1-2 復讐したいの?
「……ここがトイレ、その隣がバスルーム。食事は運ばれてくるからキッチンはないよ。悪いけど全部僕と共用だ。死体や人骨が転がっているとか血が飛び散っているとかはないから、遠慮せず使ってくれ。分からないことがあったら質問してくれていい。ああ、君顔が酷いんだった。洗面所で洗ってきていいよ」
「……どーも」
彼女の態度は、ひとまずは人を食うとは思えない程度には穏やかだった。
たまにムニャムニャと歌のようなものを呟くから「魔法か!?」と身構えるが、どうやら魔法ではないっぽい。
俺は洗面所で涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を洗いながら、とりあえずは冷静になった。
一応言葉は通じている。
今は腹が満たされているのか何なのか、俺を食べようとする素振りは見受けられない。
そう、ビークールだ俺。今余裕があるこの時に、対策を立てんでなんとする。俺が今後生き残れる可能性は、今この時の情報収集とか何か色々に掛かっている!
具体的に何をすればいいのかとかはさっぱりだが、何か、頑張って絆す糸口を探そう。
……我ながらふわふわした思考過ぎるな。
タオルで顔を拭いて洗面所を出ると、ナグは外で大人しく待っていた。こちらを見て、またにんまりと笑う。
「うん、顔を綺麗にすれば中々男前じゃん。しかし体が細いね、ちゃんと食べてる?」
「食いでがなさそうってことっすか。よっしゃ!」
「んーまあそうだね。食いでがなさそうでもお腹が空けば食べるけどね」
「絶望した!」
なんてことだ、俺を食っても美味しくないよ作戦は無理ということか。
「というか、毎日食事は運ばれているのに何故腹が減る?」
「魔法使いの魔力の源的エネルギーが人体にしかないから?」
「なるほど?」
何故疑問形?
とりあえず国から支給される食事は人肉とかではなく普通の人間が食べる食事だということは判明したな。
人肉を支給しろとかそんなことは言えないが、何とかしてほしいものだ。何とかした結果が世話係という名の生贄だと思うと泣けてくる。
俺がさめざめとしていると、ナグがツートンカラーの髪を揺らして首を傾げた。
どうでもいいけど、彼女の髪は左右に綺麗に色が分かれていて謎過ぎる。どんな遺伝子だ、意味が分からない。
「そういえば、君はさっき興味深いことを言っていたね」
「……? 言ったか?」
「言ったよ。故郷が魔女に滅ぼされたとか何とか」
「ああ」
俺は一つ頷いた。
まあ、故郷と言っても魔女領と隣接した小さな開拓村だ。悲しいことに、滅ぼされたところで国は認知すらしてくれないだろう。いつ魔女や魔法使いに滅ぼされてもおかしくない、そんなよくある村だ。
「僕はここ数百年ずっとここに篭りきりなんだ。外で魔女がどんな活動をしているのかいまいち把握できていなくて。君の故郷は何の魔女に滅ぼされたの?」
微塵の後ろめたさもなくそんな質問をしてくるとか、やはり魔法使いはよく分からない。
まあ勝手に触れちゃいけない認定されて腫れ物のように扱われるよりよほど良いけれど。
「さあ?」
「さあって。魔女は世界に七人しかいないんだよ? 分からないの?」
「魔女の顔しか見ていないんだ。故郷の奴は俺以外皆死んじまったし、何の魔女かなんて分からない。隣接する魔女領の魔女だと思うけど、闇雲に逃げたから故郷の場所も分からないんだよ。開拓村なんて地図に載らないし、腐るほどあるし」
「僕は全員の魔女の顔を知っているから、特徴を教えてもらえば分かるかも」
「知ってどうする? お前復讐に協力してくれたりすんの?」
「魔法使いの僕に、魔女に歯向かえって?」
ナグの挑むような真紅の瞳に、俺は肩を竦めて見せた。
世界には、魔女は七人いる。彼女らの命は永遠で、ずっと昔から人間の脅威だった。魔法使いは魔女の子供だ。魔女ほどじゃないけど魔法を使えて、魔女と同じく人間を食べる。
ナグは
そりゃ親殺しなんてしないだろうな。
「別にやってあげても良いよ。魔女殺し」
「え、出来んの?」
しかし、ナグが言った言葉に俺は反応した。
魔法使いは大体盲目的に自身を産んだ魔女を慕っているから、そんな言葉が出たのは正直意外だ。魔法で歯向かえないように、とかはされていないのだろうか。
「魔法使いは生まれが違えば仲間意識もあまりないよ。人間だって他国に愛国心なんかないだろ? 特殊な事情がない限り自分を産んだ魔女以外に情はないね」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
言われてみればそんな感じもしてきた。
「それに、戦力的な意味で魔女を殺せるのかという問いなら、君は運がいい。魔女に対抗できるのは同じ魔女だけだけど、僕は魔女を糧に産まれた魔法使い、魔女にすらちょっとだけ対抗できる多分唯一の魔法使いだよ? 魔女によっては多分殺せる。多分ね」
「ちょいちょい曖昧な単語混ぜてくんなよ」
魔女を糧に産まれた魔法使い、とはなんだろうか。普通の魔法使いとなんか違うのか?
俺は田舎者だから魔法使いの生態とかをよく知らない。魔女は七人いるということを知っているだけで、具体的に七人にどういう特徴があるのかもさっぱりだ。
しかし知っているような素振りをして俺は聞いてみた。
「ちなみに、どの魔女だったら殺せんの?」
「単体でなら
なるほど、確かに七人いるな。全員動物の名前で呼ばれているのか。それすら初めて知った。
「魔女の名前言われても俺には分からんわ」
「自分で聞いたくせに」
ナグが拗ねたように頬を膨らませた。
正直可愛いけど人食い魔法使いだと思うと恐怖しかない。
恐怖といえば、ナグのこの態度も不可解すぎて恐怖だ。
定期的に送られてくる死んでもいいような世話係の一人である俺に対して協力的すぎる。それともなんだ、世話係には皆にこんな態度を取って、油断したところを食ってるのか?
「お前、なんでそんな協力的なんだ。目的が分からなくて怖い」
「ん? 簡単だよ。そろそろここで引き篭もってるの飽きた。でも僕誰か責任者いないと外に出られないだろ? 出ても良いけど大騒ぎになるし。君は話が分かりそうだから、君に懐いたことにして、君の復讐を手伝うという名目で出ようと思って」
「はあ」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。
俺にとっては願ってもいない話だ。
食べられずに済むし、魔法使いを手懐けたということで一目置かれるだろう。復讐に協力してくれるならそんなに都合の良いことはない。
けど何か、めっちゃ身構えていただけに「はあ」って感じだ。
ナグがムニャムニャと歌う。
不思議な歌だ。魔法使いで流行っている歌なのだろうか。どこか不安な気持ちを煽る不安定な響きをしていた。短調かな。音楽には詳しくないから分からないが。
「……熱心なところ悪いけど、俺実はそこまで復讐に燃えてたりはしないぞ。なんかそういう目標掲げてないと燃え尽き症候群というか無気力症というか、そんな感じだからそれを目的に生きてるだけで……あ、待ってやっぱめっちゃ復讐したくなってきたー!」
「君って奴は保身に熱心だよね」
うっかり本音をぽろぽろしていたら、ナグが不意に笑ったので慌てて撤回する。
唇を捲り上げて歯を見せた肉食獣みたいな笑い方だった。
続けていたら食われていたんじゃないだろうか? なんだコイツ超怖い。
「そういう気に入らない奴は食っちまえみたいな思考良くないと思う」
「笑っただけでしょ。それに、気に入らない奴は食べないよ。殺すだけ」
同じじゃないかと俺は震えた。君たちにとってはねとナグは笑った。
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