第19話 手紙の中身は

「……」

 須美子は最初の想像が頭の中でぶり返し、思わず相手の顔をじーっと見た。

(告白して来たっていう雰囲気じゃないよね、やっぱり)

 万が一、ラブレターの類なら、もうちょっとぐらい態度に出るだろう。

「ん?」

 じろじろ見られているの気付いた早川が首を傾げる。

「何でもない」

 軽くかぶりを振って、須美子は紙を受け取った。ちょっと考えて、ランドセルの隙間から中へと落とし込んだ。

「これで確実に家に帰ってからになるわ」

「それはそれで忘れられそう」

「信用してよね」

 須美子はランドセルを背負い直すと、これで用は済んだでしょとばかり、小走りで出発した。

「それじゃ、また明日ね」


 下校の間、須美子は吉井や寺沢とのおしゃべりに身が入らず、何度か聞き返してしまった。

 あまりにも度重なるものだから、とうとう、どちらかというとおっとりしたタイプの寺沢に「もー、おかしいよ、今日の須美ちゃん」とぷんすかされる始末。

「ごめん」

「遅れてきたのは、岡村から何か言われたんじゃないでしょうね」

 一方、吉井は心配しつつ、須美子からの返事を待たずに怒り出しそうな気配だ。須美子は首を水平方向に急いで振った。

「ううん、違う。……実はあのあと早川君が現れて」

「え、早川君」

 寺沢が反応する。声が一段、高くなったようだ。

「何で呼んでくれないのよー、須美ちゃん」

「そんな無茶を言いなさんな」

 吉井がたしなめると、寺沢は分かってますよと舌先を覗かせた。

「で、転校生がどうかしたのかな」

「いや、別にたいしたことではないんだけど」

 須美子は内緒話の件を、わざわざ話すつもりはなかった。代わりの答を口にする。

「早川君と岡村君、いつの間にか親しくなってるのよね」

「ほんと?」

 寺沢と吉井、それぞれの声が揃った。

「多分、体育で一緒になったときなんだと思うけど、冗談言い合って、仲はよさそうだった。ただし、岡村君の方が一方的に早川君をライバルとして見ているみたい」

「へー」

 吉井の反応は薄めだが、寺沢は違う。

「そんなに親しいのなら、岡村君に頼んで早川君と近づけないかなあ」

「やめときなって」

 速攻で否定する吉井に、寺沢が不満げに頬を膨らませた。

「何でー? 岡村君、見た目は格好いいし、結構面白いし、女子には優しいって評価高いんだよ。嫌っているのって、双葉ちゃんぐらい」

「いや、他にもいるでしょ」

 名前を挙げ始めた吉井。彼女の個人的な感想によれば、岡村に遊ばれて捨てられた女子は皆不満を持っているという。

(双葉も、岡村君のことになると大げさなんだから。一緒に遊んで、反りが合わなかった、話が合わなかったっていうだけでしょ)

 そんな話題の途中で、三叉路まで来た。いつもの分岐点で、ここで三人は三方向に分かれる。

「じゃあね」「また明日」「岡村に頼るのだけはやめときなさいって」

 友達二人の姿も気配もなくなると、須美子は走り始めた。


 急いで帰って、自分の部屋に入り、早川から渡された紙の内容を確かめたい。

(あれのおかげで、友達とのおしゃべりが楽しめなかったのよっ。これでもしつまんない話だったら、明日の朝一番で……どうしてやろうかしら)

 思い付くより先に、家に帰り着いた。母にただいまの挨拶をして、洗面台に向かい、手洗いとうがいを励行する。

「宿題あるし、部屋にいるね」

 そのまま自分の個室に向かおうとしたら、夕飯までまだ時間があるからと、おやつを勧められた。確かに、おなかは空いている。体重を気にする体型でも年齢でもない。それでもちょっとためらったのには理由がある。

(ひょっとしたら大事な話かもしれない。それを何か食べながら読むのって、失礼にならないかしら)

 迷う須美子だったが、母からの一言で簡単に折れた。

「須美子の好きなフルーツロールケーキ、買ってあるんだけど」

「――食べる」

 お菓子と飲み物の載ったお盆ごと受け取って、改めて部屋に向かった。一旦、床にお盆を置いて、ドアを開けてからお盆を再度取り上げ、中に入る。ドアを閉めてほっと一息。鍵はまだ掛けないように言われている。中学に上がったら、OKしてもらえる予定だ。

 このシチュエーション、いつもなら当然、まずはおやつに手が伸びるところだが、今日は違った。

(やっぱり、気になるからさっさと見ようっと)

 机にランドセルを置いて、椅子に座ると、須美子は問題の紙片を取り出した。きっちり結んであるその紙を、破かないように指先を丁寧に動かし、ほどいてみた。

「――何でこんなに緊張するのよ」

 ほどき終わったところで、独り言を呟いていた。

 深呼吸をして改めてその一枚のノートに臨む。



<先日 地震のあった日のことおぼえてる? 実は今日おかしなメモ書きが下駄箱に入ってた。内容を書き写すと、

『地震の日、教室で女子と二人きりで何をしていたの? 私は見ていた。みんなの前で正直に白状してください。』

 となっていたんだ。

 白状しなきゃいけないようなことに、僕は全然心当たりがなくって、弱ってる。

 柏原さんは何のことだか分かる? 分かったら教えてほしい。 早川和泉>



 つづく

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