第24話 思い出を拾いに

 九時になると自転車で自宅を出発した。最寄り駅を目指し、そこからは電車に乗ってターミナル駅へ。都合、三十分を見ておけば余裕だろう。

(さすがにあのときのイベント会場までは、足を延ばせないけれども、駅までなら)

 須美子がターミナル駅まで行ってみようと思い立った本当の理由は、過去を思い起こすためだった。

 そう、イベント会場で十字星の男の子と出会ったあの日の出来事を。

(あの日、迷子になったあと、お父さんお母さんとまた会えて、ほっとして泣き出して……と言うよりも、両親に対してぐずりだしたんだけど。そんな私を宥めるために、駅周辺の地下街にあるレストランに寄ってくれた)

 そこで好きなものを食べていいと言われて機嫌を直したのだから、我ながらげんきんなものだと今さら恥ずかしくなる。

(家に帰るまでの道のりを、部分的にでも辿ってみれば、今よりももっとあのときのことを思い出せるかもしれない)

 そう信じて、須美子はターミナル駅のプラットフォームに降りた。むわっとした熱気が伝わってくる。太陽が差し込んでいるところを歩くと、痛いほどの日差しだ。お守り代わりにしている例のはくちょう座のバッジを入れた袋を、ポケット越しに触れて気力を奮い立たせる。

 基本的に休みの日にしか来ることのない場所だが、今日はこれまでに比べると混雑は緩んでいるようだ。猛暑が予想されているからかもしれない。須美子は自転車を降りて以降被っていた白い帽子を、改めてぎゅっと被り直した。

 サングラスも持って来たのだけれども、こちらの方は人が多い場所で掛ける勇気がなかなか出ない。屋外では、家族と一緒のときに数度掛けたきりである。

(なるべく地下道を通ろうっと)

 とりあえずの目的としてる地下街の料理屋さんまでは、地上を突っ切った方が近道なのは分かっているが、日差しを避けるために地下道を選択する。階段を降りていくと冷房が効いているのがすぐに肌で感じられ、ありがたかった。

 降りきって、地下街へとつながる通路を目指す。来慣れていないため、ルートを確かめながらになった。枝分かれしているポイントに来ると、立ち止まって天井を見上げ、案内の電光掲示を見ていく。

「えっと。レストラン街でいいんだっけ?」

 無意識の内に呟いていた。

 地下街は広大で、レストラン街の他にも名店街と呼ばれる一画もある。食事ができる店はその両方にあった。

 須美子は記憶が甦るのを待つのをあきらめ、別の案内板に頼ることにした。壁に掛かるそれは、店舗の場所を番号で記してくれているマップだった。

(お店の名前、“たいや”、だったはず)

 平仮名三文字を目当てに、マップの左隅にある店名のリストを見ていく。が、見付からない。二度やってみても結果は同じだった。

(おかしいわ。五年ぐらい経ったから、お店が変わったのかな)

 それでもだめ元でもう一度当たってみる。と、アルファベット表記で“たいや”と読めるお店があると気付く。

(ひょっとしてここ? リニューアルしたのか、元々アルファベットだったのを私が平仮名と思い込んでいたのかしら)

 どっちでもいい。とにかく確かめに行こう。それに肝心なのは、当時のルートを辿って雰囲気を思い出すことだ。

 店の番号は14とある。マップのどこに14があるのか、見付けるのにもちょっと時間を取った。じゅーよん、じゅーよんと小さく呟きながら、しゃがんだりまた立ったりして、ようやく発見。

「よしっ――あ」

 これで行けると立ち上がり様に向きを換えると、そこに人が立っていた。

「おっと」

 正面衝突しそうなところを相手が両肩を掴んでくれてセーフ。須美子からすれば見上げる形になる。顔を見ると青年というよりも背の高い少年だった。

「ごめんなさい」

「いえ、どういたしまして」

 髪を薄い紫色に部分染めにして耳には小粒ながら光り物、細い目と相まって、一見すると怖い印象を受けたが、声の方は優しげだった。

 ただ、それでもずっと肩を掴まれていると、さすがに訝しく思えてくる。

「――君って」

 まじまじと見つめてくる彼の言葉を遮り、「あの、もう放してくれて大丈夫だと思います」と意思表示。すると、相手は素直に従った。

「ああ、ごめん。君の向かってくる勢いが強かったから、つい、ね」

「す、すみません……」

「いや、いいんだ。ところでついでと言っては何だけど、お茶を飲むのにいい店を知らない?」

「い、いえ」

 これ以上話し込むと長引きそう。急いでいるので失礼しますと口の中でもごもご言って、須美子はその場を離れた。うなじから背中の辺りに視線を浴びているような気がしたが、振り返らずにどんどん進む。

 急ぎ足だったせいなのか分からないが、くだんの店には五分あまりで到着。名店街のちょうど中程に「Taiya」はあった。須美子の記憶にあるのと同じ店構えで、看板やウィンドウメニューだけが違っていた。時間帯が早くて、まだ開店していない。

 店舗の周囲をゆっくりと一周してみて、記憶の掘り起こしに努める。真っ先に浮かぶのが、あの日食べたメニューになるのは仕方がない。

「何となく……浮かんできた」

 この店からイベント会場(の跡地)までは電車を乗り継ぐ必要があり、遠いけれども、その経路を脳裏に描きつつ辿ることで、徐々にだが思い出せてきた、そんな気がした。

(あのとき、はくちょう座のバッジをくれた子は……背は私と同じか小さいくらいだったけれど、子供なんだからそのあと成長して当然よね。早川君ぐらいになっていても全然不思議じゃない)



※この辺りからやや迷走気味になります(汗)。

 当初の構成になかったエピソードをあとから無理矢理詰め込んだものでして……。

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