第26話 星座を拾ったのはスターのタマゴ

 臆面もなくキザな台詞がすらすらっと飛び出した少年の唇を、じっと見つめてしまった。

(うーん、親切だけれども、やっぱりあまり関わらない方がいい人なのかな)

 胸の内では警戒心が鎌首をもたげるも、大事な物を拾って届けてくれるという親切を受けた手前、邪険な対応を取ることも憚られる。

 須美子は笑みを作り、改めて両手の平で受け止める形をした。

「お世辞がお上手でびっくりしちゃいました。それでその袋を」

「待って待って。つれないな。物を人質代わりにしたくないけど、このあとお茶でも一緒に飲みませんか。帽子を取るとますます好みのタイプだと分かったから、もう我慢できないよ」

「えっと。私、小学生なんですが」

「それが? 俺、いや僕も小学生なんだけど」

「え、嘘!」

 思わず声が大きくなり、遅れて口を両手で覆う。対照的に少年が苦笑いを顔いっぱいに広げた。

「ほんとほんと。小六だよ。そんなに大人に見える?」

「大人っていうか、中学生ぐらいかと思ってた」

 同学年と分かると少し気持ちが落ち着いた。若干ではあるが親しみを覚える一方で、自分と同じ小学生が凄い格好をしているのねという反感も強まった。一進一退といったところ。

「それで、小学生アピールをしたっていうことは、校則で禁じられているんだね? 喫茶店に入ること」

「え、ええ。子供だけなら絶対にだめ」

 ファーストフード系なら大丈夫だという点は秘密にした。

「そうか。見たところ、君は優等生でルールは守りそうだな。じゃあ、この袋の中身について教えてよ」

「な、どうしてですか」

「だって興味あるんだもん」

 急に子供っぽく言われても。

「会ったばかりの人に話すようなことじゃないわ」

「それは分かるよ。けど、大事なこれを拾ってあげた僕に、何らかのお返しをしてくれても罰は当たらないと思うんだけどな~」

「それは……本当に感謝しています。あなたが拾ってくれなかったら、誰かに踏み潰されていた可能性だってあったのだから」

「じゃあ、教えてよ。そこまで君が感謝するわけを」

「でも……知らない人と話をするなって言われてるし」

「今さら! それに僕のこと信用してないな。危ない奴だと思ってる? そんな怖い顔をしてるのかなあ」

 手に小袋を握ったまま、両手首を自らの腰の両サイドに当て、首を傾げる少年。

「いえ、その、見た目は確かにちょっとあれですけど……」

 言い訳というかフォローをする須美子の前で、懐から携帯端末を取り出した少年。操作の素早さは使い慣れていることを証明していた。

「何をしてるの?」

「――ほら、これ」

 少年がこちらに向けた端末の画面には、写真が読み込まれていた。須美子を驚かせたのは、少年と一緒にそこに映る人物。

「えっ……この人って、もしかして」

 画面に人差し指が触れそうになりつつ、尋ねる。

「ディナ☆ミタの二人じゃないですか?」

 写真にはディナ☆ミタの二人に挟まれる格好で、ピースサインをする少年の姿が収められていた。

「どう?」

「どうって……あなたもディナ☆ミタのファンなのね? 男のファンは珍しいけれども」

 真っ先に浮かんだ感想をそのまま述べる須美子。その目の前で、少年は芝居がかった動作でずっこけた。

「がくっ」

「あれ? ファンじゃない? ファンでもないのにスリーショット写真?」

「違う違う。僕はディナ☆ミタほかバックダンサーをやってる一人なんだってば!」

 あまりにひどい誤解をされたものだからか、地団駄を踏む少年。声のボリュームが大きくなったことには気付かないでいるらしい。

「あ……それでそういう格好を普段から」

「そう。僕の名前は志嶋啓矢しじまけいや。これ本名なんだぜ」

 謎の本名アピールを入れつつ、自身を親指で示しながらウインクしてきた。ナルシストっぽく映るが、嫌味な雰囲気は薄い。

 でも一方で、まだ信じ切れない自分がいる。もしかすると、ディナ☆ミタと超接近した写真がたまたま撮れたのを悪用して、ファンの子を引っ掛けようっていう可能性もないとは言えないんじゃないの。

「じゃあ志嶋さん――」

「『くん』でいいよ、ていうか『くん』の方がいい」

「他にどんな芸能人と親しいの、志嶋君は」

「親しいというのとは違うかもだけど、同じ事務所の先輩ならだいたい撮ってもらってる」

 ほら、と他の写真を見せようとする彼に対し、須美子は「踊っているところはないの?」と求めた。

「ははーん、疑ってるね。ここで踊ってみせても信じないだろうから、俺が、いや僕が出ているところで、分かり易い動画を……」

 端末を操作すること三十秒足らず、「これなんかいい感じ」とご満悦な顔をしながら画面を見せてきた。

「ワイドショーが取材に来たから映像が残ってるんだ。去年、ショッピングモールの催し物に出たときの。中央の桑崎霧生かざききりゅうさん、知ってるだろ?」

「え、ええ。俳優さんでしょ。昔は確か特撮ヒーローやってた」

「そうそう。桑崎さんのすぐ斜め後ろのこいつが、僕」

 ちょうどカメラの角度が切り替わったタイミングで、映像を一時停止。少しコマ送りして、顔がはっきり分かるところで改めて止めた。

 須美子は画面の中の少年の顔と、目の前にいる志嶋の顔とを見比べた。

「ほんとだ」

「ね? 自慢するけど、バックで踊ってる中で一番年下が僕。でも一番うまいと思わない?」

「分かんない、皆さんお上手としか。志嶋君の話は信じたけれども、その、芸能事務所に入っているような人が休みの日に、こんな場所で何をしてるのかが不思議」

 ディナ☆ミタに近い人だから興味がないわけじゃない。ただ、今日は別の目的があって駅まで出て来ただけに、浮つく以前に冷静でいられる。

「そう来たか。うーんとね、もう中止が決まったから言っても大丈夫と思う。だから言うけど一応ね、他言無用で」

「? 分かった」

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