戦場の女神(フィーネ)【男1女1 計2】

タイトル せんじょうのふぃーね と読みます

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●ファンタジー

●所要時間 約20分

●配役(男1 女1 計2)


●登場人物

シェンナ 男

年のころは十代少年~若者まででお好きなように。

王宮付きの騎士を目指している新人兵士。

フルネームはシェンナ・ベインス


フィーネ 女

シェンナよりも5~年上程度。

戦場の女神と呼ばれる唯一最強の女性騎士。

フルネームはフィーネ・アンジェリオ


双方、少々の怒声やカチドキ、長台詞があります。



※※ここより本編※※


シェンナ:

アダル王国、国立闘技場。

今日、この場所で、女神と騎士の公開模擬戦闘がおこなわれる。

観覧席は満杯、波のような人の動きと、耳になじまない喧騒けんそう

国民はそろって、不定期に開催されるこのバカ騒ぎを、楽しみにしている。

……。

何が、女神だ……。


フィーネ:

そこを、通していただけますか。


シェンナ:

え? あ、すみませ……

……ッ、女神……


フィーネ:

おや、可愛らしい坊やでしたか。

いかにも、戦場の女神、フィーネ・アンジェリオとは私のこと。


シェンナ:

坊やじゃない。

シェンナ・ベインスという名前がある。


フィーネ:

名乗っていただき、ありがとう。

けれど、私に指一本触れられぬ男など、坊やで十分なの。

たとえそれが、私よりも年上の大男であってもね。


シェンナ:

指一本? ずいぶんな自信だな。


フィーネ:

自信? いいえ。事実を申し上げたまでよ。

……なるほど。

女神の入場口に立っているくらいだから、あなたは王宮からの招集に応じた、どこぞの兵士なのでしょう?

ついでに、模擬戦闘を観覧するくらいはかまわないとされている一般兵、といったところかしら。


シェンナ:

……そうだ。


フィーネ:

けれど、まともな師匠についてもらった事もなさそうね。


シェンナ:

何故そんなことがわかる!

たしかに、事実、だが……。

俺は、独学でここまで這い上がってきたんだ!


フィーネ:

それは立派なことだけれど。

あなたに剣を教える師匠がいたなら、女神のことも教えているはずなの。

最低限の教養としてね。


シェンナ:

……バカにするな!

女神なんて、肌を露出させたヒラヒラの衣装で男を惑わせるだけの、見世物じゃないか!

本当に最強かなんて怪しいもんだ。


フィーネ:

……ね? あなたは全然、女神を知らない。

それに、フフ、女神に何か、恨みでもあるのかしら?


シェンナ:

女神個人なんて知ったことか。

……けど、この国は、諸外国と比べても、男女の差別が激しい。

俺の母さんだって、ばあちゃんだって、まるで子供を産む道具みたいに扱われて、男の世話ばかりさせられて、命にかかわるような怪我をした時だって、後回しにされた。

妹だって、道で邪魔になったからってだけで、大人の男に殴り飛ばされた!

けど、男が女に暴力をふるったからって、そんなものは罪にもなりゃしない!

なのに、同じ女であるあんたは、女神なんてものに祭り上げられて何不自由なく暮らしている!


フィーネ:

それは本当に、お気の毒なお話ね。

それで?

あなたのそれは、他の差別とどう違うのかしら。


シェンナ:

なに?


フィーネ:

「女」の私が、騎士として女神と呼ばれている。


シェンナ:

……ッ! それは! ちがう!

あんただけが、特別扱いだって、そういう……!


フィーネ:

差別される女の事なんて、本当の意味でわからないくせにね。


シェンナ:

……ッ!!


フィーネ:

いいのよ。仕方のないことだわ。

生まれてきた環境で、知り得ないことなんてたくさんあるもの。


シェンナ:

俺は! ……だから俺は!

国のそういうところを変えたいと思って!


フィーネ:

それで兵士に?

政治でも勉強した方が良かったのではないの?


シェンナ:

王制である上に、この国が戦争に明け暮れているうちは、政治なんて無意味だ。

せめて戦争に勝たないと。

劣勢になってから差別も生活環境も目に見えてひどくなったって、みんな言ってる。

俺の仲間だって、そう言ってた。

男が全部、今のこの国の在り方に満足してるわけじゃない!


フィーネ:

だから兵士? 立派なこころざしだわ。

そうね。人は、自分のできることをやって生きていけばいいと、私は思っているけれど。

フフ。せっかくだから、教えてあげましょうか。


シェンナ:

何を。


フィーネ:

この男女差別の激しい国で、女がどうやって女神になるのか。


シェンナ:

……。


フィーネ:

簡単な話。男より、強ければいいの。

戦場において、女神に義務付けられているもの、知ってる?

今の私のこの衣装。

腕や足や、背中や腹もさらけ出すような、布が少なく、かつ豪奢ごうしゃな衣装、繊細なピンヒール。

レースのヴェールに色とりどりの花飾り。

これらを身に着け、四方にひらめかせながら、なお。

前線に立ち、兵を率いて、戦いに、勝つこと。

男に、負けないこと。

それができなければ、女は国のために戦うこともできない。


シェンナ:

な、そんな……。


フィーネ:

そこまで他者の目を楽しませてなお、笑って人を殺せるくらいの女でなければ、女神にはなれない。

今、この国に、女神が一人しかいないのも納得でしょう?

奇跡の存在だから、女神なのよ。


シェンナ:

だって、その衣装や、舞を踊るような剣技は、余興の一環なんじゃなかったのか。

あるいは、男を惑わすための……。


フィーネ:

フフフ、そうね。

ある意味、戦場で美しい私の姿を見て自分を鼓舞こぶする兵士もいるでしょうね。

そして、そんなもので惑わされる敵兵には、こちらの武器も最大限に使うわ。

それこそ、この国では女が役立つ数少ない方法、だものね?


シェンナ:

……。


フィーネ:

上を目指すのであれば、あなたも通るかもしれない道だから、教えてあげるわ。

今日行われる、模擬戦闘のルールは知ってる?


シェンナ:

……時間無制限、騎士が三本とられれば、女神の勝利。

一方、騎士は女神に一筋でも傷をつけられれば、即座に試合終了、勝利の上、王宮騎士団の団長として迎え入れられる……。


フィーネ:

そう。


シェンナ:

だから、余興だろう。

女神には一筋の傷しかつけられないように、なってる。

女神を傷モノにしないように……


フィーネ:

まさか。


シェンナ:

……ッ。


フィーネ:

傷なんて、つけられないのよ。普通の騎士ではね。


シェンナ:

そんなっ、


フィーネ:

さっきの話、ちゃんと聞いていたかしら。

私にかすり傷ひとつでも付けられる実力のある者なら、王宮騎士団の団長にすらなれる。

それくらい、私は強いのよ。


シェンナ:

……。


フィーネ:

こんな衆目に晒される試合なんてしなくても、王宮騎士団に入る道はあるわ。

けれど、みんなモノ好きなのね。

あるいは……


シェンナ:

あるいは……?


フィーネ:

私も、しょせんこの国の女なのよ。


シェンナ:

……? どういうことだ。


フィーネ:

この試合では、死人は出ないわ。

あくまで実力を示して王宮騎士団長として迎え入れられるための、公開試験のようなもの。

騎士に命の危険はない。

けれど、女神は。


シェンナ:

女神、は?


フィーネ:

もしも女神が一筋の傷を付けられて、負けたなら。

その女神に、対戦相手は何をしてもいいの。

まあ、それでも死なない程度にだけれど。


シェンナ:

は? な、んだって?


フィーネ:

知らなかった?

女神が負けて、試合が終わったなら。

その女神は縛り上げられ、闘技場のど真ん中に放り出される。

抵抗も逃亡も、許されない。

そこから引きずり出されて独房に入れられるまでの数時間。

殴っても、蹴っても、切り刻んでも、犯しつくしても。

だーれも文句は言わない。


シェンナ:

そんな……。


フィーネ:

むしろ、それが楽しみで観覧に来ている人間も多いわ。

それこそ、滅多には起こらない奇跡の光景を望んで、それを見に来るのよ。

挑戦してくる騎士も、それも目当てなんじゃないかしら。


シェンナ:

嘘、だろう?


フィーネ:

本当よ。フフ。

あなたの言う通り、この国は男女の差別がひどいの。

女だてらに戦いなんて望むアバズレにはね、そのくらいの扱いでいいのよ。


シェンナ:

そんな、わけ、ないだろう!


フィーネ:

それが、この国よ。


シェンナ:

く、……ッ!


フィーネ:

この国を変えたいと言ったわね。


シェンナ:

ああ。言った……。


フィーネ:

やってごらんなさいな、出来るものなら。


シェンナ:

……。


フィーネ:

それで? あなたが英雄にでもなったとして、フフ。

いつか、戦争に勝利するか、終わらせることができたなら、次は何をするのかしら。

革命でも起こす?

とんでもなく輝きに満ちた、遠い道のりね!


シェンナ:

ふざけるな!


フィーネ:

ふざけてないわ。

それくらいやって見せてから、私にものを言うことね。


シェンナ:

……。

俺はいつか……、あんたを、倒す。今決めた。


フィーネ:

あらあら。坊やも色気づいちゃったのかしら?


シェンナ:

そんなんじゃない!

もしもこの模擬戦闘で女神に勝ったなら、どうするかは騎士の自由なんだろう。

俺は、何もしない。それだけだ。


フィーネ:

ならどうして、あなたはわざわざ私に戦いを挑もうとするの?


シェンナ:

男とか女とか、そんなのはどうでもいい。

あんたが最強だっていうなら、それに挑んでやる。

そして、勝つ。


フィーネ:

フフフ。あっははは!

いいわね。たくましい。

でもせめて、私に挑める騎士になってから言ってちょうだい。


シェンナ:

すぐに、なってやるさ!


フィーネ:

まあ、数百回におよぶ模擬戦闘で、私に勝った騎士なんて、過去に二人しかいないけれどね?

その騎士に、試合後に転がされるのも、悪くない経験だったわ。


シェンナ:

……あんた、どっかおかしいのか。


フィーネ:

そうかもね?

けれど、今は上位職で前線に立っている彼らとも、上手くやっているわよ。

独房で体を癒してる時にも、お見舞いに来てくれたりしたしね?


シェンナ:

俺は、慣れ合うつもりはない。


フィーネ:

かっこいいわ。

ひとりでいきがって、ひとりで死ぬのね。


シェンナ:

俺は死なない!


フィーネ:

死ぬわよ。戦争では誰でも。あなたでも私でも。

そうね。せいぜい、私を殺してあなたも死ぬくらいの勢いで、励みなさい。


シェンナ:

言われなくても!


フィーネ:

……時間だわ。


シェンナ:

……。


フィーネ:

今日のところは、そこで大人しく見ていることね。

初めての模擬戦闘でしょう?

女神の戦いを、目に焼き付けなさい。

あなたがバカじゃないなら、わかるはずだわ。

自分がいかに、小さきものかが。


シェンナ:

ぬかせ!

俺はいつか絶対に、あんたに挑む! 忘れるな!


フィーネ:

フフ。じゃあね、坊や。


シェンナ:

シェンナだ!


フィーネ:

名前なんて忘れるわ。……すぐにね。


【※少々の間】


シェンナ:

優雅な歩みでヒールを鳴らし、女神は入場口から観衆の前に姿を現す。

割れんばかりの歓声の中、彼女は通路の階段も使わず、ひらりと羽根のようにフィールドに舞い降りた。


フィーネ:

アダル王国の戦女神いくさめがみ、フィーネ・アンジェリオである!

女神に挑戦する騎士よ、前へ!


シェンナ:

さらなる歓声の中、大剣たいけんをたずさえた屈強な騎士が、鎧に身を包んで歩み出る。

そして、試合開始のファンファーレとともに、彼女の体が、水辺を飛ぶ鳥のように、舞った。



【※数年経過の間】



シェンナ:

あれから、三年経った。

俺はようやく、私設騎士団の端っこに引っかかるくらいまで出世した。

もちろん、女神に挑戦できるようなレベルではない。

……。

三年前の、一瞬で終わったあの試合。


フィーネ:

あなたがバカじゃないなら、わかるはずだわ。

自分がいかに、小さきものかが。


シェンナ:

あの時の彼女の言葉は、今でも忘れられない。

彼女の戦いをこの目で見て、そしてその後、鍛錬を重ねた今だから、わかる。

あの頃の俺は、いや、今でも。

俺はあの狭い通路ですら、彼女に指先ひとつも触れさせることが出来ないのだろう。

……。

彼女はその後も快進撃を続け、隣国の将軍の首を、単独で獲った。


フィーネ:

ドナ王国の将軍、アーサー・クレイバー、討ち取ったり!

たけり、攻めよ! 勝利は目前である!


シェンナ:

この戦いで、この国が勝利するかは怪しいところだ。

けれど、彼女は美しい笑顔で、騎士団の士気を上げる。

勝利の証しである将軍のデスマスクに、赤い唇で口づけながら。

……。

街では、敵の将軍と女神は恋仲であったと噂されている。

本当かどうかは知らないが、だとするならば、彼女の言っていた「女の武器」とやらも、最大限発揮されたのかもしれない。

真っ向から敵対するはずの相手に篭絡ろうらくされてしまうなら、この結果も当然だ。

あるいはそれほどまでに、彼女が女としても手練てだれであったのか。

どちらでもいい。興味ない。

俺は今でも、俺の力で、この国を変えたいと思っている。

バカバカしいと誰もが笑うだろう。

けれど、諦めた瞬間に終わる願いであるなら、俺はあきらめない。

だからその前に、女神、フィーネ。

俺はお前を倒しに行く。


【※少々の間】


フィーネ:

今宵は月がきれいね。

ねえ、アーサー。

皆が言うわ。私があなたをこの手腕で、たぶらかしたそうよ?

あなたと私が幼馴染で、本当の恋仲であったことなんて、知っている人間は、誰もいないでしょうね。

……。

私たちを引き裂いた時代を、運命を、私たちは受け入れた。

どちらかがどちらかに殺されることすらも、私たちは……

手を取り合い、抱き合いながら、笑って受け入れた。

だって私たちは、戦う事しか能がない、壊れた人間なんだもの。

国の勝敗なんて関係ないわ。

こころざしなんて、ないわ。

戦いに狂った、私は戦女神いくさめがみ

愛してくれるあなたに倒されるくらいなら、愛するあなたを倒したかった。


シェンナ:

最強になるために、挑むんじゃない。

最強になった証しとして、俺はお前を倒しに行く。


フィーネ:

ねえ、アーサー。

私が年老いて使い物にならなくなる前に、誰か私を倒しに来てくれるかしら。


シェンナ:

俺が、倒してやる。


フィーネ:

前に、私に挑みたいっていう坊やに会ったわ。

もう名前も覚えていないけれど。

けれど、国を変えたいなんて言っているうちは、無理かしらね。

私を倒すためだけに、生きてくれるくらいでないと。


シェンナ:

俺が、女神を倒す!


フィーネ:

きっと私もすぐに行くわ。

だからもう少しだけ、煉獄れんごくの山で、炎に焼かれながら待っていてね。

そして共に燃え尽き、灰になりましょう。

……。

誰でもいいわ、私を倒しに来てちょうだい。

名前も知らない坊やたち。

愛をも、血で染め上げ歓喜する、狂った魂たちを、どうか再び巡り会わせてちょうだい。

早く。はやく。待っているわ。

愛しい、名もなき戦士たち!


シェンナ:

待っていろ。女神。

必ずお前を倒し、その胸に、刻んでやる。

最強の騎士、シェンナ・ベインスと!


フィーネ:

待っているわ。

人を殺してわらう女神。

フィーネ・アンジェリオという狂った女の、永遠の消滅を。



END

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台本置き場【声劇、ボイスドラマ等】 弥生るっか @rukka

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