第56話 嫌い、大嫌い

「ねえ、あんたもう一度やり直そうよ! 私ともう一度、やり直そうよ!」

 真っ黒に濁った眼で、僕の方をギロっと睨んだ千尋がじりじりとゆっくり詰め寄ってくる。


「な、何!? どういう事、どうしたの? てか、なんでここに居るんだよ!」


「何って決まってるじゃない! あんたの事、探してたの! ずっと会いたかったから、もう一度やり直したくて……だから会いに来た。もう一度関係をやり直したくて、会いに来たのよ私は!」


「……意味わかんない、やっぱり意味わかんない。何言ってるの、どう言う事? 僕には全然理解できないんだけど」


「そのまんまの意味だよ、言った通りの意味! 私はあんたともう一度付き合ってあげるの、もう一度あんたの彼女になってあげる……まだ好きだよね、私の事? ずっと好きって言ってたし、まだ好きだよね? 私の事、大好きだよね!!! もう一度彼女になってほしいよね!!!」

 必死の形相で、でもどこか自信に満ち溢れた声で。

 ショッピングモール内に響くような大きな声で千尋がそう叫ぶ……めっちゃ注目集めてるな、今の僕。


 まあこんな美少女が僕みたいなやつにそんな事叫んでたら当然か……そんな的外れで意味不明な事。


「……ごめん、そんな事ない。千尋とやり直すとか、好きとか……そう言うの、もう考えられない。ごめんだけど、その願いは流石に聞けないな」

 そんな願い聞けるわけない、僕が千尋をまだ好き……そんなわけないじゃん、全部わかったんだから。

 全部全部わかった、僕と千尋の過去も全部……だから無理です、そんな願い。

 絶対に聞きません、僕を虐めて金づるにして……そんな奴の話聞けるか!


 でも、そんな話受け入れられないとばかりに千尋の顔に青筋がピクリと立つ。

「ハァ!? 何言ってるのあんた!? 意味わかんないんだけど、何の話? 誰と間違ってるの、それとも妄想!? あんた私にフラれておかしくなっちゃったの!?」


「違う、そんなんじゃない。普通に思い出したんだよ、千尋はわかんなくても良いけど、僕はちゃんとわかったからさ。だから普通にお断り、もう好きじゃないよ、千尋の事。それよりハメ撮りの件ちゃんと説明した方が良いんじゃない?」


「クズのくせ……あ、あんなの嘘に決まってる! あんなの違う、私に嫉妬した女の子がコラ画像作っただけ! 私があんなことするわけないじゃない、おバカさんだな、えっと……山梨は! もー、山梨……健太にだけは信じてほしくなかったな!」


「……」


「でもねぇ、このおバカなコラ画像本当だと思う人がいっぱいいてねぇ……それで、みんなに裏切られたの。みんなに裏切られて、濡れ衣でびちょびちょなのに私一人になっちゃって、怖くて……それでね、私やっと気づいたの。やっぱり私には清太しかいないって。清太が一番、私の事愛してくれたって、好きって言ってくれたって……それに私も雄太が一番だって。だからね、もう一度やり直そ? やり直そ、雄太?」

 甘えるような蕩けるような声で僕に縋る様にそう言ってきて。

 ぐいぐいと身体を近づけてくるその様子には昔の僕だったら絶対に逆らえなくて、お金でもなんでも差し出していただろう……でもね。


「……千尋、僕ね……」


「うん、恭太……私も恭太の事……!?」


「何度も言ってるけど、お断り! 僕が千尋の事好きになることは今後一切ない、ていうか関わりたくもない! 千尋とは絶対に関わりたくない!」

 縋ってきたその手を思いっきり払いのける。

 よく今さらそんな態度取れるな、この人! 面の皮どうなってるんだ!


「え、なんで? なんでなの、翔太!? 私が一番って言ってるんだよ、私が翔太と付き合ってあげるって言ってるんだよ!? 好きでしょ、私の事!? 大好きだよね、私の事!?」


「だーかーら! 好きじゃないって、千尋の事は! 全然好きじゃない、もう正直言うと嫌い! 千尋の事大嫌いだから! ていうか、好きとか言うならせめて名前くらい覚えてきなよ。僕は山梨でも健太でも清太でも雄太でも恭太でも翔太でもないよ……絶対本名なんて教えないけど、せめて人の名前くらい、ちゃんと覚えたらどうなの?」


「……っ、お前みたいなクズにそんな……って違う! そのそれは……ていうかあんた裏切るの!? 私の事好きって言ったじゃん、ずっと好きって言ってたじゃん……その言葉嘘だったの!? 私の事好きとか言ってたの嘘だったの、私の事裏切るの!?」


「裏切るも何も先に裏切ったのそっちじゃん、頭バイソンかよ。僕の事嫌いで気持ち悪くて、クズで、バカで金づるで……そんな風に言った言葉、僕は忘れてないよ? 裏切るなんて言葉使わないで……裏切ったんじゃない、まっとうに嫌いになったんだから」

 ちゃんと目が覚めてるんだ、僕は。

 好きって言ったのは嘘なんかじゃないよ、でも今は違う。僕はちゃんと千尋の事が嫌いなんだから。


「な、何いってんの、あんた? 意味わかんない、やっぱり意味わかんない……スキだろ、私の事? あんたは私の事、好きなんだろ?」


「何度も言う、嫌い。何度聞かれても変わらないからね、嫌いだから。もう関わらないで、僕に」

 そんな事を言われても、いまだに僕に縋りつこうとしてくる千尋をもう一度ちゃんと突き返す。

 もう帰って、僕は梓と海未と一緒に居るんだから……あの二人に千尋の事見せたくない。だから早く帰ってください。


「……なんだよ、クズのくせに、ゴミカスのくせに……私がいるから人間出来てたようなカスのくせに……なんだよ、あの態度、なんだよなんだよ……」


「ブツブツ言ってないでさ。もう帰って。ちゃんと謝ってきなよ、ハメ撮りの話」

 もう関わる必要もないし、僕がどこか行こうかな?

 海未と梓と合流しよ、そうしよう。千尋は……帰るでしょ、勝手に。


 そんな事を思って、帰ろうと脚を進めるとガシっとその足を掴まれる。


「……何? もう話すことないんだけど?」


「……うるさい、このクズが! 人間のクズのクズのくせに! ゴミカスのくせに! 私に口答えしてんじゃねぇ、私に逆らってんじゃねぇよ!!! お前みたいな底辺は黙って私の話聞けよ! ゴミクズのくせに何カッコつけてんだよ!!!」


「……?」


「私がお前の事金づるにしてやるって言ってるのに! お前みたいに人間失格のゴミクズに生きる役割与えてやるって言ってるのに! 口答えすんなよ、黙ってOKしろ! このクズが、奴隷が主人に逆らうのか!? あ!? 自分の身分考えろ、ゴミはゴミの身の程を弁えろよ!!!」



 ★★★

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