第3話 気付き

《☆ ☆ ☆》


「それで?悩みの種は?」


ご飯を食べ始めてすぐの事、狸蛇まさだは思い出して話を振った。

翡翠ひすい的には、このことは忘れててほしかったろう、世の中とはよくわからないものである。


「えっと~…昔仲良くしていた人に会いたいなー、と思ってたんです」

「それで、その人に会えたんだったよな、よかったな」


何がよかったな、だこの忘れん坊がぶっとばすぞ!

と、口に出そうになったが脳内だけでこらえ、顔も平静を装えた。


(このバカがよォ…)

「はい、その人と再会できたんです。でもほんとに覚えてないみたいなんですよね~…」

「ほぉ~?何にもか?」


よもや自分のことなどと一ミリも思ってない狸蛇選手、ぐいぐい聞いていきます。

これは彼の人格が出ていると思われますねぇ。

などと、翡翠は一人脳内で実況を始めた。


「多分…」

「そいつは男か?」

「はい。でも昔あったときは、確か小学生ぐらいでした」

「ほ~ん…」


お互い少しずつ箸を進める。

…その箸をすすめているときに思う。


(いちいち料理がおいしい…)


そう、ご飯がうまいのである。

味付けも男所帯にありがちなガサツな感じではなく、ちゃんと経験を積み、丁寧に作られている。

想像なんて簡単に超えた味がここにあった。

翡翠は頬が緩むのをこらえながら、みそ汁を飲んだ。


「同級生?それとも年下とか?」

「同級です、再会したときにわかりました」

「なるほど、どこで再会したんだ?」

「ゲー…んんっ、が、学校でたまたま話す機会があって…」

「そうか…ん?学校?どのクラスだ?」

「あ、えっと…」


翡翠、やらかした。

さっきの返答はしっかりと考えなければならない返答だった。

あとうまい飯が悪い、気がいろいろと散る。


「ん?あ、言いずらいなら無理には言うなよ、俺の目当てはあくまで手助けだしな」

「…」


ここで引くのはどうなのか、ヘタレなのか紳士なのか審議にかけたい。

翡翠としては微妙な気持ちになった。


「それで~、思い出してほしいんだっけ?」

「あ、はい、そうです」

「もう普通にアタックするほかないんじゃないか?覚えてないんだろ?」

「やはりそうですか…あ、ごちそうさまでした!」

「おう、お粗末さん」


結局消去法に落ち着き、お互い箸をおいて手を合わせた。

…さて、ここからが大問題だ。


「あ、風呂先入っとけよ、いろいろあるだろ。洗面用具はどれでも好きなように使ってくれ」


来てしまった、この時間が…

普通、意識するものだろう。

いや、意識しなければおかしいだろう。

翡翠の脳内はこのような感じだ。

狸蛇はどうだ?


《★ ★ ★》


(ちゃんと食ってくれたな、しかも残さず)


親のような思考だった。

異性としてこれっぽっちも見ていないようだ…


《☆ ☆ ☆》


翡翠はとりあえず先に風呂を頂いた。

感想としては…その〜…洗面用具が色々あったり、そこまで狭くなかったりと文句は無いのだが…思う所がある。


(…なんで私だけこんな複雑な…)


言わずもがな、状況に対してである。

いや…まぁ考えればわからなくもないが…

ただ同じ学校で、同じ車好きの子を家に泊めているだけ。

でも…


「お、上がったか、服も問題なさそうだな」


思うところぐらいあってもおかしくない。

やっぱり分からない。

と、翡翠は思い立って聞いてみた。


「…あの、なにか思わないんですか?」

「ん?何だ?」

「その…異性的な…意味合いで…」


自分で言ったことながら少し恥ずかしく、顔が熱い。

なのに、アイツと来たら…


「ぶっ…くくくくく…」

「へ?」


爆笑し始めた。

翡翠には予想外の事だったので、つい、脳内みたいな反応をしてしまった。


「はははははは…冷静に考えろよ、相手にゃ初恋の相手がいるって言ってんだぜ?しかも今日初対面だぞ?何が思い浮かぶんってんだよ…くくくく」

「なっ…そ、そんな笑わなくったっていいじゃないですか!」

「いや…だって…くくく…腹痛てぇ…」

「笑わないでくださいって!…む〜!!」


狸蛇があまりに笑うので、翡翠は武力行使に出た。

といっても、身長差的に拳か体を当てることしか出来ないが。

翡翠は体を当てることをえらんだ。


「いや〜…久しぶりにこんな笑ったわ」

「…笑いすぎです、絶対にそんな笑うこと無かったです…」

「いやいや、あんな顔でんなこと聞いてくんだもん、ありゃ笑いもんだぞ…いて、はいはい、からかうのやめっから、ヘドバンするんじゃあない」


自分だけとても恥ずかしい思いをしている気がする…いや、しているので、翡翠の怒りはまだ済まない。

というかこうやって誤魔化さないと色々まずい、顔の血色とか…心臓の音とか。


「ん〜!ん〜!」

「いてぇいてぇ、分かったから、もう話に出さねぇよ」


…そして、引くにひけなくなった翡翠は思い切った行動に出る。


「…ん!」

「おっとと!?」


床に押し倒した。


「こ、これでちょっとは…」


と続けようとした翡翠だが、位置は狸蛇の腕の中で、また再び狸蛇の胸に顔をつける。

なにかデジャビュを感じる。

狸蛇の返答は、


「あぶねぇだろバカ、怪我したらどうするんだ」


超真面目な声での注意だった。

いやまぁ正しい。


「あ…す、すいません…」

「ようやく落ち着いたな?全く…ふざけすぎるなよ、退いてくれ」

「は、はい…」

「冷蔵庫の中のは適当に飲んでいいから、あ、水飲んでからにしろよ、俺は風呂行ってくる」


狸蛇はそそくさと風呂へ向かっていった。

翡翠は数秒呆然として、とりあえずコップに水を注ぎ、飲んだ。


「…ちょっと落ち着こう…」


少し反省した翡翠だった。



《★ ★ ★》


一方その頃、


「…びびったぁ…」


狸蛇、1人、風呂場で心臓を落ち着けておりました。

いや冷静に考えて欲しい。

まず、家に2人、まぁこれは俺はなんということは無い、スキンシップの激しい姉貴と過ごせば女性には慣れる。

次に、風呂上がり、こいつがいっちばんやべぇ。

何がやべぇってあのボーイッシュな翡翠(第一印象)がこう…艶っぽく、だろうか、そう見えた。

そして押し倒してきた…あれはちょっとマズかった…意識せざるを得なかった。


「…ハァ〜…ちくしょう…早く俺も見つけないとなぁ〜…」


翡翠の悩み相談に乗っていた狸蛇だが、狸蛇本人もまた、悩んでいた。

悩むというか、会いたい人が居た。

その会いたい人とは、狸蛇がレースゲームを本格的にしている理由でもある。

その子の名前は確か…なんだったか、これが思い出せない、狸蛇が自分自身で嫌だと言っているところだ。


確か男の子みたいな女の子で、狸蛇よりも色々と活発だった。

緑がかった瞳に髪、よく運動していたのか引き締まっていた体。

それによく整った可愛い顔をしたいた。

そのせいか知らないが、真顔対決なるものをした時に狸蛇はいっつも負けていた。

何せ、そのときから好きだからである。


だが、悲しいかな、なんにでも終わりはあるもんだ。

その子は、『中学生になったら、ゲームセンター行く時間が減っちゃうから、もう会えないかもしれないな〜』とある日告げて、また会う時はゲーセンが良いな、とか何とか言って、それ以降姿を消した。


…そういえば、翡翠も目は緑だったような?

髪もそうだった気がする。


「…ん?よく考えたら似てないか?」


シャワーを浴びながら呟いた。

よく考えたら似ている。

それはそうなのだが…イマイチ性格が合わない気がする。


「…あの子生徒会とかする気質かねぇ〜…まぁ学校でどうか知らないんだが」


多分しないタイプだと思う。

だから違うかとも思ったのだが、ひとつかなり似ていたものがある。


「…雰囲気と車だよな…BRZなんて乗ってる輩そうそういないしな…ん?もしあいつがあの子だと仮定すると、あの子大会にも出れるレベルになってるってことか…まぁ、あいつがあの子とは限らんしなぁ…」


狸蛇は、それとなく聞いてみようと思った。



風呂からあがり、リビングに戻ると、


「あ、ゲームあったんでやらせてもらってます」

「お、その辺は遠慮ないな、構わんが」


テレビからスキール音(タイヤと地面が擦れる際に出る音、ドリフトの際によく聞く)とエンジンの音がしていた。

…やっぱりそうなんじゃないかと思ってきた。


「なぁ、南風原」

「はい?」


南風原は丁寧にコントローラーを置いてこっちを向いてくれた。

狸蛇は真っ直ぐに目を見つめた。


「…な、なんですか?」


翡翠は困惑している。

当然だ、突然まじまじと見つめられるのだから。

あ、少し視線が逸れた。


「…いや、綺麗な目だよな、と」

「きゅ、急になんなんです…?」


…似ている、確実に。

面影がある。


「なぁ、南風原━」


狸蛇は、こういう時、当たって砕けるタイプだ。

つまり、


「━俺ら、これまでに会ったことあるよな…?」


こうして聞いてしまうのである。

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