第18話 ライバル関係成立?
「え。誰って、そりゃおまえ、じゃなくて吉井さんは双葉だろ、吉井双葉」
「そこじゃない! 何で『ちゃん』付けするの!? 前に言わなかったっけ、やめてって」
結構な剣幕で迫る吉井に、岡村は今度は両手を組んで握り合わせた。もはや祈りのポーズだ。
「ごめん、忘れてた。昔の口癖だから、なかなか直らなくてさ。許して、吉井双葉様」
「~っ、気色悪い。行こっ、須美子、直美」
風を起こす勢いで岡村に背を向けると、吉井はつかつか歩き出した。寺沢が待ってよと追い掛ける。
岡村の相手をしていて完全に出遅れた須美子は、「じゃ、もう行かなきゃ」とだけ言って、小走りで寺沢に続こうとした。
ところが廊下の端、階段を降りきったところに当たるスペースで、早川と出くわした。ちょっとぶつかりそうになるも、互いによけて無事すれ違う――と思いきや、早川が「あ、探してたんだ、柏原さん」と声を掛けてきた。
「えっ。急いでるんだけど」
「そうなの? うーん、長くなるかもしれないんだよな」
口元に手の甲をやって、視線をさまよわせて迷う仕種の早川。
「何よ。何の話? どうしてもって言うのなら帰り道、着いて来たら」
「え……と、それもまずいかな。できればその、柏原さんとだけ話したいから」
その台詞を聞いて、目を丸くする須美子。
(つまり二人きりってこと? ななんで。何を言うつもりよ、こいつは)
途端に顔が熱くなるのを感じて、口はふにゃふにゃと力が抜ける。しゃべろうとしてもすぐには言葉が出て来なくなった。
「おーい、何してんの」
そのとき、岡村の声が届いた。字面だけとらえればのんきそのものだが、語気は鋭い。文字のあちこちに短めのとげが付いている感じだ。
「よっ、転校生。噂をすればなんとやらってか」
ランドセルをかたかた言わせながら駆け寄ってきた岡村は、向き合って立つ須美子と早川のすぐ横に付いた。それぞれ、これから対戦する二人とそれを裁く審判、みたいな立ち位置である。
「岡村君、そろそろ名前で呼んでくれって」
早川が穏やかに言った。
一瞬、え、知ってるの?となった須美子だったが、ちょっと考えてみるとさほど変でもない。体育を通じて、すでにある程度は顔見知りになったのだろう。
「うーん、別にかまわんけど。名前で呼んだら、女か男か分からなくなるぜ。和泉クン」
「下の名前という意味じゃないよ。名字で頼む」
面倒なやり取りにも早川は笑顔のまま応対した。岡村の方は、わずかに顔をしかめたが、それはほんの短い間のこと。肩をすくめ、口を開く。
「分かった。次までには考えとく。で? 柏原さんと何を話そうとしてるんだ? 凄く興味があるんだけど、聞いていていいか」
「だめ」
話の流れを強引に戻した岡村に、即座のだめ出しをする早川。少しの間、静かになった。
(え、なにこれ。空気が緊迫してきたような。それも岡村君がほぼ一方的に。さっき言っていたライバルとかどうとかって、本気の台詞だったのね?)
二人の顔色をちらちらと窺う須美子。いつの間にか、須美子の方がレフェリーの立場になったようだ。
「ふうん。柏原さんと内緒話がしたいわけだ」
「したいというよりも、そうせざるを得ないってやつ」
「ふむ。どうしてもっていうのならこの俺を倒していけって――」
台詞が皆まで終わらぬ内に、岡村はすっと手を伸ばし、相手を掴まえるような仕種を見せた。が、早川は岡村の腕を左手の甲で弾くように払いのけると、一瞬で手首を極めた。
「いっ、てててててててー!」
サイレンみたいに叫ぶ岡村に、「これで倒したことになるのかな」と早川が問う。
岡村はギブギブギブと今度は早口言葉のごとく口走り、手首を離してもらえた。そしてお約束の?一言。
「……今日はこのくらいにしといたるわ」
「言っていて恥ずかしくならない、岡村君?」
「冗談を真に受けるなっつーの。だいたい、名前と同じで反応が早いんだよ、『俺を倒して行けって言ったらどうする?』と言うつもりだったのに。俺はおまえが武術やってるのを知ってるんだから、そんなことで勝負を挑むわけないだろ」
「だからといって、君が得意なテニスなんて持ち出されたら、謹んで拒否する」
二人の当意即妙なやり取りを見ていると、最初に心配したのがばからしくなってきた須美子。
(何よー、二人、仲がいいみたいじゃない。いつの間にこんな仲になったのかな。性格はだいぶ違うように見えるのに)
須美子はそんなことよりも、先に行った吉井と寺沢が気になり始めた。
「あのね、早川君。お話があるんだったら、メモに書いて渡してちょうだい。明日までに返事、考えておくから」
「うーん……まあ、それでいいか。少し待ってくれる?」
「もちろん。――岡村君は離れていてね。途中から聞いてたみたいだから、分かってるんでしょ」
「ちぇっ。しょうがないな」
岡村が昇降口の方を目指して歩き、充分に離れた段階で、早川は破り取ったノートの紙一枚に、鉛筆を走らせた。なかなかきれいな字みたいだが、内容は見えない。
「じゃ、これ」
早川が紙片を手渡してきた。丁寧に折り畳んだ上に、おみくじのように四角く結んである。
「できれば人のいないところで開けてみて」
つづく
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