1-4 紹介してあげよう
「今日は魔女の紹介をしてあげよう」
また別の日の昼の食事後、彼女が言った。
雨の強く降る日だった。
俺が世話係としてここに放り込まれてから十日ほど経っていて、この頃になると彼女は毎日のように魔女や魔法使いに関する知識を俺に披露してくれるようになっていた。それに反比例して歌は減っているような気がする。
まあ彼女の話はためになるので、俺も大人しく聞いていた。
「正直、君ほどの田舎者でもなければ常識なんだが、僕は親切な魔法使いだからね。魔法使いにしか知られていないような情報も込みで教えてあげる」
「それ俺が知って大丈夫なやつ? お前は知り過ぎた……バクリッ、とかにならない?」
「用心深いね君は」
用心深いも何も最優先で俺が懸念すべき事柄である。
「大丈夫だよ。君はこの後僕と一緒に故郷の復讐に行く予定だろ? 予備知識として知っておいて損はない」
「あれ、本気だったんだ……」
俺は何とも言えず遠い目をして呟いた。
初日からちょくちょく復讐を手伝ってやると誘ってくれる彼女だが、俺はいまいちその言葉を信用できないでいた。
彼女は真面目な話と同じくらいからかってもくる。からかいなのか本気なのかいまいち判断がつかない。
「言っただろ。ここにいるのはもう飽きた。君も過ごして分かっただろうが、ここには娯楽がないんだ。センチュリー単位でここで大人しくしていた超一途な僕をむしろ褒めてくれても良いと思う。やってきた世話係をからかうぐらいしか本当にやることがない」
「なんて悪趣味な奴だ」
娯楽がないことには同情するが、俺にとって死活問題なことを趣味にするのはやめてほしい。
ちなみに、今日の彼女の服装は燕尾服風のジャケットの付いたドレスに、両腕を背中側で一纏めにするアームグローブ、太腿と脹脛に両足を一纏めにする革の拘束具を付けて窓辺で体育座りをしている。頭にのったシルクハット風の飾りがお洒落だ。
どうでもいいが、何故毎度服に合わせて拘束具も変わるのだろう。どうして拘束具にこんなバリエーションがあるんだ、用意した奴楽しんでないかこれ。
「さて、話を戻すが、魔女は世界に七人いることは知っているね?
俺は静かに頷いて見せた。流石の俺でも魔女が七人だということは知っている。
にしても動物のチョイスが謎だ。その動物から生まれた魔女なのか、魔女がその動物を好むのか……。
「まず一人目は
とりあえず総合的に見て一番強い魔女らしい。
そういえば、ナグが戦力的に倒せない魔女は生みの親である
「続けるよ。二人目が
刺々しく言い捨てる様子から、ナグは
特に何か言うつもりはないが、ちょっと意外だ。嫌いなものなんて無さそうなのに。
「三人目が
魔女同士は基本的にあまり干渉しないそうなのだが、
金魚の糞だよ、とナグは鼻で笑った。辛辣だ。
「四人目が、麗しの僕の母君、
俺はひえっと小さく悲鳴を上げた。
いつだか言っていた、ナグが魔女を糧に産まれた魔法使いだと言うのはこのことだろう。自分を食べるってなんだそれ。狂気を感じる。だから子供のナグもこんなに狂気的……。
「今失礼なこと考えてない?」
「滅相もない」
なんだろう、悪寒がする。
「次、五人目は
ああ、噂では聞いたことがある。魔女の支配する国があるって。
しかし差し出してもらいたいから国一つ乗っ取るって、魔女っていちいちスケールでかいな。
「六人目が、
それもそれで怖えな。
あまりに食いまくるから、大体いつも魔女領の周囲の人間国家と戦争しているらしい。
いずれ自滅するんじゃない? とナグは冷徹に言った。
「最後の七人目が
なにそれ怖い。下手すると一番怖い。
「以上、魔女の紹介でしたー。感想は?」
ナグはにこりと笑って話を締めくくった。
そしてナグは話の終わりに毎回こうして感想を求めてくる。
感想って言われてもなー、と言うのが正直なところだ。
「……魔女は何故人間を食べるんだろう」
ポツリと出てきたのは、そんなありきたりな疑問だった。この世界に生まれて魔女の脅威に怯える人々が誰もは一度は抱く、使い古された疑問だ。
ナグがにまりと笑みを深める。
血色の瞳がひたと俺を見た。この瞳に見つめられるのは心底居心地が悪い。
「逆に聞くけど、人間が豚を食べるのに、何か理由があるのかい?」
「でも、魔女は人間を殺して遊ぶだろ?」
「人間は動物を殺して遊ばないとでも?」
「……
──生命維持に人間を食べることが必須なわけではないんじゃないか?
言いかけて、口を閉じた。
ナグが小首を傾げて俺を見る。
俺は数回はくはくと口を開閉したあと、目を逸らして自分の腕を握った。
ぬるりと濡れたように腕がぬめっているような感触がした。
「……この話、やめよう」
「何故?」
「なんでもいいだろ」
不機嫌に吐き捨てる。
『生命維持に人間を食べることが必須なわけではないんじゃないか?』
この問いに肯定されたら「では何故俺の村は襲われたんだ」と怒り狂ってしまいそうだし、否定されたらそれはそれで気分が悪い。
人生には知らなくていいこともあるものだ。少なくとも俺はそうして生きてきた。
そんな俺に、ナグはクツクツと小さく笑った。
「君、復讐とかあんまり乗り気じゃないって態度だけど、その実結構ガチだろ」
「まさか」
間髪入れずに否定する。
そんなまさか。冗談の通じない奴だな。
本気で復讐なんかしたがっているわけがないだろ。
できっこないというのに。馬鹿じゃないのか。
ぐるぐるとそんな言葉が頭を巡った。
そう、そんなことを本気で目指したら、命がいくつあっても足りないのだ。
俺は運良く五体満足で生き残ったのだから、その命を無為にするようなことがあってはならない。
「いやだよ復讐なんて。一応目標として掲げてるけど、しんどいし面倒だ。何より俺は命が惜しいんだ」
真面目な顔をして言い切ってやる。
これも俺の本心であることは確かだった。
でも、どこか言い聞かせるような口振りだったのは俺自身も自覚していた。
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