは産んでもらった魔女に依存する。ただ、稀に違うものに依存する魔法使いもいてね。それが僕。僕は母君に放置されている間にうっかりとある人間に依存してしまってね。奴の
「はあ? ケナゲ?」
「君ちょっと最近生意気じゃないかい?」
「超健気っすね!」
「君のそういうところ嫌いじゃないよ」
ナグが鋭い犬歯を見せて笑ったので、俺は慌てて彼女を褒め称えた。
俺はナグのこういうところを面倒臭いと思っている。言わないけど。
「お前のさ、その依存先って奴と想い人は、同じなんだよな?」
「なんだ、彼のことが気になるの? そうだよ、惚れたから依存した。惚れるつもりなんてなかったんだけど」
「恋ってそういうもんだろ」
「え、君が恋を語るの? 大丈夫? ちゃんと経験ある?」
何だろうか、かつてなく馬鹿にされている気がする。
「──聞く? アイツの話」
「いやなんで俺に聞く? 勝手に喋れよ」
「はあ。やれやれだね」
「なんだよ」
ナグはやれやれ女心の分かっていない男だ、恋人出来たことないだろう? と言いたげに首を振った。こればかりは決して被害妄想じゃないと思う。
お前こそ面倒臭い女の癖に! 俺は拗ねた。
「まあまあ聞きたまえよ」
「おう。拗ねてるけど聞いてやる」
俺は拗ねながらも頷くと、ナグはちょっと意外そうな顔をした。話を聞かないとでも思ったのだろうか。馬鹿にしないでほしい。
なにせ俺は原点を忘れない男だ。もしかしたらこの話が、ナグから食われずに生き残るヒントかもしれないのだ。正直聞く以外の選択肢がない。興味津々だ。
ナグの態度が始終穏やかだから時々忘れかけるけど、コイツ人食い魔法使いなんだもん。
ナグがムニャ、と歌いかけて、歌うのを止めた。最近そういうことが多い。
「……まあいいけど。そうだな、王国建国のちょっと前の話だ」
「お前のちょっと前ってどれくらい前なんだ?」
「人間の青年が少年だった頃、くらい前だ」
なるほど、まあ十年程度か。
「麗しの母君が寝ている間、僕は色々なところを放浪していたんだがね?
「ああ、人間に紛れて人間狩るおっかねえ魔女か。どんな方法?」
「うん、簡単に言うなら色仕掛けだ」
「ブッ!!」
俺は盛大に噎せた。
「何やら兵士に襲われている彼の前に全裸で遭遇したという今考えれば腹を抱えて笑うしかない所業をやらかしたわけだが、まあ襲われていちゃあ色仕掛けも何もないからな。兵士を親切に撃退してやったのだ。全裸でな」
「待て待て続けるのかよ! ツッコミどころ多い!」
そして出会った当初からいきなり兵士に襲われていた想い人も謎過ぎる。
犯罪者なのだろうか? ナグのせいで俺の彼に対する印象は性犯罪者的なものが強い。いや、ナグに勝手に魔法で好みを覗かれ勝手にこの見た目に変化され迫られた可哀想な人という解釈もあるが、ナグはあれで中々常識的だ。そんなことはしない……いや、俺との出会いから四桁にはいかないまでも云百年は前の話だ。彼女の常識がその間に培われた可能性もある。全裸で飛び出した辺りその線も濃厚だ。えー……?
「そしたら彼はそりゃもうそれ打ってつけの護衛だ逃がしてたまるかとばかりに僕を構い倒してくれてね? 面白かったからしばらく口車に乗せられて護衛をやってやったんだよ」
「全裸で?」
「流石に途中で服は着たよ。やむを得なかったんだ」
どんな状況だ。俺はツッコミかけて、抑えた。
落ち着け俺、色仕掛けとか全裸という言葉に動揺しすぎである。
ナグは呆れたように笑って、続けるよと言った。
「彼は本当に四六時中兵士に襲われていてね。まあ襲ってきた奴を食うことで飢えを凌げていたし、そういう意味であれはなんとも美味しい状況だった。魔女のもとに侍っていない魔法使いは多少なりとも食い扶持に苦労するんだよ。下手に食い散らかすとあっという間に人間に群がられて数の暴力で殺されてしまうからね。そういう意味では
ナグが軽く謝るのに、俺は無言で頷いて続きを促す。
ナグの話が逸れるのはいつものことだ。大抵は自分で軌道修正するので、俺は話が逸れたことを指摘したことはない。ちなみに、逸れたまま戻ってこない話は、多分ナグにとって触れてほしくないか話すのが面倒臭い話だ。一緒に過ごしてまだ半月とちょっとだが、俺はその辺をある程度学んでいた。
「まああれだ、彼もちょうど襲ってきた人間の死体の処理に困っていたからね。襲ってきた人間は合法的に食べても良かったんだよ。ウィンウィンという奴だ」
「嫌なウィンウィンだな」
俺の中でナグの想い人の犯罪者度が上がった。
「で、しばらく彼と旅を続けているうちに、うっかり惚れてしまったんだよ」
「超省略したぞコイツ」
「おかげで扱き使われまくった。下手すりゃ魔女にも匹敵する魔法使いである僕をだぞ、ご褒美えっちと頭撫で撫でだけで、ボロ雑巾のようになるまで使い倒すんだ。あれこそドメスティックバイオレンスだ。全く」
「なんてこと言ってやがるセクシャルハラスメントだ!」
「ガタガタうるさい男だな」
いやお前それは聞き捨てなりませんぞ。
思わず座っていた椅子をガターンと倒して立ち上がった俺を、ナグは鼻で笑って一蹴したわけだが。
女は男に散々デリカシーがないと言うが、この手の話については女の方が無神経な場合だって多いことを俺は主張したい。ナグも見た目は美少女なんだから恥じらいを持ってほしい。こっちが居た堪れなくて困る。
「面倒臭い男だな」
「お前にそんなこと言われるなんて屈辱すぎる……面倒臭い女の癖に……」
「いや泣くなよ」
泣いてないやい。
「──話を戻すよ。まあ、そういうわけだ。僕のそういった健気過ぎる尽力のおかげで、彼はこうして国を追われた日陰王子から、一国の初代王にまで成り上がれたわけだ」
「──……ん? え? は? 今なんて言った?」
「あれ、僕の前の依存先、言ってなかったっけ?」
この国の初代国王だ。ナグは唇を濡らして短くそう言った。
ふぅんと俺は頷いた。そりゃもう、一瞬で冷静になった。
初代国王は有名だ。演劇の題材にもよく使われている。さて、何でそんな風に使われているかって?
決まっている、演劇の題材に選ばれるくらい劇的な人生を送ったからだ。
初代国王は、歴史に記される限り初めて魔法使いを従え祖国を乗っ取って君臨し、その晩年を従えた魔法使いに食われて終えた男なのだ。
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