第27話 大胆なのは環境故?
「元々はディナ☆ミタのシークレットライブが計画されていたんだ、特集記事の載る雑誌の発売に合わせてね」
「ええ?」
「ゲリラ的なのじゃなく、この近くのアミューズメントビルと連携した正式なイベントとしてね。ただ、今日の天気予報が猛暑日プラス午後から雷の可能性が高いって出たから、上の人達が相談して中止になった。で、バックで踊る予定でスタンバイしてた僕らも御役御免、自由にしていいよってなったから。でもたいしてお金持って来てないし、お茶飲んで帰るかと思ってたところへ、君が現れたってわけ」
「はあ」
中止になったシークレットライブはもうこの先、代わりに開かれることはないのかしらと、そちらの方がまず気になった。
「思った以上に長話になって疲れた。やっぱ、どこかに入ろう。そこで話を聞かせてよ」
「え、ええ?」
不意に手を取ってきた志嶋。そのまま手を引かれると、足が数歩前に出た。ナンパされるなんて初体験の須美子は、ちょっとしたパニックになった。きゅっと音を立てて足にブレーキを掛け、立ち止まる。
「だ、だから喫茶店なんかはだめだと」
「僕が責任を持つ。なんて、実際には事務所の方になると思うけど。あはは」
「無理です。話だけならできなくもないけれど」
「じゃあさ、コーヒーショップかファーストフードは? それがだめなら確かここ、本屋に隣接する喫茶コーナーってあったよね。あそことか」
強引な誘いに、須美子は少し考え、あきらめてもらうつもりで条件を出すことにした。
「ディナ☆ミタの秘密、まだ誰も知らないような秘密を何か一つ教えてくれたらいいですよ。ファーストフード店に行って話をする」
「ほんと? 約束だよ」
志嶋は小さくガッツポーズして、はくちょう座のバッジが入った小袋を返してくれた。
(まさか、先輩のディナ☆ミタを売るの?)
思い描いていたのとは反対の流れになり、焦る。志嶋は嬉々として携帯端末をいじり始めた。
「証拠がある方がいいのかな。でも、あんまり下ネタはだめだよね、うん」
「しも……」
「あ、これなんかは大丈夫だよな、多分。――念のため言っておくけど、これから見せる画像、写真に撮ったらだめだよ」
「私、まだそういうの持たされていないから……」
「何だ、それなら安心だ。じゃ、制限時間一分てことで。ほい」
端末を持たされた須美子は、表示された写真が何なのか、すぐには飲み込めなかった。そこにはきれいに着飾った女の人が二人並んで立っている。
「……もしかしてこの二人、
じっと見ている内に気が付いた。女装をしたディナ☆ミタだ。いかにもなかつらを被るでなし、極端な頬紅をさすでもなく、普通に女性になりきっている。
「当たり。去年の事務所のクリスマスパーティで、これをやられて、みんな笑うよりも感心してた。あ、その先の数枚はメイクを落としたり服を脱いだりするところもあるよ。そっちの方はちょっと笑える」
言いながら、ぴんと伸ばした指を“乱入”させてきて、画像をスライドさせる志嶋。卵とは言え芸能人だけあって、きれいに手入れされた指なのが印象に残った。
「――ぷ」
その印象が吹き飛ぶくらいの笑いがこみ上げてきて、どうにかこうにか我慢する須美子。それほどメイクを落とす途中のディナ☆ミタの様子は面白い表情に溢れていた。
「よかった。やっとはっきり笑ってくれたね」
声に顔を起こすと、腰を若干かがめて目の高さを合わせた志嶋が安堵した様子でいた。
そんな態度を目の当たりにして須美子はようやく、悪い人ではなさそうとの思いを持つことができた。だから、お茶に付き合って話をするくらいならいいかなって。
ディナ☆ミタの秘密を教えてと言ったのは、断るための口実作りだったのに、いつの間にか逆になっている。
「さあ、これで条件クリア、だよね?」
「しょうがないなぁ。四十五分だけ付き合います」
時刻を確かめてから了承した。
ハンバーガーのファーストフード店に入った。
まだお昼には早いが、それなりに席は埋まっているし、持ち帰りのお客さんもちらほらいるようだ。
「よし、これぐらいなら大丈夫だ」
メニューの表示されたパネルを見上げていた志嶋は一つうなずくと、須美子に向き直った。
「おごるよ。付き合ってくれたお礼に」
「いい、いりません」
首を小刻みに振って、さっさとカウンターの店員の前に行く須美子。軽い子だと思われたくない意識が働いて、素っ気ない言動になっていた。第一、ちょっと変わった格好の志嶋の連れだと見られるのが、ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
「遠慮しないで」
「してないです。おなか空いてないし」
「まさか、ダイエットしてるとかじゃないよね」
「――必要に見える?」
メニューを見せてもらって選ぶ途中だったが、ダイエットという言葉に引っ掛かりを覚えた。振り向いてじろっと見返し、尋ねる。
「全然。必要に見えなかったからまさかと言ったんだよ」
「……それはバストが物足りないってこと? 周りは芸能界の女の子ばかりで、スタイルのいい人を大勢見てきたでしょうから」
「違うって。面白い子だね、スミコちゃん」
「あの。志嶋君」
「はい、何でしょうか」
明らかなからかい口調で返事されたが、ここはぐっと堪えて元の会話を続ける。
「下の名前で呼ばれるのは嫌だから。名字で呼んで」
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