言わない言葉

@tonari0407

忘れられないあの子

 そんなことはよくあるんだ。

 でも、あれは可愛すぎたから、あの子の事は忘れられない。


 ◇◆◇


 よくシフトに一緒に入るイケメンの先輩のレジが混んでることなんて日常茶飯事。


 俺を苛ついた目でチラ見する先輩の為に、「こちらのレジへどうぞ」と声を掛けても、聞こえなかったふりをされるのもよくあること。


 1度声を掛けて、相手が反応しない分には、先輩は文句を言ったりしない。明らかに声を掛けても反応しなそうな場合で、俺が怖じ気づいて何も言わなくても責めたりしない。


 どんな言葉で迫られても、視線のビームが熱くても、水川さんは淡々とレジをこなす。返事が必要なときは、定型文で断るだけ。【俺は恋愛非対応です】と。


 その時はやたら大量買いした常連のおばちゃんのレジを水川さんがしていて、その後ろにうつむいた女子高生が並んでいた。手に何を持っているのかわからなかったけれど、両手で包むように持っていた。


 水川さん目当てのお客さんは、大抵レジをしてるあの人をガン見するから、この子はそうじゃないと俺は判断した。


 カウンター内に入って、「お待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」と声を掛けると、彼女は顔を上げた。一瞬迷うように水川さんの方を見て、それでも俺のレジに歩いてくる。


 しまった。可哀想な事をしてしまった。


 明らかに水川さんにレジをしてもらいたかった彼女は「お願いします」と言って、赤いパッケージの箱をカウンターに置く。俺がバーゴードをスキャンしやすいようにわざわざ裏を向けてくれた。


 心の中で、『ごめんな』と謝って、スキャンをすると、

 聞くまでもなく「袋は大丈夫です」と言われたので、俺はテープを箱に貼ろうと表に返した。


 一瞬俺の手が止まる。彼女のしようとしていたことが可愛くて、購入した商品である証のテープは剥がしやすいように縁を折って、箱の縁に申し訳ない程度に貼った。


【ハートの○○○】

 有名な市販チョコのハート型バージョンのバレンタイン商品。パッケージは可愛くハートが散りばめられている。


「ありがとうございます」

 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げて足早に去っていった。


 彼女がしようとしていたことは、一体何だったのだろう?

 商品を買うついでに渡して告白?

 それともハートの商品を水川さんにレジして貰うのが目的?


 雰囲気は内気そうな子だった。後者だろうか?


 最近の女子高生は可愛いことするなと思いながら、次に彼女が来たらレジは水川さんにしてもらおうと思った。後でどんなに文句を言われたとしても。



 俺が彼女のことを忘れかけた頃、そのときはやってきた。別に水川さんと俺のシフトが全部被ってる訳もないから、それまでも何度か来ていたのかもしれない。


 前の体験で学習した彼女は店内を彷徨いて、水川さんのレジが空くのを待っていた。今日は何を買うのか、俺は勝手にドキドキしていたけれど、大事そうに何かを抱える彼女の手元は見えなかった。


 商品を陳列する作業をする俺と、普通に彼女のレジをする水川さん。あっさりとそれは終わって、また足早に彼女は去っていった。


 何を買ったのか気になって、俺はレジの方に行って水川さんに聞いてみた。


「今の子、何買ったんすか?」

「出水、お前ついに女子高生のストーカーか?」

 俺のことを何か誤解している水川さんは物凄く嫌そうな顔をする。


「そんなんじゃないっすよ。大事そうに持ってたから気になっただけ。で、何すか?つい1分前のことくらい覚えてるでしょ?」


「やっぱJK見てたんじゃねーか。犯罪は起こすなよ?んーっと、クッキーだよ」

 聞きたいことをなかなか答えてくれない先輩に俺は更に詰め寄る。


「どんな形のですか?」

「えっ?ハートの」

 こいつ何言ってんだ? みたいな顔をする水川さんを無視して、俺は彼女を応援したくなった。


 その後もちょいちょい彼女を見かける。バレンタインの時期以外はハートの商品はなかなか置いていなくて申し訳ない。


 ハートがないときは、ピンクか赤のパッケージの商品。イチゴオレとか。チョコとか。グミとか。


 たまに該当しないものを買ったなと思ったら、よく調べてみると『ハートの形』のレアが入っていることのある商品。


 好きな人に手渡して貰って、ハートが入ってたらそりゃテンション上がるだろう。


 お節介と思いながらも、俺は水川さんに彼女が買ってる物を印象づける。

「あっ、これハートが入ってると恋が叶うらしいっすよー」

 少しわざとらしかったのか、単に興味がないのか返ってきたのは「へー」という言葉と冷ややかな目だった。



 そして、またバレンタインの時期がやってきた。ハートの商品は選び放題。

 彼女はいつものように、人がいない隙を見計らって水川さんのレジに行った。選んだのは大きいハート型のチョコ。


 水川さんが差し出したチョコを今回は彼女は受け取らなかった。水川さんに何かを言っている。


 あんなにずっと一途に思い続けた彼女には、定型文で返事をして欲しくなくて、俺は急いでレジに行った。


「こういうの、受け取ったらダメなんだけど」

「あの、ごめんなさい。でも私、この1年ずっと貴方のお陰で辛いことがあっても頑張れたので、チョコ嫌いじゃなかったら受け取って下さい」

「うーんと……」

 水川さんは困っていた。よくあることなのだが、受け取らない事になっているから。


「それ、俺が買います。だから、水川さん受け取ってあげて下さい」

 考えるよりも先に言葉が出ていた。有無を言わせず、ポケット入っていたスマホで会計を済ませる。


「おい、出水――」

「ちゃんと手渡しで受け取って下さいね」

 それだけ言って俺はレジを後にした。



 その日の勤務終わりに、水川さんがそのチョコを食べていたので「美味しいっすか?」と声を掛けた。


「お前なー。あの子の事好きなんじゃなかったの?」

「違いますよ。ただ、応援したかっただけっす。告白何て答えたんですか?いつもの定型文対応だったらぶん殴ってもいいっすか?」


「されてないよ、告白。ただ、チョコをくれようとしただけ」

「はぁ? 水川さんでも分かるでしょ?そのハートのチョコの意味」


「言われない事には確定じゃないから、『受け取ったら、食べるとき割っちゃうけどいい?』って聞いたわ」

 水川さんがポリポリと食べるチョコは確かに割ってある。


「へっ? それであの子何て言ったんすか?」

「『割れてもいいから食べてくれたらそれだけで嬉しいです』って。

 あと、お前に『いつも親切な店員さんにありがとうございましたと伝えて下さい』だとさ。これ、チョコ代金預かった。

 お節介だから認識されてたんだよ。お前」


 そう言って、水川さんは俺の手の上に小銭を乗せて、残ったチョコを俺の口に入れようとした。

 少し口の端にチョコが当たったけれど、俺は避けて「それは全部水川さんが食べてください」と言った。


「出水と間接キス……」と呟いた水川さんはそれでも美味しそうにチョコを平らげる。


「奢ってやるから飯食べに行こう。早く着替えろ」

「マジっすか?俺回らない寿司が食べたいっ す」

「あっ?やっぱやめるか?」


 その日は俺の尊敬する先輩がハンバーグを奢ってくれた。

 ハンバーグを食べる前に、水川さんが笑いながら「その口の端についたチョコ、綺麗にしてからハンバーグ食べろよな」と言うので舐めたらそれは甘かった。


 チョコが口についていることを、駅前のこの店に来るまでの道中に教えてくれなかったこの人は、やはり意地悪で、でもとても優しい。


 この日以来俺はあの子を見ていないが、俺はあの子のことは忘れないと思う。

 願わくば水川さんも。

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