1-3 恋とかすんの?


 さて、ナグとの生活は、食われるかもしれないという恐怖さえなければそう悪いものじゃなかった。


 彼女は朝起きて、魔力を一時的に完全に封じる薬を飲み、その薬の効力がある僅かな間だけ拘束具を外して水浴びをする。その後、新しいドレスに着替えて、俺が手伝いながらまた拘束具を付ける。

 これが世話係の仕事の一つ、毎日拘束具の点検をすることに該当するようだ。


 今日の彼女の出で立ちは、赤いチェック柄のエプロンドレスにバイオリン型拘束具、足には縄で脚を曲げたまま固定するような拘束をされている。所謂屈脚固定縛りというやつだ。

 幼げな容姿なだけに相変わらず犯罪臭増し増しである。


 彼女はその格好のまま一日の大半をじっとして過ごす。動くのは日に三回の食事と、用を足すとき、後は寝るときだけだ。

 窓もない部屋で彼女は一人、あのムニャムニャと不安な響きの歌を歌う。


 俺もやることが特にないため、一日の大半を彼女に付きっ切りで過ごした。

 取り止めもない会話をしながら、拘束具で碌に手も動かせない彼女に食事を食べさせたり、ベッドを整えたりしている。一応世話係だからな。

 トイレは流石に手伝わない。彼女も魔法で何とかしているようだ。


「ここまでちゃんと世話をされたのは久しぶりかもしれない」

「え、マジで?」


 ポツリと呟かれたナグの言葉に俺は顔を顰めた。

 サボって良いなら俺もサボりたい。と言っても娯楽が何もないところなので、サボったところでやることがないのだが。


「最近は根性なしが多くてね。世話係用の部屋に篭ってガタガタ震えるばかりで、着替えもさせてくれないんだ。食事とトイレは自分で何とかするけど、拘束具は勝手に外すと王城に分かるようになっているから外すに外せなくて、困るんだよ」

「分かっちゃいたけど外そうと思えば勝手に外せるんだな、それ」


 拘束具の意味がない。魔力を封じる薬も本当に効いているんだか怪しいものだ。

 改めて、彼女は俺をいつでも食い殺せるんだなと思うと、恐怖しかない。


「君は怖い怖いと言いつつちゃんと世話してくれるし、会話も成り立つから楽しいよ。世話はしてくれるけど、話しかけても「食べないで」としか言わなかったり、反応がなかったり、口説いてしかこない人もいたからね」

「最後の奴は頭おかしいな」


 俺の言葉にナグはクスリと笑った。なんだか楽しそうだ。

 こちらはいつ殺されるのかと恐怖で日夜神経を擦り減らしているというのに、ムカつく奴である。


「……お前さっきから俺のことやたら褒めるけど、この程度の奴過去にもいただろ。国軍の記録では世話係は悉くお前に食われてるらしいじゃん。そいつらは何かお前に気に入らないことをしたのか? このままお前を楽しませていれば、お前は俺を食わないでくれるのか?」


 ふと気になったので、聞いてみた。

 できれば俺を食べないという保障がほしいところだが、それはまあ措いておいて、彼女の態度がどこまでも穏やかなので、それがいつ豹変して襲ってくるものなのか俺は気になったのだ。


 ナグはぱちりと俺を見上げて瞬きをした。


「まあ、そうだね。君のような態度の人はずっと前、僕がここに閉じ込められた当初は多かったよ。その頃僕はとある人間に懐いていた、というか惚れていたから、その姿を見ていて親しみを感じていた者もいたんだろうね」

「え、魔法使いって人間に恋とかすんの?」


 俺はぎょっとして思わず顔を引き攣らせて彼女を振り返る。

 初めて知った。意外過ぎる。


「失礼だな。魔女に連なる者は愛情深いんだよ。人間に限らず恋くらいするさ。第三子の魔法使いだって、生涯一人を愛し抜くと有名だろう?」

「え、知らない。てか第三子? お前は確か第一子とか言ってたよな? 何か違うの?」

「これだから最近の若者は教養がなくていけない!」


 ナグが何やら大袈裟に嘆きだした。


「魔法使いには三種類いるのは知っているだろう?」

「え、まあなんとなく? あれだろ、確か強さが違うんだろ? 講義で習った」

「本当にそれしか知らないの? 君魔女に復讐したいわりに魔女や魔法使いに対して無知過ぎないかい?」


 俺はすっと視線を逸らす。不勉強なのは自覚しているところだ。

 しかし田舎者の教養のなさを舐めないでほしい。俺は文字すら読めない。


「まあいい。説明してあげるよ。魔法使いは皆等しく魔女の子孫だ。魔女は人間を食べて子を産み、私兵を増やしてるわけ。それが魔法使いね。魔法使いには大きく分けて三種類いる。第一子と第二子、そして第三子だ」


 酷く単純な名前だな、とそんな間抜けな感想を抱いた。


「第一子が、魔女に直接腹を痛めて産んでもらった魔法使いさ。普通の人の子のように腹の中で約一年、大事に育ててもらう。その間魔女は大量のエネルギーを必要とするから、大量の人間を食べる。その分、産まれてくる子は強力だよ。魔女に次ぐ力を持っている。まあ身篭っている間に食べる人間の量と質にも寄るけどね。僕がこれ、第一子の魔法使い」


 得意げにナグが胸を張る。

 第一子の魔法使いは、魔法使いの中でも力が強く魔女に大切にしてもらいやすいそうだ。

 寿命も魔女に次いで長く、そしてたくさんの人間と長い時間を消費する分、第一子は結構数が少ないらしい。


「次に第二子ね。第二子は、魔女が人間一人を食ってその場で産む魔法使いさ。量産型の私兵だよ。ゾンビだという見解を持つ学者もいるけど、人が魔女の腹に収まった後吐き出されて全く別の生命として産まれるからゾンビではないね。強さは食った人間に寄るかな。第一子と第二子は人間を食べるし、魔女の忠実なる僕だからね、人間とは全く違う生き物なんだよ」


 よく魔法使いと言われて想像されるのは第二子の魔法使いなのだとか。

 魔女と第一子は、強い分貴重だから滅多に魔女領からは出てこない。そこで捨て駒の役割を果たすのが第二子の魔法使いらしい。

 軍がよく討伐する魔法使いも第二子とのことだ。


「で、第一子や第二子の子孫、それが第三子。彼らは魔法が使えるくらいで後は人間とそう変わんないよ。人肉食の習慣もなければ、魔女に仕えてる訳でもない。ただしょぼいとはいえ魔法が使えるから、人から魔女の血縁として恐れられる。魔女領でも半端物扱いだし、可哀相な奴らさ」

「へえ」


 第三子の魔法使いは、地域によっては人間と共に過ごしたりもしているらしい。

 目から鱗だ。魔法使いは全部人間を食うものだと思っていた。


 遠方の国では、第三子の魔法使いはエリートとして取り立てられることもあるそうだ。その上、愛情深く一人を愛するから、一部の女性の間では優良物件とされているのだとか。


 エリートで浮気をしない、とどめにイケメン(魔女の血縁は大体とびきりの美人なので)と決まってくれば、それはそれはモテるだろう。

 ケッ、縁のない話である。


「僕が外にいた頃は、そういった恋愛小説も出回っていたんだが、今はそうでもないのかい?」

「俺、字が読めないからそういうのは詳しくない」

「君は大抵のことに無知じゃないか」

「俺の年齢聞く? 十八歳だよ。王国の建国当初からここに幽閉されてるお前と違って、云百年も生きてないの。生まれてこの方知識を積む暇もなかったしな!」


 何せ生まれが開拓村だ。

 特技は農業と料理ですを地で行く超田舎男児なのだ。八歳くらいから農業に従事していた俺に文字とかいう都会の嗜みを行う余裕はなかった。


「そのわりにウィットに富んだ返しをするよね、君」

「そうか?」

「そうだよ」


 彼女の方が言い回しが芝居掛かっていて面白い感じがするのだが。

 彼女は相変わらず俺を見てにまにまと笑った。


 そういえば、最初に聞いた今まで食べられた世話係は何故食べられたのかや、彼女の恋の話を聞きそびれたと気付いたのは少し経った後だった。

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