第8話 夕飯と約束

「帰宅じゃァ~!」

「お邪魔しまーす」


突然のナンパどもの襲来を乗り越えて、ようやく我が家へ帰ってきた。

帰りの翡翠の機嫌は苦手な物と遭遇した割に良かった。


「さて、手洗ってとっとと飯作らないとな」

「私もできることは手伝いますよ」

「おう、じゃ何してもらおうかねぇ…あ、じゃ…」


と、いった感じで夕飯の支度は進んでいった。

買ったり焼いたり混ぜたり、いたって普通な調理工程なのだが…何か心が満たされる感じがあった。


「…いつぶりですかね、ご飯を誰かと作るなんて」


ふと翡翠が口を開く。

俺は手元を見たまま、


「同級生、しかも女子、オマケに生徒会の真面目っ子とやる日が来るとは俺も思わなかったよ」

「女子との経験はあるのでは?」

「初恋奪った人のセリフかよ」

「…」

「照れんなよ!?」

「ち、ちがっ…んんっ、話を変えます!」

「へいへい」


とんとん、ちゃかちゃか、ざーざー。

特にお互い話題があるでもなく、のんびりと作業をしている。

ふと翡翠が口を開く。


「志望校どこなんです?」

「〜〜大の教育学部」

「…成績と比べると随分手堅いですね?」

「センセが行ってたんだよ…なんだかんだあの人俺の憧れだし…そういうそっちは?」

「同じところで学部だけ違いますね、法学部です、警察官志望ですので。」

「警察?」

「交通機動隊…いえ、この広い土地じゃ、高速機動隊ですね」

「確かにレーサー多いもんな…」


メタい解説を挟むが、ここは日本では無い。

というか地球という設定でもない。

地球によく似たところだが違う場所であり地球とよく似た文化があるという設定だ。


「高速機動隊か…いいな、カッコイイ」

「…君だって昔、夢は高速機動隊だ〜って言ってたでしょ」

「…初恋の憧れてた子が居なくなったからな、夢を目指す気も起こらなかったんだが…また夢を見てみようかな」


翡翠がゲーセンに来なくなってから俺は色々と変わった。

世界から色が抜けたと言っていい。



「…あ、同棲とかできますよー?」

「おぉ、そいつァいい提案だな。炊事洗濯その他諸々分担すりゃ随分楽になる」


隣を見やれば、季節外れの赤色が見えた。

何故耐性がないのにそういうことを言うのか…

返事が返ってくるのは少々経った後だった。


「…もうちょい動揺してもいいんでは?」

「自爆してる人に言われたかないねぇー」

「うるさいうるさい!」

「素に戻ったな?」

「そりゃ戻るわ!なんでだよ!?なんで一切動揺しねぇの?!」

「レーサーは常に冷静なものさ」

「すーぐ熱くなりそうな癖に」

「まぁ、初恋の人間に同棲とか言われたら心臓はビビるよな」


また少し間が空いた。

ちなみにちゃんと準備は進んでいる。

もうあと配膳ぐらいだな。


「…後で回転数心拍数確認しても?」

「着替え持ってきてんならな」

「ッ…ば、バカ!!」

「親の居ねぇ男の家に入って煽るような事すんなバカもん」

「そ、そういうのは段階踏んでからでしょ!?」

「…なるほど?じゃあハグすりゃいいのか?」

「…ご飯の後で考えます」

「熟考してくれ、変に緩いと俺も歯止めが効かん」


そのまま飯へと移る。


「ところでお前部活やってたんじゃないのか?今日も行ってないだろ」

「あなたが言いますかそれを」

「うちの顧問蔦野院だぞ?」

「…なるほど、どうせ実力で黙らせたんですね?」

「俺は息抜き程度で部活してぇんだわ」

「進学校ですもんね〜」

「と、ゲーセン通いの二名がもうしておりますと」


2人揃ってふっ、と吹く。

良い子のみんなはこんなの真似しないようにね!


「…ま、生き方は人によるわな〜」

「…マッドマッ〇スとかニード〇ォースピードとかワイ〇ピに影響されないようにしてくださいね?」

「『別れの言葉はな―』」

「やめなさい」

「『昔はガソリン代ケチっ―』」

「やめなって」

「『二度と顔を―』」

「おやめ?」

「『まだガキの―』」

「煽ってんな?次は負けないよ?」

「ほぉ?まだまだコーナーが甘い癖によく言う」

「ホームストレッチでニトロ吹かしてぶっちぎってやる…」

「HAHAHA、『ニトロ積んだ車は―』」

「あんたが言うな!」

「早い早い」


飯を食いつつべらべらと話してダラついて、気づいたら飯も終わり、時刻は8時。

俺が後片付けする間に翡翠に風呂に入ってもらった。

女子が風呂入ってるからとかそういうのは特にない、と思って頂こう。

で、そんなに時間もかからなかったので現在勉強のため自部屋にいる。

のんびりだらりとしてたら40分ぐらい経っていたので、リビングに行った。

で、そこに居たのは…


「…あ…」

「…随分ラフなカッコしてんな?」


半袖ハーフパンツ…


「…あ〜いやぁ〜そのぉ…こういうのしかなくて〜…」


風呂に入ってリフレッシュ出来たのか知らないが、口調が戻ってた。

ついでに言うとだらーんと足を伸ばしてテレビを見ていた。

足やら色々見て健康的だなぁと思いつつ、


「私服小洒落てるくせに部屋着はどうでもって感じか?」


頭のギアを変えて文学科へと入れる。

変に回転が上がると大惨事なのでこのギアは重めだ、ちなみに車で1速から4速とか入れようもんならギアやらクラッチの駆動系が悲鳴をあげる。

それほどの負荷を与えないと思考停止エンストしてくれないのだ。


「人のこと言えますか」

「ははっ、全くだな…んじゃ、風呂行ってくるな」

「はーい…あ、ちょっと待ってください、明日の時間割とブラウス取りに家戻っていいですか」

「ふむ、時間おせぇし俺も行こう」

「え、いいですよ、悪いですし」

「気にするな小童」

「それはもはや何キャラ?」


しょうもないジョークを混ぜたり、いじりを放ったりしつつ、日本人特有の思いやりと遠慮の応酬が繰り広げられ、結局、


「あーじゃあこうしよう、お前の家を俺が知りたい、どうだ?」

「聞こえがあまりにも変態ですよ」

「露出度高い奴が言うな」

「ばっ…黙れ!」

「はいはい、じゃ一応上にジャージ羽織っとけ」


そうして何とか一緒に取りに行くことにこじつけた。

街灯がちょくちょく俯いて立っており、その顔に少し虫が群がっていた。


「で、翡翠さんや」

「何故急に他人行儀…」

「じゃあ相棒?」

「いいですね、ペアマッチもあることですし」

「んじゃ、相棒、俺らの関係性についてだ」


互いに顔は見ない。


「俺からの提案はひとつ、ゲーセンの時だけ昔に戻らないか?」

「…ありですね」


隣を見やると顎に手を当てて考えていた。

美人がやると絵になるもんだ。

街灯に照らされてより…と、そこまで考えて頭を振った。


「…何してんの?」

「…クールダウン…」

「何にヒートアップしたし…?」

「美人な初恋相手」

「ここゲーセンじゃないよ〜?おバカ〜?」

「照れ隠すのが上手くなったんじゃないか?」

「見抜かれてるから成長してない」

「…やれやれ、意識高い系め」

「…まぁ、別に君以外に照れないしいいけどね」

「…そういう方が、俺には効くね」


上目遣いに照れながら、その上可愛い声で言われちゃ敵わん。

普段クールぶってんのが照れ顔なのはギャップ萌えと言うやつだ。


「まぁ、これが学校とかで起こると面倒ですから、次からはゲーセンだけで。約束ですよ?」

「指切りか?それとも誓いのKISSでもしとくか?」

「…いいですよ?」

「…ほう?と言っても家ついてからな、誰に見られるかわからん」

「…引きませんからね…絶対に」

「いい度胸だ」


2人の目線が峠のような曲線を描いていたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

let's go with one‐two finish @pokomaru87

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ