第45話 お前じゃないよな?

「兄さん、海未は今から学校に行きます。今日はクラスの用事がありますのでもう学校に行きます……兄さんと学校に行けないのは嫌ですが、でも仕方ないです」

 朝、いつもより早く準備を終えた海未が少し悔しそうに口をもにゅもにゅしながら、スカートのすそを絞る。


「ダメだよ、スカートそんなことしたら。中見えちゃったらどうすんのさ」


「別に兄さんだったらいいです。洗濯とかでよく見ていると思いますし、それに兄妹だから気にしません」


「僕は良いけど、学校の男の子とかに見られたら大変だよ。気をつけなよ、海未……それじゃあ学校、行ってらっしゃい」


「大丈夫です、そんな事お家以外でしません。それじゃあ行ってきます……ん」

 行ってきます、と言った海未だけど、その後少し足踏みをして僕の方へテトテトと酔ってくる。

 僕の目の前立つと、そのまま倒れこむように僕に抱き着いてきて。


「……海未? どうしたの?」


「エネルギーチャージです。今日は兄さんと一緒に学校に行けないので、兄さんを補充出来ないですから。だからここで補充しときます、兄さんの事ギューッてしてエネルギー補給します……ふふっ、兄さんの匂い、やっぱり安心します」

 小声でそう言いながら、僕の体に抱き着く力をさらにギュッと強める。

 匂いを嗅ぐようにすんすんと鼻を鳴らす。


「もう海未、くすぐったいよ。離れて、ダメだよもう高校生。しかもまだ朝、今日急がないとなんでしょ?」


「関係ないです、仲良し兄妹ならこれくらいします。海未と兄さんは仲良し兄妹なのでこれくらい当然です……海未は兄さんにもっとギュッとして欲しいです。もっと強く海未の事抱きしめて欲しいです」


「……しょうがないなぁ、今日だけだよ」

 ぶつぶつと可愛く言う海未に今回は折れて、海未の事をギュッと抱きしめる。

 小さな体はぽかぽか温かくて、やっぱりまだまだ子供で甘えん坊な海未だ。


「……えへへ、嬉しいです兄さん……えへへ」


「もうすりすりしないで。服が汚れちゃう」


「大丈夫です、海未はキレイですから……にへへ」

 嬉しそうに微笑みながらお腹に顔をこすりつける海未に少しため息をつきながら、僕はギュッと抱きしめ続けた。



 ☆


「おーい、慶太! 慶太! おはよう、今日は一緒に学校に行こう!」

 抱き着いてた海未が名残惜しそうに家を出てから数十分、僕も学校に行こうと家を出るとブロックの向こうから名前を呼ぶ声が聞こえる。


「その声は……彩葉? いやでも彩葉はこっち方面じゃないし気のせいかな?」


「気のせいじゃないよ、本当にボク! 今日はたまたまこっちの方に用事があったから慶太と一緒に学校行こうと思って! たまにはいいでしょ、たまには!」

 ひょこっとブロックの向こうから顔を出した彩葉が少し怒ったように顔を膨らませてそう言う。聞こえてるよ、冗談だよ冗談。


「もー、そう言うのダメ! それより早く学校行こ、なんだかボク、今日はちょっと嫌な予感がするんだ」


「何それ、どう言う事?」


「わかんないけど、ボクの勘がそう言ってるの! なんか嫌なことが起こるって言ってるの……もしやばいことが起こったら慶太がボクの事守ってよね!」


「……善処します」


「善処じゃなくて対処!」



「昨日ね、おじいちゃんがね、慶太の成績……ってあれ? なんか人だかりができてる、何だろう?」


「やめてよ、変なことするの。僕別に成績そんなに……ホントだ、何だろう?」

 色々話しながら学校へ向かっていると学校の校門近くにある掲示板のところにわらわらと人だかりができているのを見つける。

 何をしてるんだろう、なんて思って近づくとその視線が僕の方に一斉にギロっと集中して……え? 何々何?


「……なあ、慶ちゃん。これお前じゃないよな? これやったのお前じゃないよな? お前じゃないのは大体わかるけど、でも本当に違うよな?」


「な、何の話?」

 困惑する僕に掲示板の近くにいた友達がそう問いかけてくる。

 やったって何? 何の話?


「け、慶太何かしたの……?」


「し、知らないよ……彩葉は何か知ってる?」


「ううん、知らない……ねえねえ、岩部君慶太が何かやったの? 慶太悪いことした? それならボクの権力で……」


「簡単に権力使うんじゃないですよ、福永さん……ちょっと失礼。その慶ちゃん、一応警告しとく。衝撃的な画像で脳が破壊されるかもしれません、ご注意ください」


「ど、どう言う事だよそれ。なんか怖いな」


「まあ大丈夫だとは思うけど、一応ね……それじゃあこれが騒ぎの元凶です」

 そうボクに警告した友人は掲示板から写真を2~3枚ぺりぺりとはがすして見せてくる。


「……なっ!?」


「慶太見ちゃダメ! 慶太見ちゃダメ、不適切! なんてもの見せてるんだ岩部君は! 慶太ダメだよ、見ちゃダメ!!!」

 あわあわと慌てた様子の彩葉が背伸びしながら僕の目を覆い隠してくれるいけど、でも一瞬でその画像は目に焼き付いて。


「け、慶太見てないよね? 慶太見てないよね、大丈夫だよね!?」


「ごめん、見ちゃった……確かにこれは衝撃的だ……」


「だろ? その……大丈夫か?」


「う、うん、大丈夫……大丈夫だと思う、彩葉に目隠しされてるし、もう見えてないし」

 友人が持ってきた写真―そこには裸の千尋が男のアレを咥えているシーンと恍惚の表情でそれを挿れられているシーン……そしてその男をライターで炙っているシーンが写っていて。

 見るに堪えない、衝撃的なシーンが写っていて。


 男の方は加工されて顔は見えないようになってるけど、でもそれと交わっている女の方はどこからどう見ても千尋で、マジックがとけた今でも見間違えない、完全な美少女の千尋で。


「……これお前じゃないよな? お前がその……リベンジポルノ的な感じでばらまいたやつじゃないよな?」


「ち、違うよ千尋とはこんな写真撮ってないし! それに僕そんなに千尋の事恨んでないし、こんなことする理由がないし! だから僕は知らない、後彩葉そろそろ手離して欲しいな!」


「ダメ、慶太は見ちゃダメな写真だから!」

 そう言った彩葉は僕の目をさらにギュッと抑える。

 もう結構目が痛いんですけど……それと僕は本当にその写真知らない、そんなこと千尋がやってる、ってのも知らないです!


「そうか、わかった……でも慶ちゃんはここから離れた方が良いぜ。結構お前の事疑ってる人がたくさんいるからな」

 確かに目隠しされてるせいで見えないけど、でも肌で感じるくらいには視線が僕の方にビシビシ飛んでいて。

 これは色々大変だな、海未にも迷惑かかるかもだし


「OK,ありがと。それじゃあ僕は教室へ……彩葉、教室行くからそろそろ離して」


「ダメ、このまま教室行く!」


「なんのプレイだよ、恥ずかしいから離して! こっちの方が注目浴びるし!」


「むー、わかった! でも慶太、僕から離れないでよ、何かあったら大変だから! 悪い予感やっぱり的中しちゃった!」


「それは分かってる……教室までお世話になります、彩葉」

 僕を守る様に身体をくいっと入れてくる彩葉に少しの感謝を込めて、視線が突き刺さる教室までの道を歩く。


 しかし、あんな写真が出て……これからなんかやばいことが起こる気がするな。



 ☆


「ちょっと、何この写真!? なんなのこれ、ホント……で、デマだよ、悪質なコラだよ! ちょっとお前たち、何突っ立てんの早く回収しろよ! 私の悪いうわさが拡散したらどうすんだよ、こんなデマで!!! ふざけんなよ、お前たちなんで回収しねえんだよ! なんで弁明しないんだよ!!!」


「……デマじゃないでしょ、これ。鈴木さんじゃん、どう見ても。こんな精巧なコラ画像作れないよ。絶対あなたでしょ、鈴木さん」


「はあ、お前目腐ってんの? ふざけんなよ、私がこんな人間の底辺みたいなことするかよ、ちょっと考えりゃ分かんだろ? おい、お前ら何で何も言わねえんだよ、ふざけてんじゃねえぞ! お前たちの価値はこれくらいしかないだろ、早く弁明しろよ! おい、おいおい! お前らみたいな塵埃とこれまで仲良くしてやってたんだぞ、ここで私への恩返ししろよ、それくらい出来るだろ! そんなことも出来ないのか、お前ら無能は! 仲良くしてやってたのに、この私が!!!」


「……しないよ、そんな事。やっぱり鈴木さんそう言う人だったんだ……やっぱり無理だ、前から思ってたけどやっぱり無理だ。ごめんなさい、あなたに私はついていけません。そんな人の事悪く言ったり、人に暴力振るったり、挙句の果てに脅してるよね、金奪ってるよね、これ……そう言う人、嫌い。それに犯罪だよ、これ」


「私も無理だ……鈴木さん、やっぱり私たちの事見下してたんだね? そんな風に自分が一番で、自分以外はゴミだって。それで何しても良いと思って、人に悪口言って暴力振るって、金を奪い取って……そんな考えだとこういう時に頼れる人いなくなるよ……今みたいに」


「おい、何言ってんだよ、何言ってんだよお前ら……おい! おい!!!」



 ★★★

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