第23話 面影は重なる? 重ならない?

 須美子は相手の話に耳を傾けながら、自分にも似たような経験があったなあと思い出す。

(私も確か、一年生のときだったな。早川君たら、今はしっかりしている風に見えるけれども、さすがに六、七歳の頃はそうでもなかったのね)

 にまにま笑いを隠し、早川の横顔を伺った。

「心細さや不安をわずかでも軽くしたくて、胸ポケットに入れていた物に手を当てていた。イベント会場のお土産コーナーで買った物なんだ。そのイベントは宇宙や天体の最新成果をまとめて紹介する展示会みたいなものでね。買ったのは、はくちょう座を象ったバッジだった」

「――え?」

 何かがすとんと胸の内に落ちてきた。そんな感覚に囚われて、須美子は思わず声を上げていた。

(同じ一年生のとき、天文に関係する催し物で、はくちょう座のバッジ……)

 要素一つ一つが、自分の思い出と重なっている。須美子は早川の顔をじーっと見つめてみた。

(……分かんない。あのときの男の子に似ているような気がしてきたけれども、断言する自信はないわ)

 彼女のそんな様子に、早川も気付き、「また? どうしたのさ、一体」と訝しむ。

(話の続きを聞けばきっとはっきりする。けど、もしも早川君が本当に、あのときの“十字星の男の子”だったとして、そうしたらどうしよう?)

 寺沢の顔がぱっと浮かぶ。

(やっぱり、双葉の言うことを聞いておけばよかった? 私も転校生を好きになるかもって直美ちゃんに言っておけば)

 まだ確定したわけではないが、後悔が先に来る。今からでも言えば間に合うだろうか。

 須美子には次の選択肢が決められなかった。

「――あのっ」

 息止め競争の我慢から解放されたみたいに、須美子は言った。

「な、何」

「急に用事思い出したの。だからこの話は今日はここまで。ね?」

「え? ちょっと。この話って、どっち? 僕の昔の話なのか、あのメモのことなのか」

 追いすがるかのような早川の声に、すでに動き出していた須美子は立ち止まることなく答える。

「どっちも!」

 あとを追い掛けてくる気配はなかった。早川も毎日なるべく早く帰りたい事情があると言っていたのに。多分、須美子のことを気遣ったのだろう。

 須美子自身がそのことに思い至るのは、だいぶあとになるけれども。


 答を知るのが怖いと思った。

 でも、知りたいと願う気持ちも強い。

 知ることそのものは簡単。今からでも早川に電話して、続きを話してもらったらそれで決着だ。

 そうしなくても、週明けに学校へ行けば、否応なしに彼と顔を合わせる。必然的に、今日の話の続きになるだろう。

(偶然、同じような経験をした、なんて可能性は)

 ありそうもないと感じる。だがその一方で、五年前にほんのちょっぴり関わって瞬間的に人生がクロスだけの二人が、今また再会するなんていう偶然も、ありそうにないというのが常識的な判断というものじゃないだろうか。

 ただ、どちらに分があるかというと、偶然、似た経験をしただけという方じゃないかという気持ちが広がっている。何故なら。

(もし早川君が“十字星の男の子”だったら、早川君は私のことに全然気付いていない? そんなことってある?)

 自分自身のことは棚に上げて、ではあるが、そんな疑問が浮かんでならない。二人とも忘れてるなんて。

(あり得ないとは言わないけど)

 早川が転校初日、挨拶したときのシーンがふっと、思い出される。

(でも私、早川君の声が懐かしい感じに聞こえた。あの感覚って、昔のことを思い出したからなのかな)

 それからその日の出来事を思い返す。

(早川君、やたらと私に話し掛けてきた。席が前後だし、『ごめん』の一件があったけれども、それらを抜きにしたって、やけに気にしていたような。私の思い込みかしら?)

 迷う心は巡り巡って、結局のところ、彼・早川和泉が“十字星の男の子”であることを期待している――かもしれない。


 土曜の朝を迎えて、須美子はベッドの上で上体を起こすと、カレンダーで日を確かめた。今日は学校は休みだと。

 そしておもむろに両方の拳を握って、気合いを入れる。前夜、眠りに就く前に決意したことを実行するんだと意を強くした。

「午前中、出掛けてくるね。いいでしょ?」

 朝ご飯を食べる直前に、母に伝えた。ちなみに父は不規則な勤務形態の会社に勤めていて、世間的には休日でも出社することが結構ある。本日もそれに該当していた。

 いただきますをする須美子に、当然の質問が返って来た。

「随分急ね。どこへ? 一人で?」

「**駅まで出て来る。友達とも約束してたんだけど、言うのを忘れてた。ごめんなさい」

 友達云々の部分は嘘だ。だから語尾のごめんなさいは嘘をつくことのお詫びの印。

「ふうん。まあいいけれど。何か具体的な用事があってのこと?」

「昨日発売の雑誌。ディナ☆ミタが特集されているの」

 人気を博す若手アイドルのユニットの名前を出す。普段からディナ☆ミタ好きを広言しているから自然に聞こえるはず。

「本なら近所の本屋さんでもいいでしょうに」

「Hっていう大手の系列店で買えば、特典が付いてくるのよ。全員プレゼント応募のためのシールが」

「ああ、そういう……今から行っても遅いんじゃない?」

「駅ビルに入ってるとこは大きいから大丈夫だと思う」

「それでお昼はどうなるの?」

「お昼って、お昼ご飯? それまでには戻って来るつもりだよ」

 仮に昼食を摂ろうとする場合、子供だけならファーストフード店ぐらいしか入れない。

「折角行くのにもったいなくない? お金なら出してあげるから」

「え、でも、友達がどうだか分からないし」

 嘘が元でお昼の食事代を出させることになっては心苦しい。

「いいじゃないの。一応持って行きなさいって。それで流れで食べることになったら、食べていらっしゃい。食べなかったとしても、特別にお小遣いであげるから」

 母親は朝の支度を一旦区切ると、財布を探しに行った。

(まずい展開になったかも。……でもお母さん、ちょっとうきうきしているように見えなくもないのよね)

「おかあさんもしかして、お昼前後に出掛けたい用事があるとか?」

「ぎく」

 分かり易く擬態語を口で言った母親は、財布を手に戻って来ると、あっさり認めた。

「そうなのよ。今朝のネットチラシを見ていたら、近所の古着&アンティーク店でタイムセールがあるって。午前十一時からで、須美ちゃんのお昼を作る余裕がなくなるわね、どうしようかって悩んでいたところなの~」

「そういうことなら、行ってらっしゃい。私も遠慮なく」

 両手を揃えて昼食代分のお金をもらっておいた。

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