第2話 ゲーマーなのに料理上手

「…へ?」

「いや、自炊すんのめんどいっつたろ?高校生じゃ一人暮らしも珍しくはないしな、あとレースについても話せるだろ?」


狸蛇まさだからすれば何の疚しさもない提案だ。

あとこいつは翡翠ひすいが考えているほど深く考えていない。

その翡翠は、


(…いやいや、異性同士とかの考えはないので⁈)


かなり意識している、正しい反応である。


「い、いや、確かに家庭環境とかはおっしゃる通りですけど…いいんですか?」

「金的な問題か?気にすんなよ、別に貧乏人じゃねえから」

(そうじゃないんです!!)


翡翠は脳内で叫んだが、狸蛇はヘラっと笑うのみ。

しかもその笑みに翡翠の心臓は高鳴りを覚えてしまい、


「あ、いや…その…」


言い淀んでしまった。


「ん?ほかに何かあるか?」


おいだれかこの馬鹿どうにかしろ。

馬鹿というか考えなしというか、何故なのか。

そして翡翠もこれはラッキーなんだ、と腹をくくった。


「…いえ、上がらせていただきます…」

「おう、じゃついてこい」

「…はい…」


そういって狸蛇は歩き始めた。

その足取りはいつもと変わらない速度である。


(何が残ってたかねぇ…あ、野菜炒めできそうだな、味付けは~…)


のんびりと献立を考えながら…


「ん?遅れんなよ?」

「……」


後ろの方で翡翠が、俯いてとぼとぼ歩いていた。

返事もない。

その時翡翠の脳内は、


(…私、覚えられてないよね…)


壮大な悩みを抱えていた。

彼女にとってかなり重大な問題である。


「何か悩みか?」


狸蛇はそれとなく翡翠の今を見抜いた。

無論、翡翠は打ち明けるはずがない。

冷静だったなら。


「はい、初恋の人が私の事覚えてなさそうなんで、す…」

「ほお、そりゃまた重大問題だな」


だが翡翠は言ってしまった。

悩みの内容、普段自分が他人にプライベートについて話しかけられないがための油断。

いろいろなものが運悪く重なってしまい、他人にばれた。

よりによって、本人に。


「…そ、そうなん、です…」


翡翠は何とか平静を取り繕うとしているが、慌てているのは目に見える。

だが狸蛇は分からない、何せ翡翠は立ち止まって俯いているからだ。


「そいつはどんなやつだ?」


まさか自分のことなんて一ミリも思ってない狸蛇はぐいぐい聞きこんでいく。


「え…さ、さすがに個人情報なので!(?)」

「ん〜…それを言われちゃ、しょうがない、じゃあどんな状況なんだ?今は」

「あ、え、えっと…い、家についてからにしましょう!」


翡翠は何とかこの場をごまかし、先に歩き始めた。

その後翡翠が何度か迷ったり、置いていかれそうになったり、不安に思った狸蛇が翡翠の手を握って翡翠の頬がオーバーヒートしたりしながら狸蛇の家に着いた。


「ここだ」


狸蛇の住まいはマンションだ。

ここには一応姉と2人で住んでいる事になっている、が…姉は社会人であり、既に職を持っている。

しかも交際相手が居て、その方の家に居候している、あの人らの仲睦まじさ恐ろしい。

前に1度あったことがあるが、とてもカッコよかった。

オマケに彼氏さんの家は仕事先からも近いので一石二鳥らしい。


「…ここ、ですか…帰るのに少し時間かかりそうですね」


マンションの入口で見上げながら翡翠はボヤいた。

そして、


「…まさか飯食ったら帰るつもりか?」

「え?そうですけど…」

「何言ってんだよ、明日休みだろ?泊まってけよ」

「ふぇ!?」


狸蛇が翡翠にとってとんでもないことを言った。

いや翡翠に限らず異性に対してなら多分ぶっ飛ばされることである。

…何をどうしたらそんな発言が出るのであろうか。


「え、あ…その…ふ、服とか…したぎとか…」


本日何度目かの常識的発言。

だが恥ずかしいのか後半は小声である。


「服か?姉貴の適当に使っていいぞ」

「…はい…」


ついに翡翠の心が折れた。

というか常識的意識が崩れた。


「よし、行くぞ〜」

「…は、はい!」


もう一旦常識を置いていこう、あの頃もそうだったと翡翠は2度目の腹くくりをした。

そうしてエントランスを通り抜け2人は部屋に入った。


「ただいま〜、つっても誰もいねぇんだが」

「誰かいたら大変でしょうに…」

「確かに、泥棒は勘弁だな。あ、荷物預かろう、忘れんようにカゴにまとめとく」


ヘラヘラとしつつ気を回す。

状況と関係性の問題を解消すれば満点かとも思える。


「…財布と携帯ぐらいしかありませんよ?」

「帽子とかあんだろ?いろいろやっとくから、その間に服でも選んでこいよ」

「…分かりました」


翡翠は大人しく言われた通り箪笥たんすへ向かった。

道中、と言ってもマンションなので、そこまで広くはないが、リビングを通る。

そして翡翠の目に広がったのは、


(…男の家とは思えない清潔感⁈)


とんでもなく綺麗に整頓されていた。

本棚は大きさ順に並べられ、床はシミ一つないカーペット。

テーブルの上もきれいに保たれている。

なかなか見ない綺麗な部屋だった。


「どうした?立ち止まって?」

「あ、いえ…」


ちょっと、いやかなり驚いて、立ち止まっていた翡翠に、荷物をまとめ終えた狸蛇が後ろから声をかけた。


「あ〜…あんま部屋の彩りとか考えてねぇからなぁ、見栄えは良くねぇだろ?」

「え、あ、いや!とても綺麗だなって思って!」

「おう、ありがとな。…う〜む、装飾品とか考えるか…」

「いえいえ!気にしないでくださ…わっ!?」


お互い目を合わせず、翡翠は前を向いたまま、狸蛇はその後ろから部屋の内装を見回していた。

それで翡翠が声を上げた理由だが、内装について気にしなくていい、と狸蛇にちゃんと言おうとしたところ、足が絡まり体制を崩してしまったからだ。

しかもその上、


「おっ…と、大丈夫か?」

「ぁっ…ぇっ…」


着地点が狸蛇の胸の中であった。

不慮の事故…となるが、この状況であれば、さすがに意識するところはあるのではないだろうか。


「全く、まぁ違う家だから色々落ち着かんのだろうが、まぁ気を付けてくれ、女子が男子の部屋に入ってけがをしたとか、人聞きが悪いしな」

「…はい…」


なんとびっくり、そういう意識を持ったうえで、こうして接しているのだ。

素朴な疑問だが、狸蛇にとっては初対面の相手なのだ。

その相手に対しこの対応、彼自身はどういう心境なのか気になるところである。

あと、翡翠もそんなに大差はないが、彼女は過去に彼に会っていることを覚えているので、少しは違う。


「んじゃ、服選んで適当に取っといてくれ、俺は夕飯の用意を…」


その時であった。

おそらく緊張が緩んでしまったのだろう。


【ぐぎゅるるる…】


どちらかの腹が鳴った。

なってしまった本人は顔を赤らめている。


「…早めに用意するから、待っててな」

「…はい…」



≪数分後…≫



「うい、冷めないうちにおあがりよ、ってね」


テーブルの上には、大皿に回鍋肉と取り箸、みそ汁と白飯それぞれ二つが置いてある。


「わぁ…」

「簡単なメニューだが、嫌いな奴はそうそういない、王道ってやつだな」


双方事情は違えど一人暮らし、自炊がどれほど大変かは身に染みている。おもに継続がつらい(翡翠)。

その自炊をこなしたうえ、ここまでおいしそうな料理を作っている。

狸野郎のスペックの底を知りたいもんである。


「そんじゃ、いたただきます」

「あ、いただきます!」


翡翠の思考などつゆ知らず、狸蛇は手を合わせ、翡翠もそれに続いた。

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