第35話 眠り姫(王子)彩葉
「兄さん、早く学校行きますよ。 準備してください、早く」
「ごめんごめん。先に言ってても良いんだよ、海未?」
「ダメです、海未は兄さんと一緒に学校に行きたいんです。だから早く準備を」
いつも通りの朝、僕は海未に急かされて、急ピッチで準備する。
梓と海未が再会して、また仲良くなってから数日が経った金曜日。
変わらない日常を僕たちは歩んでいた……千尋を意図的に避けるためにいろいろ協力をしてもらったり、梓と海未が頻繁に遊んでるとかそう言うちっちゃい変化はあるけどでも僕たちの日常はそう簡単に変化しない。
「……さん? 兄さん? 話聞いてますか?」
「え、あ、ごめん。聞いてなかった、何話してたの海未?」
「もう、兄さんは……今日梓さんとメロンパン、買いに行くんですよね? それ海未の分も買っておいてください、って話です」
少しほっぺを膨らませた海未がそう言って僕のわき腹をつんつんする。
なんだ、そんな話か……お安い御用だし、最初からそうするつもりだったよ!
「えへへ、ありがとうございます……それでは海未はこっちですので、兄さん頑張ってくださいね!」
「うん、海未も頑張ってね!」
とことこと僕とは別の方向に歩いていく可愛い妹にそうエールを送る。
変わらない、僕の日常。
☆
「ねえねえ、高梨君? 福永君どこにいるか知らない?」
放課後、さあメロンパン! と思っていたタイミングでクラスの図書委員、
福永、って……ああ、彩葉の事か。あいつもそういや図書委員だったな。
「ごめん、知らない。ていうか彩葉5時間目からいないし。あいつ何してんだろうね、マジで」
お昼ご飯食べて教室戻ったらいつもキャンキャン飛びかかるようにやってくる彩葉が今日はいなくて、ていうか午後の授業ずっといなくて。
別に寂しくはないけどなんか調子狂うって感じ。
「そっか……彼氏の高梨君ですら知らないってるとますますわかんないな。今日は図書委員会で図書館当番あるのに」
「そうだよね、何サボってる……って何て? 彼氏? 僕が?」
何か聞き捨てならないことが聞こえたので山田さんに聞き返す。
僕が彩葉の彼氏? んなあほな、どっちも男だし。
「ん、あ……ごめんごめん! 妄想と現実が一緒になってた! ごめんね、高梨君!」
「いや、良いけど……妄想?」
「うん、妄想……私がBL大好きなことは高梨君も知ってるでしょ?」
「いや、初めて聞いたけど」
というより山田さんと話したのも数回目くらいだし。
僕山田さんの事全然知らないわ、BL好きなんだね。
「うん、大好きなんだ、私! それでね、私よくクラスメイトでも妄想してるの、こんな関係あったらいいな、って!」
「お、おう……そ、そうですか」
「うん! それでね、色々考えたんだけどやっぱり慶太×彩葉が至高だな、って! このカップリングが最高やな! って!」
メガネの奥に見える目がキラキラ光る。
こ、これは何というか……やばそう。
「あ、うん、そ、そうですか……な、生ものは……」
「うん、そうだよ! 普段は福永君のペースで高梨君が引っ張られてる感あるけど、でもそう言う事する時はやっぱり高梨君の方が積極的にせめてせめて、福永君はしおらしく乙女チックになるの! 『おい、彩葉。いつもの威勢はどうしたんだよ、もっと言えよ? ほら、何が欲しいんだ。ちゃんと言ってくれないとわかんないよ、彩葉』『も、もうわかってるくせに慶太のばかぁ……け、慶太の(この後自主規制)』みたいな! くぅぅぅ、たまりませんわぁ!!!」
ペラペラと存在しない妄想を言い続けて最終的に悶絶を始める山田さん。
みんな見てるし、それに僕の前だよ、本人の前だよ! そんなやばい妄想本人の前で言わないでよ、彩葉に会いにくくなるじゃん!
「いやはや、すみません。私興奮するとこうなってしまうタイプだから……でもこれで福永君と本当に付き合うことになったら高梨君も嬉しいんじゃないの?」
「嬉しくないわ、男同士だぞ?」
「でも男同士でもやっぱりそう言うの嬉しいって古事記にもそう書いてあるし!」
「書いてないわ、何読んだのさ山田さんは……とにかく僕はそう言う趣味じゃないし、これからはこういう妄想言うのやめてよね、マジで。周りにそう思われても大変だし」
別に僕は普通の恋愛観の持ちぬしだからね、普段は。
だからBLとかはあんまり興味ないって言うか……あ、でもこれはちょっと気になるかも。
「ねえねえ、山田さん。ちょっと質問なんだけど」
「何ですか高梨君! なんでもお答えしますぞ!」
「おお、すごい勢い、近いよ山田さん……いや、僕も彩葉も良哉とも仲いいけど、そっちではそう言う妄想しないのかな、って」
別に妄想してほしいわけではないけどちょっと気になったって言うか。
僕と彩葉のそう言うのするなら彩葉と良哉とかでもありそうだな、って。
「りょりょりょ、良哉君!? 良哉君とはそんなことしないよ、そんな妄想しない! やっぱり慶彩が至高だから! そう言う別のは私的には邪道って言うか! だから良哉君ではしないよ、そんな妄想!」
何気なしに聞いた質問だけど、かなり面食らったように焦る山田さん。
まあ別にしないならいいんだけどさ、それに越したことないし。
「そ、そうだよね、大丈夫だよね! とにかく、福永君探して欲しいの、高梨君には! 図書委員会もあるから私はそっち行くけど、探すの手伝ってくれたら嬉しいな!」
「わかったよ、それくらいなら……あ、彩葉の代役とか大丈夫なの?」
「あ、それは大丈夫! 良哉君に頼んでるから……とにかく頼んだよ、高梨君! では!」
そう言ってギクシャクと図書館に向かって歩いていく山田さん。
どこか納得できないところもあったけど、まあ心配だし、彩葉を探すことにしようか、メロンパン梓には少し遅くなるって連絡しておこう……ところでなんで代役が良哉なの?
☆
「……マジで個々にいんの、彩葉?」
あの後、色々な人や先生から聞き込みを行った結果、彩葉は校舎裏の盛りみたいなところに居るんじゃないか、という話になった。
ここ人いるところ見たことないけど……本当にいるのかな?
そんなこんなで探索すること数分。
「……マジでいるじゃん、何やってんだよ彩葉」
別にいなくても僕は困らないし、と軽い気持ちで探していた僕の目の前に現れた緑色のハンモック、そのうえで気持ちよさそうに眠っている彩葉の姿……いやマジで何してんの?
「おーい、彩葉起きろ~! もう色々終わったし、委員会の時間だぞ~!」
「ん~、もうやめてよ慶太~。いくらボクが可愛いからってそんなところダメだよ~、触っちゃダメ!」
……こいつどんな夢見てんだ?
何というかさっき色々言われたせいでちょっと意識しちゃうんだけど……ダメダメ、早く起こさないと!
「ほら、起きろ! 彩葉、委員会! 委員会あるから、山田さん激おこだよ!」
「慶太、ダメ……あれぇ、慶太? どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもあるか! お前が授業サボって寝てるからだろ、もう委員会の時間だぞ! 早く起きて行くぞ、委員会!」
ゆさゆさとハンモックを揺らすと眠気眼をクルクルこすりながら彩葉が寝ぼけた声でそう言う。
早く起きろ、そうしないと山田さんおこだぞ!
「え~、もうそんな時間か、もうちょっと寝たかったな? ちなみに代役は誰がでてんの?」
「お前が出るのが正規なんだけどな……確か良哉がやってくれてるって」
「ふ~ん、そっか」
そう言うと起こした身体をもう一度ハンモックにゴロン……おいおいおい!
「彩葉! 何二度寝しようとしてるの、起きて委員会だろ!」
「ん~、良哉が代役なら僕行かない方が良いよ。だからもうちょっとお昼寝する……そうだ慶太も一緒に寝る? ハンモック気持ちいいよ?」
「嫌だよ、僕これから用事あるし。とにかく早く起きろよ、委員会活動だろ、サボっちゃダメだろ、校長の息子だろ、会長の孫だろ?」
「今、権力関係ないし。それに僕が行かない方が良いの……そういう所気づかないから慶太はにぶチンなんだよ。お昼寝も一緒にしてくれないし」
ふわぁぁとあくびしながら、そう言ってやっぱりコロンする彩葉……これ起きないな、山田さんにはごめんするか、嘘ついて。
「ったくもう、今回だけだぞ。あとでちゃんと謝っとくんだぞ」
「はーい、わかりました……そうだ慶太、明日の約束、覚えてる?」
ハンモックに背中を向けたまま、彩葉が聞いてくる。
覚えてるよ、もちろん。
「12時に駅前集合でしょ? またいつもの買いに行くの?」
「うん、そう……慶太明日のデート、楽しみだね!」
くるっと回転してそう僕の方にニッコリ笑顔。
「ああ、楽しみだな。遅れないようにこいよ~」
「むむむ、つれないな、慶太は……やっぱり放課後デートもしよう! 今日の放課後、一緒に遊ぼう、お昼寝してから一緒に遊ぼう!」
「だから今日は僕用事あるんだって。それに彩葉もサボりの身なんだからそう言うのダメ! 明日まで待ってて」
「むむむ……わかったよ! 僕はここで一人寂しく、お昼寝しまーす!」
ぷいっと不機嫌にそう言って、ンモックの上でくーくー寝始める彩葉。
ったく、自由人なんだから……取りあえず山田さんに報告だな、ちょっとだけ嘘、混じるけど。
★★★
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