第29話 いつの間にかデートみたいに

「分かった。というか、君の思い出話に興味を持つ人は、僕の周りでは僕だけだから安心して」

 妙な保証のされ方だったが、事実には違いない。

 須美子は一年生のときに天文関連の催し物へ、親に連れて行ってもらい、迷子になってからのことを簡潔に話した。

「ふうん。で、そのバッジを譲ってくれた男の子が王子様になって現れるのを今も待っているというわけか」

「ばっ――茶化すのなら、もうおしまいにする。切り上げて帰るから」

 須美子が立ち上がりかけ、ストローでジュースを思い切り吸う仕種をすると、目の前の志嶋は揚げたポテトを放り出して、両手を振った。

「うわ、待って待って。だめだよ。まだいてくれないと」

「話は終わったし、最低限の義務は果たしたと思うから」

「待ってくれ~。謝る。この通り、ごめん」

 合掌して頭を下げているアイドルの卵を見て、須美子は密かに嘆息した。「分かった」と元の椅子に座り直し、

「何でそんなに私なんかに執着するの」

 と率直に聞いた。

 引き留めに成功した志嶋は安心した表情に転じて、トレイの中で散らばったポテトを集めた。

「それ、答える必要ある? かわいいからに決まってるっしょ」

「~っ。お世辞は結構ですっ。ぜったーいに、私よりもきれいな女の人を近くで見てきているに決まってるんだから」

「そこは認める。だけど、同い年となるとなかなかいないんだよ。いても、ステージママがくっついてきているのがほとんどで、簡単にはお近づきになれないわけ」

「私が芸能人じゃないからという理由が大きいのね」

「ま、それが全てじゃないけどさ」

「だったら芸能人を目指そうかしら。オーディションへの応募って、今はインターネットからでもできるんだっけ?」

 もちろんこの台詞はそのままの意味ではなく、志嶋とは今日これっきりの縁にしたいから言ったまで。

 ところが志嶋の反応は、須美子の予想のはるか外だった。

「うーん、君が業界の色に染まるのはあんまり嬉しくないけれども、どうしてもなりたいんだったら、オーディションなんかやめときなって。僕がマネージャーさんに頼んで、人を紹介してあげられるよ。系列の会社に女性タレント専門のプロダクションがあるから、そこに話を通してもらえると思う」

 しゃべりながら、両手の人差し指と親指とを使ってカメラのフレームを模し、写真を撮るポーズをする志嶋。

「まじでいける」

「あ、あのですね、今言ったのは言葉のあやというか」

「ファンのままではディナ☆ミタに直に会って話をするのは難しいだろうけど、同じ世界に入ってしまえばチャンスは大きく広がるよ」

「……」

 ちょっぴり心が揺れたけれども、そこまで熱狂的なディナ☆ミタのファンじゃあない。須美子はぶるぶるとかぶりを振った。

「やめとく。なれるとも思ってないけれども」

「えー、もったいない」

「さっきまで芸能人じゃないからいいって言ってなかった?」

「うん。だけど、芸能人になったカシワバラさんも見てみたくなった、なんてね」

 志嶋の反応と来たら、ああ言えばこう言うのお手本のよう。須美子は根負け、馬鹿負けした心地になった。こうなったらちょっとは無理なお願いをしてもいいんじゃないかしらという思いが、むくむくとわいた。

「さっきから大きなこと言ってるけれども、私、信じられないなぁ。志嶋君の言うことを聞けば、ディナ☆ミタと簡単に会えるなんて。あの人達は大先輩でしょう?」

「尊敬する大先輩だよ。簡単に会えるかって言うと、そりゃあ忙しさの合間を縫ってだから、なかなか無理だろうけど」

「ほら、怪しくなってきた。ディナ☆ミタのサインでももらって来てくれるのなら、信用できるんだけど」

「はは、やっと言ってくれた。サインとか全然欲しがらないから、先輩達の人気も大したことないなあって思いかけちゃったよ」

 まるで予想は付いていましたみたいに言われて、もうどうしようもないと感じた須美子。下手にやり合おうとしても、こっちが疲れるだけ。

「近い内にまたこの駅に来るはずだから、そのときに会おうよ。うまく行けばサインをもらってきてあげる」

「近い内にって……ああ、今日中止になった分の」

 レシートを裏返して、細かな文字を書いていく志嶋。書き終わるとくるりと向きを換え、須美子の方へ滑らせてきた。

「そのときのためのメモ書きだよ。ビルの係の人にこれ見せれば取り次いでくれるはず。あと、電話番号も書いておいたから」

「わ、私の方は教えないからねっ」

「いいよそれでも」

 あっさりした返答をすると、志嶋は食べるのに集中した。

 須美子は座り直してレシートのメモをつまみ上げると、少しためらったものの、結局はお財布に仕舞った。

「ねえ。志嶋君は私のことを信用してくれたの? こんなメモを渡してくれるなんて」

「最初から信用してるんだけど」

「でも、このメモを写真に撮って、ネットに流されたらまずいとか……」

「ああ、それはだいぶ困るなあ。けど、しないよね、カシワバラさんは」

「しないわ」

「――写真で思い出した。君と僕とでツーショット、撮ろうよ」

 人差し指で自分自身と須美子とを差し示す志嶋。

「それって芸能人の方から言う台詞?」

「まあいいじゃない。それだけ魅力的に感じてるんだからさ。だめ?」

「……ま、まあ、あのときの志嶋君がこんなに有名になっちゃったと思う日が来るかもしれないし、記念に一枚ぐらいなら」

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