第33話 同級生はカードがお好き

「じゃなくて、バタークッキーだと思ったら、ちょっと爽やかな感じがしたから」

「サワークリームを使ったからかな。バター風味のはナッツだったと思う」

 その言葉が誘い水になって、須美子はすぐに二枚目としてナッツ入りに手を出した。

「――ほんと。とっても香ばしい」

 味わいながら、気になった点を確かめてみる。

「早川君の話を聞いていると、ひょっとしてこのクッキー、手作り?」

「そうだよ」

「へえ。料理上手だね」

「あのー、一応言っておきますが、そのクッキーを焼いたのは僕。母から教えてもらいながらだけど」

「えっ。本当に?」

「信じられないならいつか目の前で作って見せてもいいけど」

「ごめん。信じる。ただ、お店で売っているのよりもおいしいかも。少なくとも私は好きよ、この味」

「よかった。味覚が近くて」

 そう答えると、早川は初めて彼自身のカップに口を付けた。どうやら味の感想を聞けるまで待っていたらしい。

 一息つくと彼は窓の外に目をやった。

 つられて須美子も振り返る。雨はまだ粒が大きく、はっきり見えた。雷も完全には去っていないようだ。

「もうしばらくいさせてくれる?」

「もちろん。歓迎するよ。ただ……女子が来たことなんてないから、何をしていいのやら」

「おしゃべりでもゲームでも何でも。あ、宿題が残っているんなら手伝おうか」

「宿題は大丈夫。ゲームは僕、あんまりしないんだよな。どちらかって言うと、トランプやオセロの方が」

「そうなんだ? 他の男子とゲームの話をしてるみたいなのに」

「転校が多いとね、共通する話題を持っている方がいいとしみじみ感じるよ、真面目な話」

「あ、そうよね」

 四度も転校していると聞いたのを思い出す。これだけ気さくに話せて、見た目もまあいい方なのに、案外苦労してるのねと感じ入る。

「そうだ、あれなら興味を持ってくれるかも」

 急に云い出したと思ったら、席を離れて部屋――さっきとは別の、多分早川自身の部屋に入り、すぐに出て来た。

 手にはトランプと思しきサイズの紙製の箱が一つ。開けると、やはり中からはカードが出て来た。

「トランプ遊びなら二人でやって面白いのってなかなかない気がするけど。ポーカー?」

「いや、こういうこと」

 一組のトランプを左手に持った早川は、一番上のカードをめくってそれがスペードの3だと示す。再び裏向きにして、須美子の方へカード全体を差し出してきた。

「一番上をめくってくれる?」

「うん」

 まさか……とある予感を抱きつつ、言われた通りに一番上のカードをひっくり返す。と、ジョーカーになっていた。

「わっ。び、びっくりした」

「そんなに絵柄が怖い?」

「違うわよ。マジックにびっくりしたの」

「よかった。驚いてくれて。マジックも人と親しくなるのに使える。ただ、そのために習ったんじゃないんだけど」

「他にもできる?」

「いくつかはできる」

「見せて」

 早川は須美子のリクエストに応じ、カード一組から一枚を選ばせた。ダイヤのクイーンだった。裏返してカードの山のトップに置き、テレビで見たことあると思うけどと断りを入れつつ、トップカードの中程に軽く折り目を付けた。

「ひょっとしてあのマジック?」

「多分、柏原さんが思っているのと同じ」

 言いながら折り目を付けたカードを手に取ると、山の真ん中辺りに差し込む。おまじないを掛けるような手つきをしてから、カードの山に視線を集める。すると、一番上のカードが折り目付きの物になったように見えた。

「めくってみて」

「――ダイヤのクイーンだわ」

 真ん中ぐらいに入れたはずなのに、いつの間にやらエレベーターのごとくカードが上がってきたことになる。あり得ないと思いつつも、目の当たりにすると不思議でならなかった。

「すごーい。他には?」

「じゃあ……山から十五枚、カードを選んで。どこからでもいいよ」

 須美子は言われるがまま、適当な場所から一枚ずつ抜き取って、十五枚のカードを揃えた。その十五枚を受け取ると、早川は一枚ずつテーブルに置き始めた。一枚、二枚、三枚、四枚と声に出してカウントしながら。

 すると不思議なことに、十七をカウントしたところでカードが早川の左手からなくなった。

「あれ?」

 二枚増えてる。

「おかしいね。もう一回やってみよう」

 今度もさっきと同じように数えながら置いていくのだが、終わってみると十四枚になっていた。

「ええ? 減った!」

「こんなパターンもあるよ」

 早川がまたしてもカードをカウントしながら置いていく。今度は途中でカードが消えて、透明なカードを置いていくふりをする。と思ったら再びカードが現れて。最終的に二十枚まで行った。

「何よもう、全然分からない、不思議」

「はは。お気に召していただけたようで何よりです」

 かいがいしい召使いのように、胸元に片手をかざし、こうべを垂れる早川。

「ネタ切れになる前に仕舞おうかな」

「待って。最後にもう一つだけ。お願い。見せて」

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