第30話 次の約束まで
「おお、ちょっと嬉しいことを言ってくれる。けど、そこは『かもしれない』じゃなく『違いない』にしてほしかった」
「自信満々ね。ある意味、うらやましいかも」
「カシワバラさんは自分に自信を持ってないのか。もったいない。そのかわいさなら、男子が放っておかないはずだけどな」
「やあね。だからそれは眼鏡違いよ。ぜーんぜんなんだから。ちょっかいをかけてくる子ならいるけど」
「信じられないなあ」
ハンバーガーの最後の一切れを口に放り、飲み込む志嶋。おどけた態度が垣間見られて、どことなしにかわいいと言えるかもしれない。
紆余曲折ありつつも、最終的には打ち解けたやり取りをしていた。
「さて。残り時間はどのくらいあるかな」
手をはたきながら志嶋が言った。
「このお店に入ってからだと、あと十五分余りってとこかしら」
「じゃあ二十分くれる? 君のことをできるだけ知りたい」
「何勝手に延長してるんですか。全体できっかり四十五分」
「しょうがないな」
「それに私だって芸能界のことを少しは知りたいんですけど」
「じゃあ、交互に質問するってことで。まずは僕から。バッチの王子様以外に好きな男子はいる?」
ストレートに過ぎる質問に、須美子はやや気圧された。上半身がちょっぴり、のけぞったようだ。
「いません」
「じゃあ――」
「今度は私の番でしょ? 普段、学校は休まずに行けてるの?」
「基本的には。どうしても外せないイベントとかオーディションなんがあれば、そっち優先で学校は欠席するよ」
「ふうん」
「じゃ、次。ディナ☆ミタの他に好きなアイドル、いや、有名人がいれば教えて。参考にするから」
「急に言われても」
須美子は少し考える時間をもらって、ベテランの域に入ってきた男優とオリンピックスポーツのメダリストを挙げた。
「ううーん、参考になるようなならないような」
「何の参考なんだか。私からの質問は、クラスメートは志嶋君の活動を知っているの?」
「もちろん知ってる。おかげでもてるんだぜ。ただ、半分ぐらいは先輩方のサイン目当てだろうけどさ」
「大変そう」
「もちろん原則的にお断りしているよ。今日の君に対してのは、特別だから」
にこやかに笑って志嶋は次の質問を口にした。
「今ここで僕が君に告白しても振られるんだろうけど、将来、OKしてくれる可能性はあるかな?」
「……」
またなんて言う質問をしてくるんだろうと恥ずかしさを覚えながら、同時に呆れもする須美子。
「可能性はあるとしか言えないでしょ。未来のことは分からないという意味で」
「それだけ聞ければ充分」
にんまりすると、次の質問に答える気があるのかどうか、携帯端末をいじり始めた。
「忙しいみたいだから、これを最後の質問にしようかしら」
「何なに?」
「芸能人、特にアイドルの人達って、恋愛禁止って言われてるけれども、あれは本当? 本当だとしたら今の志嶋君がやっていることはルールを破ったことにならないのかな」
「かわいいなと感じた人に声を掛けることまでは禁じられていない――多分」
「そう言うからには、恋愛禁止っていうのは本当にあるのね」
「全部のプロダクションがってわけじゃないし、人によっても基準が違うこともあるそうだけど、今の僕は念のため恋愛禁止だって言われたな。小学生だからって見逃してはくれないみたいだよ、あはは」
「……じゃあ、たとえばの話、私みたいなのはどうなんだろ」
「というと?」
「はくちょう座のバッジをくれた男の子に恋してるっていうのは、恋愛禁止の規則に引っ掛かるのかなってこと」
「えー? さあ、どうなのかな。面白い仮定だと思うけど、聞いたことないや。――たださ、テレビやネットでアイドルが君みたいなことを発現したら、大騒ぎになるんじゃないか。そして偽者が現れるかもしれないよ」
「そっか」
全然考えもしないでいたことを言われ、ちょっと怖くなる。もちろん、自分がアイドルになれるとかの話ではなくて。はくちょう座のバッジをくれた男の子とどうしても会いたくなったら、ネットで広く聞いてみるのも一つの手よねと考えていたのだ。軽い気持ちでそんなことをネットに載せたら、嫌がらせのために偽者が現れる恐れがないとは言えないんだと初めて意識できた。
「あのー、志嶋君、ありがとう」
「へ? 何が何だか分からないけれども、どういたしまして」
「迂闊にネットに頼るのは危ないって教えてくれたことに対してよ」
「あ、それ。まあ、僕らの間では常識だから。先輩達の中には、失敗した人も結構いるからね、ターザンの医師ってやつ」
「……」
須美子は少し考え、そしてクスクス笑った。
「他山の石ね」
「それそれ。先輩方の失敗があるおかげで僕らは今、対策をしてネットを自由気ままに使える。でもまあ、新たな失敗をしないように気を付けなきゃならないんだけどさ」
おふざけが過ぎるのか、しっかりしているのかよく分かんない人だわと思った。
やがて四十五分が過ぎようとする頃になって、このあとどうするのと問われた。十字星の男の子を思い出すために少しぶらぶらしてみるのに加えて、“アリバイ作り”のために雑誌を買っておかなきゃいけないことも伝える。
すると、「よし、今度こそおごらせてくれ」と志嶋が立ち上がった。
「雑誌、買いに行こう」
須美子は三度断ったが、志嶋が四度目も言って来たのでとうとう折れた。
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