第58話 クズはお前だ
「ちょっとあんた……千尋さん、だよね? 慶太の元カノの! 慶太に何してるの、私の慶太に何やってるの!!!」
「そうですよ、何やってるんですか! 何してるんですか、あなたは!!! こんなにボロボロになるまで……大丈夫ですか、兄さん? 兄さん、兄さん!!!」
理不尽な炎に燃え、怒り狂った千尋の全力のパンチ……を受ける寸前にその手をガシっと掴んだ梓と海未。
ありがと、二人とも。そしてごめんね、迷惑かけて。
「迷惑なんかじゃないです、全然そんな事ないです! 私は兄さんの妹なんですから当然です! それより心配です、私は兄さんが心配です!!! 兄さんが頑張って耐えたのはわかりますが、それでも心配です!!!」
「ふふっ、ありがと。でも大丈夫だよ、心配しないで海未。多分大丈夫、軽い擦り傷くらいだから……痛てっ」
「何が大丈夫なんですか、痛いって言ってるじゃないですか! めっちゃ顔赤いですし、少し腫れてますし! ちょっと待ってくださいね、応急処置しますから……兄さんは私の大事なお兄ちゃんなんですから。だから、その……あんまり心配することしないでください! 妹の海未を心配させないでください!」
「……ごめんね、海未」
「謝らなくていいです、兄さん。当たり前ですから、私は兄さんの妹なんですから……ちょっとジッとしててください、染みたら大変ですから。兄さんにさらに痛い思い、して欲しくないですから」
そう言っていつも持ち歩いてるカバンの中から消毒液と脱脂綿を取り出し、ぺたぺた僕の治療をしてくれる。
ありがと、海未……でもその消毒液、アルコール濃度やばくないかな? めちゃくちゃ染みるんだけど。
「え、何あんた? 私の邪魔するの? 正義の行いをしてる私の邪魔をするの? こんなゴミカスの肩もつの、あんたもゴミカスなの?」
「正義? 邪魔? ゴミカス? 何言ってるの、意味わかんない。慶太を殴るのの何が正義なのよ、それを止めて何が悪いの?」
そんな僕達兄妹を後目に、僕を助けてくれた梓はバチバチと火花を散らすように千尋と言い争う。あまりムキになりすぎないでね、梓。
「アハハ、お前もバカだな! こいつは生きてる価値のないクズだ、ゴミカス人間だよ? それを制裁して何が悪いんだ、私は世界に貢献してるんだぞ? こういうクズがいなくなれば、世界はもっと良くなる。だから私の行いは正義、そうでしょ? 何、もしかしてお前もクズなの? こいつと同じくらい、お前もクズなのか?」
「……はぁ? 慶太がクズ? ゴミカス? 生きてる価値ない? そんなわけないじゃん、何言ってるの? 慶太はそんなんじゃない、慶太はクズなんかじゃない! 優しくて、困ってる人は見過ごせなくて、カッコよくて……私も海未ちゃんも彩葉君も慶太がいないとダメなの、慶太の事大好きなの。それだけで生きてる価値、あると思うけど? ていうか生きてる価値のない人間なんてどこにもいないと思うけど?」
「ギャハハハ、何だそれ! お前こそ何言ってるんだ、頭湧いてんのか? こいつがカッコイイ? 優しい? どこがだよ、めんたまちゃんとついてますか?」
「……は?」
「こんなキモくて、ミナレット? とか言う底辺Vtubarが好きで、いつもへこへこしてるゴミをカッコいいとか大好きとか……アハハ、底辺のゴミカスの考えてることはわかんないな! ごめん、私が高貴過ぎてお前の言ってること何もわかんない! IQ違うと話通じないって本当なんだな! 一つだけわかるのは、お前もゴミクズって事! お前もあそこの女も全員クズだ! あんなゴミクズと一緒に居るなんてお前ら全員クズだな! ギャハハハ、クズの周りにはクズしか集まんないんだな!!!」
「……は? は?」
ギャハハハと大声で笑う千尋に、梓が向けるのは冷たい視線。
人を殺してしまいそうな、そんな冷たい目線で……ダメだよ、梓。手出しちゃダメ、梓がそんな事する必要ないんだから。絶対に自分が煽られたからって手出しちゃダメ……痛っ!?
「ちょ、兄さん動いちゃダメです! 痛みが増えます、もっと痛くなっちゃいます! 我慢してください、今は我慢です!」
「ごめん、でもこの消毒液凄い良い奴だから……痛いなぁ、痛いよぉ……」
消毒液めっちゃ染みるな、思ったよりダメージすごかったんだな。
我慢してたけど、だんだん強くなってくるな、痛み。
「……兄さんは偉いんですから、凄いんですから。こんなになるまで耐え続けて、痛いのに我慢して……本当に凄いです、やっぱり自慢の兄さんです。だからもうちょっと頑張ってください、兄さん。ここが踏ん張りどころです……梓さんも頑張れです」
「……ふふっ、そうだね、海未。梓も頑張ってくれてる、僕のために……だからもうちょっと頑張るね」
「……はい。頑張ってください、兄さん!」
今は動けないし、動いても邪魔になるけど。
でも応援は出来る……梓の事、応援は出来るから。頑張って、負けないで梓……間違っても手は出しちゃダメだよ。
そう思いながら、梓の方に目を移す。
相変わらず冷酷な目で千尋を見つめていて……でもその目はどこかさっきとは印象が違って。
「ギャハハハ、図星過ぎて何も言えないか、このクズ女! 自分の愚かさが分かったか、私との差をようやく理解したのか?」
「……ううん、違う。ちょっと呆れて物が言えなくなってただけ。そんなんだったんだな、って。大変だったな、って、慶太も」
「ギャハハハ、それは滑稽! 自分の愚かさに呆れたか、そのクズにも! この私に口答えするなんてホントバカでクズだよな! 素直に従って金づるになっていればいいものの……ホント愚かでクズだ! もちろんお前も! お前もクズだ、あんなクズと一緒に居るお前ももちろんクズ! 同類のゴミカスだ!!! 人間以下! 畜生は畜生同士、無様に生きればいいんだよ!!!」
「……何言ってるの? 呆れるわ、その思考回路。どうなればそうなるの?」
「おいおい、自虐はそこまでにしなよ! いくらクズでもそこまで自分を追い込む必要はないよ、反省はしなきゃだけど! 正しいとは言えそんなに自分を卑下するのはダメだと思うよ!!!」
「……何言っても無駄みたいだね、ちょっとだけ尊敬しちゃう。良い、よく聞きなさい……あんたの方がよっぽどクズよ、私たちより! 慶太も海未ちゃんもクズじゃない、全然クズじゃない! あんたが一番クズなんだから!!!」
ビシッと大迫力に指を差しながら。
真剣な目つきの梓が血走った目で勝ち誇り宣言をする千尋に向かってそう言って。
その言葉を聞いた千尋の表情がみるみる怒りに変わっていく。
「……ハァ? クズ? 私が? 何言ってるの、やっぱり意味わかんない……あのゴミも言ってたけど、どう見たらそうなるの? この私をどう見ればそうなるの?」
「全部、どこをどう見てもクズ! 自分の事を何も見ずに、人の事を乏しめて、傷てけて。自分がえらいと妄信して、自分以外はクズだって、自分に従わない奴は全員人間以下だって……そんな風に言う奴のどこがクズじゃないって言うのかしら? 私にはあなたの方がクズに見えるけど?」
「……おい! おいおいおい!!!」
「ふふっ、その顔にその声、もしかして図星だった? 自分でも自分の事、実はクズって思ってたんじゃないの? 当然よね、あなた本当にクズなんだから」
「……っつ!!! 許さない許さない許さない!!! 底辺のくせに、クズのくせに、私なんかの足元にも及ばないくせに!!! ゴミカスのくせに、私の事、私の事……!?」
「……!!!」
激しく身体を震わせながら、千尋が梓に向かっていった途端「パーン!」という大きくショッピングモール中に響く音が聞こえる。
「……痛いよ、痛いよ……こ、この私のほっぺに汚い手で……穢れ…………痛っ……助けて、痛い、痛いよ……怪我した、叩かれた……痛い、痛い、痛い……痛い、なんで私が、こんな奴に……痛い、痛いよ……」
「ごめん、我慢できなかった……でも、これは慶太の分だから。私の分じゃないから怒らないでよね、慶太の分だから」
思いっきり千尋の頬をビンタした梓が、そこを抑えながら涙目で色々言ってる千尋を無視して僕と海未の方を申し訳なさそうにそう言う。
『……!』
ありがと、梓……正直すごくスッキリした。手出しちゃダメ、なんて思ってたけど、でも……なんだかすごくスッキリした!
「痛い、死ぬ、助けて……お、おい、お前! な、何したかわかってるのか? こんなことして許されると思ってるのか? 痛い、痛いよぉ……痛いよぉ!」
「……慶太はもっと痛い思いしたんだけど。慶太だけじゃない、他の人も……あんたのせいで痛い思いした人、もっともっといるんだけど?」
「うるさい、そんなの関係あるか! 私はすごいんだぞ、お前達みたいなクズとは違うんだぞ! クズに何しても関係ないだろ、私はすごいんだから!!!」
「ここまで来て、それ……もうあんたに何言っても意味ないのはわかってるけど、これだけ言っとくね……世界はあんた中心に回ってない。クズとかゴミとか、生きてる価値ないとか……そんな事を頑張って生きてる他人に言う権利なんてどこにもない! Vtubarでも配信でもなんでも自分の好きな事を全力でやってる人をバカにするな!!! 全力で新しい事に挑戦してる人をバカにするな!!! 慶太にもう二度と関わるな、このバカ!!!」
梓の叫び声がまた大きく響く。
心からの叫びのような、そんな声が。
「……何だよ、なんだよなんなんなんだよ!!! 何なんだよ、何なんだよ! 私が世界で一番なんだ、私が一番すごいんだ! 私の思い通りに世界は進むんだ、私が、私が……」
「ちょっとお巡りさん早く! こっちこっち! こっちだって!!! 男の子がタコ殴りにされてたの、早く早く!!!」
「ちょ、待って君! こう言うのは警備員さんに言ってよ、まずは! 結局行かなきゃだけど、僕達一応捜査中の身でね」
「警備員さんいなかったんだもん! お巡りさんが一番頼れるもん!」
「そういや1階に人気アイドルが来てたような……っておーい! いたよ、あの子いたよ! いたじゃん、ここに!」
癇癪を起して、子供みたいに駄々をこねる千尋に向かって、連れてこられて警察官さんが驚いたように指を伸ばす。
「ね、君! あの子かい、タコ殴りにしてたのあの子かい?」
「うん、そう! でもなんか泣いてる、しかも人増えてる……なんで?」
「う~ん、それはわかんないけど……とにかくありがと、君! お手柄だよ! それじゃあ……こらこら~! 君たち、ケンカはダメだぞ!!!」
どこか抜けたような声で警察官さんが僕達の方に走ってくる。
その登場に千尋が歓喜した様に目を輝かせて、
「あ、お巡りさん! 助けて、こいつに叩かれた! こいつが私の事叩いた、私の事叩いた! 私の悪口言った、クズのくせに私の事バカにした!」
「そっかそっか……でもね、僕は君の方に用があるんだ! ちょっとお話、良いかな? 具体的には、取調室で」
でもその警察官さんの目は真剣で、千尋の方を悪を滅せるような視線でじっと見つめて。
「……なんで? 私に警察? なんで? ありえない、なんで私が? 逮捕されるのはこいつらでしょ、私は悪くない! 悪いのはこのゴミクズどもでしょ、私の事をバカにした!!!」
「……自分の心に確かめてみなよ。色々、思いつくはずだよ……もっとも確かめる心、ないかもだけど」
「え? え?」
「あーあー、聞こえますか……確保した、応援お願いしまーす……よし、これでOK。君には聞きたいことがいっぱいあるんだ、洗いざらい吐かしてあげるからね」
「……え?」
手錠をクルクル回しながら、脅すような笑顔で警察官さんがそう言った。
★★★
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