第7話 下校と苦手なもの

「終わったな…」

「カッコつけないでくださいカッコ悪いですよ」

「うっせぇよ、長すぎんだよ、もう6時だぞ」

「これでも早いほうなんですが…」

「働き方改革しようぜこれ、受験生がすることじゃない」

「果たしてこれは労働なんですかね?」


と、お互い少し疲れ顔で談笑をしている。

二時間だかそのぐらいの時間ずっと作業していて、それがようやく終わった。

放課後にそれをするにゃ少しきついものがあった。


「この後どうする?」

「帰りますけど?」

「違うそうじゃない、飯のことだ」

「あ~…確かに今日もいませんけど、そう易々といただいていいものですかね?」

「提案者は俺だ、嫌ならいいが」


翡翠は少々考えて、


「…上がらせてもらいます」

「良し、そんじゃ今日のメニューは…何がいいかねぇ、スーパー行って考えるか」


すでにまとめてあった荷物を取り、職員室にカギを返しに二人で歩いた。


「ん?珍しいコンビだな、今度は本命か?」

蔦野院ちょうのいん先生、階段で会った自分のクラスの生徒に対する第一声がそれっすか…」

「お前の顔の広さは東京ドームだからな」

「馬鹿にしてます?」

「半分は冗談だ」

「蔦野院先生、お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


蔦野院裕木ちょうのいんゆうき、体育教師。

女性ながら男勝りな性格でうちのクラスをまとめていた。

ちなみに独身である、顔はいいのになぁ…勿体ねえ。

俺が委員会に入っていた時も世話になった先生だ。


「…翡翠は真面目過ぎるんだよ、受験生がすることか?あれ」

「いえいえ、勉強できる時間ありますし、問題無いですから」

「まぁ、真面目だよな…」

「おい不真面目よ、貴様成績で許されてるだけだからな?」

「いや、得意競技バトミントンで俺に勝てなかった先生に何言われても聞こえませんから」

「いい度胸だ今すぐ表に出ろ」

「来れるもんなら来てくださいよセンセ」

「先生、立場考えてください」


負けた先生が悪いのだから俺は間違ってない。

少々談笑したのち、先生がカギを返してくれることとなって、俺たちは近所のスーパーへと向かった。


「…なんでそんな先生に向かっていけるんですか…」

「あきれ顔で言われてもな…昔から知り合いだからとしか」

「え、そうなんですか」

「まぁ家が近いだけだ…そういえば、あの人の影響で夕学に入ったといっても過言ではないな」

「そんなに長いんですか蔦野院先生…」

「あ、いや、いろいろ転々としてるけど、夕学が一番雰囲気がいいんだとさ。確かに納得なんだよな」


俺が中学になると、あの人は何かと夕学を推していた。

ちゃんと理由と根拠付きで。

だからふっつーに夕学に入った。

偏差値的には高いが、当時俺の学力と成績的にも問題はなかったらしい。

まあ実際は多少頑張ったんだが。


「…一部を除いてですよね?」

「完全完璧の場所なんざこの世にないぞ?何かを得ようと思ったら、失うか与えるかしないといけないもんさ」

「巻き込まれるのは勘弁願いたいですね…」

「同意見だ…まあ、そういう暴れ馬も扱い方次第でどうとでもなる」

「流石中キャ委員長」

「そういうお前はもっと人を頼れよ、生徒会庶務さんや」

「頼りになる人がいませんし」

「ブラックな生徒会だな」

「今日からは助っ人が来たので問題ありませんよ」

「ヘッ、全く…」


雰囲気が甘酸っぱくなりつつ、二人はスーパーへと向かった。


「さて、何買うかね」

「そうですね~…まだ献立決めてませんよね…」

「おう、なんかリクエストか?」

「その~…親子丼を…」

「あ~親子丼か、確か卵は余ってた…けど、数が不安だから買わないとな~…え~っとどこだったか…」


俺はのんびり材料のことを考えていた。

だが、翡翠のほうは違ったらしい。



《☆ ☆ ☆》


(…落ち着かないなぁ…)


よく考えてみると…いや、考えなくともわかることだけれど、今、学校帰りに男女二人で同級生がスーパーで買い物している。

…学校の人達と万が一遭遇したらと思うと…ホラーゲームのような恐怖で少々冷や汗が…


「…ーい。おーい?」


というかそういう思考はさっきっまで一切なかったのにどうして急にこういう思考が浮かんできちゃったんだろうか?…いやでもそんなこと考えてもしょうがないものはしょうがない…え、待ってよ、ここのスーパーはそんなに学校に遠くない。

つまり・・・。


「おーい、聞こえてるか?」

「…」

「もしも~し?おっと、眼鏡ずれてきてるぞ?」

「…えっあ…」


考え事にふけっていたらもう買い物が終わっていた。

何ならちゃんとはぐれないように手までつないでくれていた。

私はその事実に気づかないまま考え事をし続け挙句買い物もすべて任せておまけに眼鏡まで戻されている始末…


「ほい、っと」

「い、いろいろとすみません」

「構わん構わん、普段気ぃ張りまくってんだろ?こういう時は甘えるのが流儀だ」

「いや、普通に考えていたれりつくせりはよくないですし…」

「はいはいそうですね、じゃ俺のリュックから家の鍵とっといてくれ。

手ふさがってるから、開けられん」

「…多分荷物を要求しても無駄な気がしたのでおとなしく従います…」

「ははは、助かる」


私は彼の背後に回り、リュックを漁った。

私の身長に合わすためにわざわざしゃがんでくれた…


「あ、ありましたよ…って、このキーホルダー」

「口調崩していいぞ?あとそのキーホルダーはいつだか貰った奴だな」

「…ど、どなたに貰ったかはちゃんと覚えてます…?」

「笑かすな、お前だろ?」

「安心しました…」

「俺の信用皆無か?」

「ゲーセンで会ったとき全然思い出さなかったじゃないですか」

「うっ…いや、そもそも高校三年間話しかけてこなかったお前が悪い」

「い、いや、気づかないほうが悪いです!」

「関わることがあんま無かったろ!」

「学級委員が何を言いますか!」


にらみ合っている二人のところに、人影が三つ近づいてきた。


「おいおいあんちゃんら、こんな時間にデートか?おん?」

「えっ、あっ…」


私はこういう人たちが苦手だ。

ゲーセンでは時間帯をいつも見計らっている。

だから普段から注意していたのだが…


「いい女連れてんなァ?」

「それに比べて男のほうはパッとしねえな」

「豚に真珠だな」


などなどいろいろ言っているが、私は完全におびえてしまって何も言い返せなかった。

助けてこじょー…

と私が脳内で祈っていると…


「ああ、仕事のできるいい女だな、だが残念だなァ…」


そう言うと私を抱き寄せて、


「わっ…」

「俺みてぇなダメ男に惚れちまったからな、こうやっても抵抗の一つない」

「…っけ、なァんだ、手遅れか」

「ずらかりやしょう、ナンパ師ごときじゃどうしようもありやせん」

「そうだな…」


そうして去っていった。


「いやァすまんすまん、急に抱き寄せて悪かったな、しっかし流石美人だな、モテモテじゃねぇの…ん?おーい?どうした?」


流石は中キャ委員長…気軽に追っ払った。

対応がすごい手慣れている…

…と、その時の私は余裕がなかったのか知らないが、何故か少しそのイマジナリーかばわれた人たちに嫉妬の念を抱いた…

ので…


「…もうちょっとこのままで…」

「…さてはあの手の奴ら苦手だな?」

「…何も察さないでよお…」

「喋んなきゃ良いだろ…余裕ないなら大人しく甘えときなさい」

「…はい…」


そして数分この状況だった。

初対面の人に対してあまりにも耐性がなさすぎる自分が悔しい…その反面この状況に慣れてうれしい自分がいたりもした。

いくら数年越しの想いといえどあまりに正直すぎないだろうか…


「…両手ふさがってましたよね?」

「ん?あぁ、片手に持ち替えた、鍛えててよかったぜ」

「え?この量を片手で?」

「あんま馬鹿にすんなよ?」

「・・・。」


やっぱこの人いいな…

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