let's go with one‐two finish

@pokomaru87

第1話 初対面

週末がやってきた。

嬉々として、高校生もしくは大学受験生━━古城理蛇こじょうまさだは学校帰りにゲーセンに来ていた。


【キュイイイインンンッ】


慎重ハンドル操作とアクセルワークで、車体を横に保つ。

ギヤについては気にしなくていい、ドリフト中は後輪を滑らせているのでエンジンの回転数はほとんどマックスだ。

ドリフトから抜ける時、いわゆる『立ち上がり』ではクラッチやギヤに気を配らなければならない。

それを完璧にこなすと、


【ブロワワアンン…】


立ち上がりでスピードに乗れる、それだけでもリードになる。

簡単なように見えて、これは難しい。

車のセッティングも関わってくる。

狸蛇の愛車はマツダのFC-3S、コーナリングが得意な車だ。

今回走っているコースは、その専売特許を生かせるコーナリングの多い峠道だ。

そして一般車を上手くよけつつ、ゴール。


「…うーむ、あのS字はもちっとうまくつなげられたな…」

「そうですね、あと直角コーナーもサイドを引きすぎでしょう」

「そうだな、ちょっとビビってるのかも…って、あんた誰だ?」


ずいぶん的確にアドバイスを飛ばしてくるからすっと受け入れていたが、聞き覚えにない声だった。

振り返るとそこには、


「はい?」


うっすい半袖に膝上数センチの短パンと、ずいぶんボーイッシュな服装をした小柄な女子がいた。


「…あ、あの…あまり見られても困るのですが…」

「ん?あぁすまん、急に話しかけてくるもんだからびっくりしてな」

「それはすいません、なかなか見ない車に乗ってらっしゃったので」

「FC乗りなんざなかなかいないもんな…」

「…あ、あとコーナの間合いの取り方がかなりご上手だったので、一レース挑うかともおもってます」


なるほど、どうやらただただ走ってみたかったらしい。


(…こんなへたくそと?)


狸蛇自身は自分は自分は下手な乗り手だと思っている。

そんな下手とこの女子は走りたいようだ。


「構わんが、見ての通り、俺はへたくそだぞ?」

「え、えぇ…下手ではないと思いますが…」

「ま、とりあえず走ろうか、そういえば名前は?」

「ああ、すいません、南風原翡翠はえばらひすいです、今回限りの付き合いかもしれませんが、どうぞよろしく」


そういって翡翠はゲーム媒体の座席に乗り込んだ。


(…いい脚してんな、運動部か?)


普通の女子は持ち合わせていないであろう引き締まったアスリートっぽい美脚。

狸蛇は見惚れかけたが、すっと視線を画面に戻した。


「どうかなされました?」

「いや…そういえばとし聞いてなかったなって…」

「あ、17です、あなたは?」


狸蛇は顔にこそ出さなかったが、内心驚き8割歓喜2割の心情だった。


「へ~?…俺もだ」

「え?そうなんですか⁈…もしかして、高校も…あ、私夕学です」


説明しよう、夕学とは、夕暮学園の略であり、二人の住んでいる地区で最も偏差値の高い高校、エリート校である。

大概の生徒は金持ちだ。

ところで、二人の住んでいる地区といったな。


「…クラスは?」

「…8組です…」

「8組、南風原翡翠…んん?生徒会庶務の?」

「…あ、はい…そう…です」


生徒会、という単語を言った途端、翡翠の顔色が明らかに暗くなった。

狸蛇はとっさに、


「俺は2組だ、学級委員長をやってる、通称『中キャ委員長』だ」


翡翠の手を握った。

それほどに彼女の顔は、深刻な雰囲気だった。

ただ、あまりにも突然のことだったせいか、


「…ふぇ⁈あ、は、はいっ…」


翡翠の顔が急に真っ赤になっている。

…なぜか、と狸蛇は考えたが…


「…ん?どうした?」

「な、何でもありませんが…その…手を放していたただけると…」

「ん?あぁ悪かった、どこか具合が悪いのかと思ったぜ」


狸蛇はすぐに手を放し、自分の座席に深く腰を掛けた。


「…走りましょ、ね?」

「おう、コースジャンルは?」

「峠で、私の愛車はBRZなので」

「BRなら高速のほうがいいんじゃねえの…」

「峠仕様なんです!」

「はいはい、ちゃんとついて来いよ」


両者追加コインを入れ、対戦モードに移行する。

見た感じあまり慣れていないようだが…大丈夫なのだろうか、翡翠の画面を見ると、


「…結構やってんだな、派手なカラーだ」

「ええ、挑んでも恥ずかしくないようにしてあります」


このゲームの大会で見たことのある名前があった。

あとカラーががちがちだ。

狸蛇のFCが白一色に対し、翡翠のBRZはベースのアオイライトブルー、そこからデカールやらを張っている。

このゲームはスマホのほうで車の改造ができ、カラーからセッティングまで十人十色だ。

つまりいろいろな車ができる。

だが今回のBRZは大会に何度も出場している『ソロ』のプロ、『一匹狼』。

それがこのゲームでの、南風原翡翠なのだな、と狸蛇は一人納得した。

…そういえば一匹狼って毎回毎回顔隠してたような…


「はぁ…俺が置いてかれそうだな」


狸蛇はふわっと浮かんだ記憶を消して、溜息を吐いた、これは骨が折れそうである。

一方翡翠はにやけが漏れていた。

…どの笑いか判断しかねる。


「あ、ここがいいです!」

「ここか」


選んだコースは高速コーナーの多いダウンヒル、一般車は少なめだ。

このコースは一度のミスで差が大きく開くコースで、巻き返しがかなり難しい。

『先に頭をとったほうが勝てる』という話がよくネットで流れている。


『Are you ready?』


二人の車の演出が入ったのち、スタートラインに車が走りこんでくる。


【ブロロロウン…】

【ブロロロン…】


スタートダッシュに適切な回転数を維持するため、二人のアクセルワークが重なる。

3、2、1、0。


【ブロロロロウウウウン!】

【ブオオォオウン!】


寸分たがわぬスタートダッシュ。

走り出しは同点だが、ややBRZの方が馬力が上のようだ、FCの前に出ている。

第一コーナー、BRZが先行でコーナーに侵入。

FCは後方から追いかけている。


【キュイイイイン】

【キャイイイイン】


完璧なラインどり、両者全く隙なし。

続いての第二コーナー、侵入、角度、脱出。

まるでシンクロ競技のようにそろっている二台。

直線でも、寸分の狂いなくそろったギヤチェンジ。

第三、第四、第五コーナーも完璧にこなした。

残り4キロ。


(やっぱし大会経験者は違うなぁ…ちょろっと本気を出すとしよう)


狸蛇はアクセルを強く踏み、ハンドルを握りしめた。


《★ ★ ★》


一方翡翠、


(よし、このままいけば勝てる…小学校の時の借り…今ここで!)


勝てると踏み、堅実に第六S字コーナーに侵入、その時だった。


【キュイイイイイ…】


FCが恐ろしく浅い角度と速度で外から抜きに来ていた。


(⁈嘘?そんな角度じゃこのコーナーは…)


このコースは二車線、道幅はとても狭い。

その二車線で外から、しかもS字コーナー、壁に擦って失速が落ちである。

しかし、


【キュイイイ…ブロオオオン】


壁と擦る事は愚か、BRZともかすりもせず抜き去っていった。


(…な、なんて技術…やっぱりかっこいい…でも、もう見てるだけの私じゃない!)


翡翠は気合を入れなおした。


《☆ ☆ ☆》


(うーん…下手やな、俺…)


狸蛇は自分の腕の衰えに嘆いていた。

今のは抜けたのであって決して自らの力ではない。

翡翠がインによりすぎたが故、アウトがおろそかになった、ただそれだけの事。


(…ま、逃げさせてもらおう…)


そうしてゴールラインまでFCが先行だった。

BRZはただただテールランプを見つめるのみだった。


終わってから二人は、ゲーセンの入り口の自販機で飲料を買って感想を述べていた。


「お前さ、まだ速ドリに慣れてないな?最後らへんなんか、危うく壁とキスするところだったろ」

「うっ」


相手についていこうとするのはわかるが、それで遅れてしまっては元も子もない。

翡翠は図星だったようで肩を揺らした。


「あとちょっとマージン(壁までの距離)を取りすぎだ、そのせいでS字の時俺に抜かれただろ」

「あ、そういうこと…なんですね」

翡翠はうむむとうなった。

…脳裏で、誰かと重なった。


「…」

「…速ドリってどうすればいいですか?」


だが、その浮かんだ過去の幻想はかき消されてしまった。


「ん?う~ん…そうだな、速度をできるだけ落とさず浅い角度で、ってのが一番わかりやすいかと思うんだが…どうだ?」

「反復練習しかありませんかぁ…」


ベンチに腰かけていた翡翠は伸びをした。

…体の反りに比例して主張してくるものに目が行ってしまったのは男としてしょうがないだろう。

俺は何とか思考と目線をそらしつつ口を開いた。


「……勉強と同じだな」

「勉強は車ほど複雑じゃないでしょう」


翡翠は急に立ち上がって見上げてきた。

何か逆鱗にでも触れたのだろうか、狸蛇的にはあまり寄ってきてほしくない、精神的に。


「そ、そうだな」

「どうかされました?」

「い、いやなん、でも…」

「そうですか?」

「あぁ、何でもない、それより、そっちは時間大丈夫か?」


もうかれこれ数十分は話している。

取り出したスマホの画面には表示されている時間は6:50、外も暗くなってきている。

スマホの画面を翡翠に見せると「あ~…」と気の抜けた声が返ってきた。


「どうかしたか?」

「どうということではないのですが…自炊するにはちょっとめんどくさい時間帯ですね…」

「あ~、確かにそうだな」

「少々はしゃぎ過ぎました…コンビニで買うとなると高いんですよね」


う~む、とうなる翡翠に、狸蛇は、


(…あ)


あることを思いついた。

その思い付きこそ、


「うち、飯もう炊いてるし、おかずもまああるから来るか?」


すべての始まりだった。

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