第17話 仲がいいほどなんとやら

(またやってる)

 学校が終わり、帰る前に吉井を誘おうと隣のクラスに行ってみたところ、彼女が岡村と何やら口論になっている場面が展開されていた。いや、よくよく見れば、岡村はへらへら笑って受け流しているだけで、しゃべりが攻撃的になっているのは吉井一人のようだ。他に教室にいたのは、男女とも数名ずつで、吉井達のトラブルとは関係ないねとばかり、ばらけて座っている。

「どうする、須美ちゃん?」

 一緒に帰る寺沢が横から肘をちょんちょんと触ってきた。

「いつもみたいに終わるまで待ってる?」

「いつもみたいにと言うのなら、待たずに帰ることの方が多かったと思うけど」

 苦笑いを浮かべた須美子に、寺沢も同じような表情をなした。

「今日は待ちますか」

「そだね」

 敢えて声は掛けずに、廊下側の開いた窓のレールに手をついて、成り行きを見守る。これまでにあった実例では、八割ぐらいで吉井、もしくは岡村が須美子達の視線に気付き、吉井が口げんかを切り上げて三人揃って下校するパターンになる。残り二割は気付かないケースになるが、待てなくなって帰る場合と、須美子らが仲裁に入る場合に分けられる。仲裁に入るのは、もう吉井達の口論が毎度のこと過ぎて、いい加減飽き飽きしているほどだが。

(二人とも懲りないなあ。どうせ帰る方角は同じなんだから、嫌だろうと何だろうと、このあと一緒に帰らざるを得ないのに。もちろん距離は開けるけれども。今ここで口げんかしたって、しょうがないでしょうに)

 口論の原因は、ほぼ間違いなく岡村の方にある。そしてその理由も、だいたいは毎度同じことに決まっている。

 岡村が女子を相手に調子のいいことを言う、格好を付ける、やや下品なことで笑わせる等をして、その結果、元々整った顔立ちの岡村は何だかんだで女子にもてる。そのことを岡村は何故か吉井に自慢する。吉井は面白くないからご近所同士の幼馴染みという強み?を活かして、岡村の昔の恥ずかしいことを暴露する――これの繰り返しだ。

(昔のことをばらしちゃう双葉も双葉だけど、岡村君も自慢しなければいいのに。分かっていて、何でするかなあ)

 あと何分待とうかなと、須美子が教室内にある掛け時計を見ようと首を伸ばしたとき、

「あ、柏原さん。それに寺沢さんも」

 と、岡村が気付いた。吉井が振り向き、ばつの悪そうな顔をした。

 気付いてもらえたのなら、誘って帰ろう。寺沢と二人で手を振って、声を揃える。

「双葉~、そろそろ帰ろう。お邪魔なら先に行くけどね」

「とんでもない。邪魔ではないわ」

 言うが早いか、自らの机に駆け戻り、ランドセルを片方の肩に引っ掛けて出て行こうとする吉井。一方、岡村はしばしほっとした安堵の顔つきをしていたが、ふと思い出したように、やはりランドセルを持って、須美子達の前に来た。

「柏原さん、寺沢さん。元気してた?」

「うん。岡村君も相変わらずみたいで」

「俺は変えるつもりないから。あいつにこそ変化が必要だと」

 岡村があごを振った先には、吉井が仏頂面で立っていた。

「ちょっと。私の友達にまでちょっかいを出さないでね」

「ちょっかいだなんて、とんでもない。双葉ちゃんがお世話になってるから、お礼を述べていたまでさ」

「何ばかなことを言ってるのよ。――さあ、帰りましょ。待たせて悪かったわ」

 先頭を切る吉井。続こうとした須美子と寺沢だったが、岡村が呼び止めた。

「柏原さん達に聞いてみたいことがあったんだけど」

「え、何?」

 足を止めた須美子。続いて寺沢が立ち止まり、吉井は身体の向きを換えてじりじりと後退しながら、「そんなの放っておけばいいって」と友達二人を急かす。

「格好いい奴がクラスに転校してきたって聞いたんだけど」

「あ、早川君のことね」

「そう、そいつ。どんな奴なのさ」

「岡村君が言った通りだよっ」

 会話が早川のことだと分かったからか、寺沢が大股で戻ってきて答える。

「合同体育なんかで見たでしょ。運動ができて、勉強もできて、見た目も中身もクールな感じ」

 はしゃぎ気味の寺沢に、岡村は「そんなすげーの?」とのりのいい応対をする。

「ついに俺にもライバル登場か~。同じクラスじゃなくてよかった、女子の取り合いにならなくて」

「自分と同じクラスの女子が全部自分のものみたいな言い方、やめてくれる?」

 仕方なしに引き返して来た吉井が、呆れ口調で注意した。

「あ、いやそういう意味じゃなくてだな。一緒のクラスだったら、俺も常に気を張ってないといけなくなるからしんどいなと」

「まったく……」

「それで、柏原さんの方の感想は?」

「はい?」

 何の感想を求められているのか、とっさには飲み込めず、須美子は少し首を前に出す仕種をした。対して、岡村は片手を自分の額に当てて、情けない口調で応じているのだが、どこか芝居がかっている。

「あちゃあ、話を聞いてもらえてなかったかあ。早川のことだよ。寺沢さんと同じく、格好いいと思ってるわけ?」

「ん、まあ……優しいよね」

 寺沢を見やってから答える須美子。

「プール掃除のときのこと、耳に入ってる?」

「んにゃ。何だか騒がしかったらしいってことぐらい」

 今度はふざけた口調になって、首を左右に振った岡村。

 知らないのであれば一から説明しようかと考えた須美子だったが、思い起こしてみるに、恥ずかしい箇所があるため、だいぶ端折ることにする。寺沢が時折言葉を挟んだせいもあって、説明は三分ほどかかった。

「――と、こんな感じ。あ、あと、逃げた新倉――新倉君を連れ戻してきてくれたわ」

「なるほどなるほど。新倉の奴が相も変わらずしょーもないいたずらをやってることはさておき、柏原さんと寺沢さんがずぶ濡れになるところを、早川が身体を張って止めたと。それなら女子人気出ても納得だな」

「別に私は、優しいと言っただけだよ」

「そうなんだ? じゃあ、柏原さんはずっとボクの味方でいてくれるんだね」

 自由自在に拡大解釈して、岡村は須美子を翻弄するのを楽しんでいるみたいだ。当然、吉井がいい顔をしない。

「こーら。いい加減にしないと、今日という今日こそは本当に怒るよ」

「そんなー、さっきので充分じゃん。もう許してくれよー」

 手のひら同士を合わせて拝みにかかる岡村。吉井は鼻息を荒くしたものの、今日のところは許そうという風向きになりつつあった。何よりも皆と一緒に早く下校したい。

 だがここで岡村が余計な一言を足した。

「お願いだ、双葉ちゃん」

「――誰が、双葉ちゃんよ」


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る