第34話 アルバム

「それじゃあ」

 早川はカードの山全体を表向きにして、四枚のエースを抜き取っていった。改めて須美子にカードの束と抜き取ったエース四枚を見せてから、それぞれのエースを別々の場所に差し込んでいく。

「この通り、四枚のエースは全く別の場所に挟んだよね」

「ええ」

「ではこれをこうして揃えて」

 言葉の通り、カードは揃えられ、エースは判別でいなくなった。さらに何度かシャッフルする。これでもうどの辺りにあるのかもよく分からない。

「よく見ておいてください」

 カードの束を一振りする早川。大半が右手に移るが、一枚だけ左手の中に残っている。

「めくってくれる?」

 須美子は息を飲んで驚きに備えた。それでもエースが、クラブのエースが現れるとどっとする。

 早川が、今度は右手から左手へカードを一振り。右手に残った一枚を表裏反対にするとダイヤのAだった。

 三枚目は違うカード、スペードの5が現れ、一瞬、失敗したかのように見えたが、それも含めて演出。カードの束全体をひっくり返し、マークと数が見える状態で、上から五枚目を見るように言う。

「スペードのエースだわ」

 段々、驚きよりも感動の方が勝っていく気がした。

 最後の四枚目のエースは、須美子の自由意志でカードを裏向きのまま指差してもらい、それを早川が指で弾くとハートのエースとなって現れた。

「凄いじゃない、やるじゃない早川君」

 拍手しながら絶賛する須美子の前で、早川はトランプを仕舞い、頭をかいた。

「それほどでも。褒め称えられると格好付けたくなるんだけど、やっぱり言っておくと、全部本を見て覚えた」

「種があるのは当たり前よ。それを本で見て覚えて、できるようになるのが凄い。誰にでもできるような種じゃないんでしょう?」

「まあ、そうなのかな。その本、見てみる?」

「え――見たいけれど、種は知りたくないような知りたいような……」

「へえ。種を知りたがる子ばっかりだったから、意外だ」

「だって、知ったら幻滅しちゃいそうで。不思議なことは不思議のままで置いておきたいじゃない?」

「なるほど。でもまあ、マジックの中には、その原理を知っても美しさや見事さを改めて理解できる物もあるよ。やっぱり一つぐらい、種を見てみる?」

「どうしてそんなに誘惑するのよー。負けちゃいそう。種は知らなくてもいい。そうだわ、見せてくれるんならあなたの部屋が見てみたい」

「ええ? 何で」

 ちょっと嫌そうに眉を動かし、考える顔つきになる早川。ひょっとしたら、今日は部屋の中、整理してたかどうかを思い出そうと努めているのかも。

「興味あるもん。女子の間では話題の的よ、あなたの個人情報」

「そんなまさか」

 信じられないという風な早川に、須美子はちょっと距離を詰めて「いいから見せてよ」と求めた。

「トランプを取ってきた部屋がそうなんでしょ。行こう。案内してくれなきゃ、あなたの隙を見て侵入するかも」

「仕方ないなあ」

 部屋の前まで行き、ドアをゆっくりと開けた。中を覗くと、案外片付けが行き届いていた。比較的散らかっていると言えるのは、机の上ぐらいか。あと、ベッドの上の布団が、少しだけ乱れている。

「何か色々チェックされそうだ」

「チェックしてるわよ~。どんな本を読んでいるのかとか、趣味のは何かとか、芸能人のポスターは貼ってないのかとか」

「もう、荒らさないでくれ~」

「本棚の本、見ちゃだめ? さっき言ってたマジックの本とかは?

「じゃあ、その辺。この本棚のこの一画は自由に見てもかまわないよ」

 高さ天井まである本棚の、真ん中から下半分をぐるっと囲うように腕の動きで示した早川。そこに並ぶ背表紙をぱっと見て、須美子はすぐに察した。

「ずるーい。三分の一ぐらいは教科書とか教材じゃないの」

「ず、ずるくはないだろ。実際問題、転校が多いと転校先で使えない教科書も多くて、結構かさばるんだよね」

 そのとき、電話のベルらしき音が聞こえてきた。携帯端末のそれではなく、この家の固定電話のものらしい。

「ごめん、ちょっと離れる。さっき示したとこの本は自由に見ていいよ。他はだめだからね」

「はーい、分かりました」

 気楽な返事に不安そうな顔をする早川だが、電話に出ないわけにもいかない。念押ししてから自室を出て行った。

「もっと信用してよね」

 笑いを抑えながら須美子は呟いた。

「言われたことは守る。ただ、見てもいいところは徹底的に見るから」

 人差し指と視線をさまよわせていると、ふと気になる文字が目に留まった。

「アルバム?」

 須美子は慎重な手つきで、背表紙にアルバムとある冊子を手前に傾けてみた。卒業アルバムの類ではもちろんなくて、ごく一般的な家庭用のアルバムだと分かる。厚さはさほどでもないが、高さがその棚の上から下まで目一杯使うほどある。

(これこれ。こういうのが見てみたかった。友達にもおやみげ話ができるかな)

 須美子はなおも慎重にアルバムを床に置くと、絨毯の上にぺたんと座ってアルバムのページを繰った。

「わ。かわいい~」

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