第57話 鈴木千尋
「私がお前の事金づるにしてやるって言ってるのに! お前みたいに人間失格のゴミクズに生きる役割与えてやるって言ってるのに! 口答えすんなよ、黙ってOKしろ! このクズが、奴隷が主人に逆らうのか!? あ!? 自分の身分考えろ、ゴミはゴミの身の程を弁えろよ!!!」
僕の足をギュッと掴んだ千尋が、地獄の底から聞こえる声みたいな、そんな怖くてどこかくぐもった声でそう言う。
プライドを傷つけられて、でもそれに縋るしかない亡霊のように血走った目でそう言って。
……ハァ。
「あのさぁ、千尋。僕もう帰りたいんだ、関わりたくないんだ。千尋の事、嫌いだからさ、全部わかったから。だからそう言うのやめて、本当に……」
「うるさいうるさい!!! お前は私に従えばいいんだ! クズのくせに、言い訳ばかりして! 私の話だけ聞けばいいんだよ、お前は! 底辺野郎が逆らうんじゃねえよ、お前は私の金づるでいればいいんだよ!!!」
「……こう言う事あんまり言いたくなかったけど、千尋はもっと自分の事ちゃんと見た方が良いよ? 今の状況、ちゃんとわかってる?」
「知るかよそんな事、私に口答えするなって何回言えばわかるんだよ、このゴミクズが!!! 私が金づるにしてやるって言ってんだ、私が直々にそう言ってるんだ! お前みたいなどうしようもないカスに生きがいをあげるんだぞ、この私が! お前の大好きな私がそう言ってあげてるんだぞ!!! なんで来ないんだよ、なんでだよ!!!」
いつの間にか騒動に巻き込まれまいとまばらになったショッピングモールの休憩スペースの中で。
必死に腕を振りながら、かすれたような声で千尋はそう言って……ハァ。
「何度も言うけど、僕は千尋の事もう好きじゃない。あの時は確かに好きだったけど、でも……全部気付いたし、それに今はもう他に好きな人もいるし、仲のいい人もいっぱいいる。だから大丈夫、そんな提案お断り……千尋が思ってるほど、僕はクズじゃないんから安心して。生きる役割もいきがいも自分で見つける、自分で見つけられるから」
「……アハハ、冗談キツイって、何自惚れてんだよ、バカじゃねえの? お前こそちゃんと自覚しろよ、自分がどうしようもないクズだってこと……お前と仲いい奴なんてどうせあの気持ち悪い女装男とバカな妹しかいないだろ? あんなしょうもない二人と仲良くして、現実も見ずに……そんなバカでゴミクズで人間以下なお前を助けてやるって言ってるんだぞ、私は救世主なんだぞ!?」
「彩葉と海未の事を悪く言うのはやめろ! 彩葉も海未もどんな時でもどんな時でも僕に優しくしてくれて、どんな時でも僕を見捨てないで一緒に居てくれて……あの二人こそ、僕の救世主だ。彩葉も海未も梓も良哉も……自分の都合でコロコロ態度を変えるやつを救世主なんて言わない。さっきの言葉、全部そのまま返してやる……千尋の方が僕よりも誰よりも下だ、自惚れないで現実見やがれ!」
「……何? なんて? なんて言ったの、あんた? 今私になんていった? おい、お前……この私になんていった?」
勇気を振り絞っていった僕の言葉に千尋の表情に青筋が浮かぶ。
「聞き間違えじゃない、な、何度でも言ってやる! 人の事言う前に自分の事ちゃんと見やがれ! 人を虐めて、人からお金を奪って、でも何も反省せずにまた同じ事を繰り返して……千尋の方が僕より下だ! そっちの方が僕らよりよっぽどなんだ!」
「……て、てめぇ!!! ふざけたことぬかしてんじゃねえ!!!」
「!?」
ピキッという何かがきれる音とともに感じたのは右頬への焼けるような痛み。
「……おい! 取り消せ! 取り消せ! 取り消せよ今の言葉! バカなこと言ってんじゃねえよ!!!」
不意打ちに思わずクラッとして倒れてしまった僕に、追撃するように飛んでくる右と左の両こぶし。ガンガンと鋭い痛みが両方の頬を襲って。
「おい、ふざけてんじゃねえぞ! 私がクズ? 私がお前と同じ? 何言ってるんだよ、頭イっちまったのかお前は? 私のような高潔で素晴らしい人間がお前たちと同じわけないだろ、そんなわけないだろ! 私は人の役に立ってんだよ、どうしようもないお前たちみたいな人間を助けてやってんだよ! お前達とは違う、口を慎めよ、このゴミカスが……おらぁ!!!」
「うっ……」
「アハハ、殴られるだけで何もできないか、やっぱりクズだな……ああ、なんか思い出したわ、お前の事。小学校の時私が掃除してあげてた汚いゴミじゃねえか、キモくてしょうもないゴミカスじゃねえか……まだ生きてたんだな、なんで死んでないんだお前? お前みたいなやつがいるから社会が腐るんだ、バカのお前でもわかるだろ? とっとと死ねよ、私たちのために! 私達みたいな人が気持ちよく生きられるように、金だけ渡してさっさと死ねよ! このゴミクズが!」
「……あうっ……」
「フハハハハハ、何も変わんねえな、お前はあの時から何も変わらない! ずっと無抵抗で殴られ続けて、情けない悲鳴だけ上げて! お前の悲鳴なんて誰も聞いちゃいねえよ、誰も興味ない! 世界は私みたいな素晴らしい人間を中心に回ってるの、あんたみたいな底辺はその辺で野垂れ死ぬのがお似合い。これが世界の心理なの、私とあんたが同列なんてありえない……ってゴミクズのあんたにはわかんないか! 脳みそ空っぽだもんね、私の事クズって言うなんて……アハハ、やっぱりお前は死んだ方が良いな!!! あはははははははは!!!」
「うぐ……」
狂ったような高笑いをショッピングモール内に響かせながら。
僕に馬乗りになった千尋はガンガンと本能のままに、罵声を浴びせながら顔を何度も殴りつける。
何度も何度も、強く強く殴りつけて、顔の痛みを感じなくなるくらいにガンガン殴られて。
「アハハ、アハハ! アハハハハ!!!」
「……」
「ギャハハハ、こんだけ抵抗しないってことは図星ってことだな! 図星だろ、そうなんだろ!!! 私の正論に何も言い返せなくて、それでお前は……」
「図星? それは違うそんなんじゃない!」
……図星なわけないだろ、そんなわけないだろ!
さっきからお前の言ってること何一つわかんない、世界はお前だけのものじゃないんだぞ!!!
「ハァ? 何言ってるんだ、お前? お前が底辺ゴミクズで私が神なのは事実だろ? 悔しかったら抵抗しろよ、出来ねえんだろ、図星だから!!! 私の言ってることが正しいから抵抗なんて出来ないんだろ!!!」
「……違う、そんなんじゃない。お前の言ってること、何一つわかんない、何も理解できない……お前の言ってること、僕には何もわかんない」
「ハァ!? 何が違うんだよ、全部正しいだろこのクズが、ゴミが、人間のクズが!!! これだから理解力の足りないゴミカスは困る、本当にバカだな、虫けら以下だな、お前は!!! オラオラオラ!!!」
そう言って飛んでくる再びの暴力の嵐。
痛くて辛くて、意識が飛びそうで……でも抵抗しちゃダメだ。こんなに屈しちゃダメだ。
「ギャハハハ、威勢良いこと言っといて抵抗しねえじゃねえか! やっぱり図星なんだろ、悔しいんだろ、本当の事言われて! 正直に言えよ、そうすれば私の金づるにして、一生私のために尽くさせてやる! ほら、正直に言え! 正直に図星です、まいりました、僕はクズです、千尋さまは聖人です、って……そう言えよ! なあ! なぁ! 早く!!!」
「……じゃあ正直に言ってやる。やっぱり僕が正しかった、僕が正解だった……お前に手出さなくて正解だ。手出したらお前と同格になっちゃう、お前と同じになってしまう……僕はお前みたいに落ちたくないから。お前と同格なんてまっぴらごめんだから!」
「……ハァ? 何言ってんの? バカなの、やっぱり虫けらなの? 落ちる? 私が? ハァ?」
「言った意味まんまだ。いつも自分中心で、気にくわないから手を出して自分の思い通りにして、それを何の悪にも思わない……そんな奴にはなりたくない。そんな人間には僕はなりたくない」
何が聖人だ、何が神だ……謝れ、全員に!
僕は屈しない、絶対に屈しない……非暴力は一番の武器だから!
「……ふざけんじゃねえ、ふざけんじゃねえぞ!!! お前、私が……ぶっ殺す! 絶対にぶっ殺す!!! やっぱりお前は生きてちゃいけない人間だ、絶対に殺す!!!」
ピキピキと青筋を立てて、思いっきり拳を握りしめて。
なすすべなくなった動物のように怒りに身を任せて、僕に向かってそれを大きく振り上げて……大丈夫、もう勝ってる。だから、この拳は……怖いけど、でも、歯を食いしばれば……
「ちょっと、何やってるの!!! 私の慶太に何やってるの、何なのあんた!!! 私の慶太に何したの!?」
「そうですよ、私の兄さんに何してるんですか! やめてください、離れてください! 私たちの兄さんに何してるんですか!!!」
歯を食いしばったけど、でもその拳は落ちてくることは無く。
「って、この子……慶太、よく頑張ったね! ここからは私たちに任して!」
「兄さん、こっちです! 兄さん、頑張りました! ゆっくり休みましょう!」
「……梓! 海未!」
おそるおそる痛みを感じなかった不思議と声の謎を解くため目を開くとそこには頼れる妹と友達の姿が……ありがと、本当に。
★★★
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