第4話 扉越しの再会

《☆ ☆ ☆》


「え、あ…え…」


…まさか…思い出したのだろうか?…

突然の事すぎて、翡翠ひすいは大混乱して言葉が出なかった。

翡翠の目は驚愕に染まり、家中を静寂が包んだ。


「…なんてな、何でもねぇ、ちょっととある人に似ててな、気にしないでくれ」


そのせいで、狸蛇まさだに人違いと思われてしまったようだ。

…ここで明かしてしまうのは簡単だが…信じて貰える気がしなくなってきた…

大変まずい状況である…


「あ、いや…その…」

「悪ぃ悪ぃ、そのままゲームを続けてくれ」


そう言って狸蛇は自分の部屋に入って行ってしまった。

…失敗だ、大失敗だ。

急な球とはいえ、返せなかった翡翠が悪い。

ここで返せなければ、翡翠はあの子では無い、と思われそうだ。


「…それはマズイ…」


翡翠は少し怖くなった。

だから、その恐怖を消すために、すぐに行動に移した。

まるでどっかの誰かのようだ。

色々と決意しつつ、狸蛇の自部屋の前に来た。


「…んんっ…」


喉の調子を整え、声をかけた。


「…お〜い、泣き虫で忘れん坊のこじょー君、聞こえてる〜?」


【ガララッガタガタッ】


…部屋の中からなにか物音がした。

きっと動揺してなにかものを落としたのだろう。

相変わらずのビビり。

そして扉に足音が近づいた。


「あ〜、扉は開けないでよ?前に伝えた通り、再会するのはゲーセンがいいじゃん?」


ここで顔を合わせるのはちょっと違う。

そう思った、だから、私も今すぐ顔を合わせたい気持ちを抑えて、扉越しの再会に決めた。


「…誰が泣き虫だ、よく泣いてたのはお前だろ」

「な、なにをぉ⁈」

「ハア…変わんねえな」

「まぁ、6年ぐらいしか経ってないからね…」

「俺にとっては長いけどな…お前と会えなかったし」

(っひぅ!?)

「…っお、おう…恥ずかしげもなく言ったね…」


とんでもない不意打ちをくらった…

お互い気まずい沈黙の時間が到来。

先に口を開いたのは狸蛇だった。


「…生徒会とか、やってたんだな」

「…うん、まあ不本意だけどね」

「不本意?やらされてんのか?」


色々と事情があるのだ。


「不本意ながら」

「相変わらずのしょうもなさ…」

「変わらぬおいしさだよ」

「染み付いたシミの間違いだろ」

「うるっさぁい!」

「生徒会…あれ?じゃあ俺らもしかして委員会の総会とかで面識あったりする?」

「今更気がついたのか…我が初恋の男子おのこは鈍の感じゃのぉ…」

「ぶっ飛ばすぞお前…え?あ、今なんて?」

「い、いや?…何も?」


翡翠はつい口が滑って、本音がこぼれた。

6年ぶりの再会に翡翠も気が高揚していたというところだろう。

…今日は失態が多い。


「…聞かなかったことにしとこう…」

「…話が早くて助かる」

「じゃあそのまま今までどうだったかとか、話そうぜ?」

「ん~…特に語ることがない…」

「…じゃあ、お互いのプロフィールでどうだ?…名前は伏せとこう、身長180、体重74キロ、好きもの車」


二人の仲では言うまでもないプロフィールを言った。

いや、お見合いじゃねぇんだぞお前ら?


「うわ雑…じゃ私も。身長165、体重53キロ、好きな車BRZ」

「ほんとBR好きだよな…そういや、大会も出てたっけか」


序盤に淡々と解説していたくせに今更聞いた。

あと大会という存在を知っているなら、普通自分も出てみたいとか思わないのだろうか。


「…なんで大会出てるってこと知っといて私と繋がらなかったのかなぁ?」

「まさかそんなにやりこんでると思わなかった…あの当時お互いそんなにうまくなかったし…俺は今もそんなにうまくないが」

「私に勝っといてよく言うよ…あ、そうだ、あんなに上手いんだったら、次の『ペア・ウォンテッドマッチ』出ない?」


翡翠は今、何気なく、あの頃の『親友』同士のように話せている。

狸蛇の声色も、普通だ。

再会としては上出来だ、お互いに昔のことを思い出し、お互いのことを思い出した。


(…やっぱり…私じゃ無理かな…)


翡翠としては…まぁ、今の関係も悪くないと思っているが…そういうことである。



《★ ★ ★》


一方狸蛇の方は、


(…あ〜…なんというか、心が満たされてくなぁ…)


再会を非常に、非常に、嬉しく思っていた。

約6年ほど初恋の人間に会えなかったのだ、なにか欠けていた今までの日々、その欠損が埋まっていくようだった。


「へっ…確実に足引っ張るぞ~?」


狸蛇、現在気持ちは宙に浮いている。

浮かれまくっている。


「うーむ…じゃあ、参加してくれたら君が見惚れてた足で膝枕してあげるから」

「あ~…ああん⁉今なんつったてめぇ⁈」


翡翠の発言は、浮かれていた狸蛇を現実に連れ戻した。

あの女ァ…


「はい残念1回しか言いません」

「気が変わった、参加する」

「おいゴラァ現金かてめぇ!」

「据え膳食わぬは男の恥ってな…」

「ちょっと意味ちがぁう!」


狸蛇も男だ。

特に、この男は何故か知らんが好きな女の前だと素直になる。

それ以外に対してはなんというか、1部除いて丁寧である。

…詳細は後ほどわかる。


「…そういえば、学生なのに勉学の話が一切ないが?生徒会」

「ほう?学年No.1の私になにか?」

「クソが、毎回毎回2位とか3位なのはてめぇのせいか」

「HAHAHA!そこそこ自由にできるのには理由があるんだよ!」


諸君、こいつらは希少な人種だ。

間違っても受験生とか、学年1位とか取りたい人達は日頃からある程度はやっておくべきだぞ。


「でも庶務だしまぁまぁ仕事多いよな?」

「うっ…」

「しかも結構放課後とか残るよな…?」

「がはっ…」

「お〜い、自由はどこいった?」

「い、いや、そういう仕事が無い時にゲーセン行ってるから…」

「ほーん…」


一番初めに「不本意」、と言っているのもあるが、かわいそうじゃないか。

その上放課後がつっぶれるほどの業務。

…事情が気になるところではあるが、まだ話してくれそうにない。

ならすることは一つだ。


「…なぁ、それって俺が手伝えることか?」

「え?あ、まあ…」

「じゃ手伝いに行っていいか?」

「え、いや悪いよ、生徒会入ってるわけでもないし、結構時間かかるし…」


狸蛇の予想通りの返答だ。

一言一句というわけではないが、そこそこ完璧に予測できたことが無性にうれしく、狸蛇の頬は緩んだ。


「お前に拒否権はない、というより、終わらさねぇとあの~…ペア何とかマッチの練習できねぇだろ?」


《☆ ☆ ☆》


狸蛇がとんでもない申し出をしてきた。

翡翠としてはとても申し訳ないので勘弁願いたい。


「で、でも…」

「邪魔なら行かないが、どーせ一人だろ?あ、俺が嫌なら━」

「━そんな事はないよ⁈」

「それはどうも。じゃ手伝うってことでいいな?」

「あ、あ…うん…」


…迷惑をかけるのは良くない、と思ってはいるのだが…


「よし、場所は?」

「生徒会室だけど…ホントにいいの?」

「まぁな、お前と居たいし 」

「…シバくぞゴラァ…」

「えぇ…なんだよ?」


コヤツシバきたい。

ナチュラルたらしシバきたい。

もう会話だけで済ませる理性もない…


「…もうこの話終わりでいい?」

「どの意味で?」

「全体的な意味で…」

「…ちゃんとした再会はいつになるんだ?」

「その内…としか言えない…」

「…そうか、気長に待つとしよう」


その後扉が開いた。

お互い気まずく、視線はそろわなかった。


「…どこで寝たい?多分余ってるのは姉貴の部屋ぐらいだが」

「そこで…お願いします…」

「…おう、今何時だっけな〜…」


そう言って狸蛇は体を逸らした。

この時期、少々気温が上がってくるという点や、風呂上がりの寝間着という点で、服は薄い。

体を逸らせば服も少々浮いてしまう。

…結果、いわゆるへそチラ状態が今、完成した。


「…っ///」


翡翠はたまらず顔を逸らした。

というか体ごと逸らした。


「もう11時か……って、どした?」

「気にしないでください…」


翡翠、男に対する免疫はあまりないのである。

というか本当に関わる気が無かった(狸蛇除く)ので、慣れてる方がおかしいのである。


「…わかった…?…部屋はこっちの奥だ、適当に寝といてくれ」

「…あ、あなたは今から何を?」

「日課」

「にっか…」


翡翠には、これといった日課がないので、少し羨ましく思った。

あるとすれば…読書ぐらいだろうか。


「筋トレと格闘技の練習」

「え、格闘技?」

「デブになるのだけは勘弁だからな…俺部活やってないし、やる気もねぇし」

「…ど、どのぐらい続けてるんです?」

「中3から、正しくは部活辞めてからだな…って、もう寝た方がいいんじゃないのか?」


すごい努力家である…あとよくそんなに継続できるものである…

そして最後に正論をぶつけてきた、間違いが余り見当たらない気がする。


「あ、確かに、で、では、おやすみなさい」

「おう、おやすみ」


そう言って、2人は背中を向けて、お互い別々の事をする…前に、狸蛇が動いた。

しかし、この時点で私、翡翠はもうだいぶ寝ぼけていた。

週末ということ、人の家ということ、色々な要因が重なり、眠気がかなり迫っていた。


「あ〜、翡翠、扉越しでいいから聞いてくれ〜」

「な…なに〜…?…」


そのせいで、狸蛇が言ったことが、現実のものだと、後にも先にも思えなかった。


「え〜っと…会えて嬉しかった、翡翠があの時の子ってわかって、なんというか、心が、こう…なんか、嬉しくなった」

「…そっか…私も〜…こうやって話せて嬉しい…」

「おう…おやすみ、翡翠」

「おや…ふみぃ…」


こうして、全ての始まりの一日が終わって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る