川崎ちゃんは弟が多い

「たーかなし! なんしとんの!」

 ティラミスのちょっと特殊な材料を買いにいつものスーパーではなくてちょっと遠めの業務スーパーに向かって買い物中。

 いつもと少し違うけど、でも聞き覚えのある声とともに背中を勢いよく叩かれる……何?


「……なんだ、川崎ちゃんか。びっくりしたじゃん」


「お、それなら成功だ! ところで高梨、ここで何しとる?」

 振り返るとジャージ姿の川崎ちゃんがニヤリと八重歯を光らせてひらひら手を振っていた。何しとるって、買い物に決まってるでしょ。


「いや、私いつもここに来るけど高梨見たの初めてやかんね。だから何しとんかなー、って」


「あ、そう言う事ね。ちょっと特殊なスイーツ作ろうとしたからその材料の買い出しに来たんだ」

 いつものスーパーには多分あんなオシャレチーズ売ってないと思うし。

 だから遠くのスーパーにお買い物。


「ははーん、そう言う事ね。しっかしスイーツなんて……さすが高梨女子力高いな~!」

 てちてちと背中を叩きながら、相変わらずの笑顔で。

 川崎ちゃんはこう言う事も馬鹿にしないからなんか嬉しいね。


「ふふっ、ありがと。そう言う川崎ちゃんこそ夜ご飯の買い出しでしょ? 今日はさしずめ、餃子ってところですか?」


「おーおー、高梨、正解! だけど、女の子の買い物かご覗き見るのはあんまり感心せんよ!」


「アハハ、ごめんごめん」


「ふふっ、冗談冗談。餃子、弟たちと一緒に作るんや。餃子作るん楽しいみたいで普段は苦手なピーマンとかも材料に混ぜれば食べてくれるからな」

 優しい顔でかごの中身を見ながらそう言う。

 そう言えば川崎ちゃん弟が多い、って昔言ってたような。

 だから部活も入ってないし放課後も遊べないみたいな。


「うん、4人おる。中学生の双子と、小学生と幼稚園……うち親が劇団やってて忙しいけ、全然家おらんからな。ちびたちの面倒は私が見なあかんのよ、弟二人は野球で忙しいし」


「そっか、大変なんだね」


「あ、同情とかいらんよ、それなら金をくれ! 弟の面倒見るの楽しいし。そう言う高梨も親おらんかったやろ?」


「うちは海未も料理出来るし、それに親も劇団とかじゃなくて太陽の国でアミーゴしてるだけだし。そっちとは全然違うよ、こっちは楽ちんだよ。色々してて……ほんとすごいよ、川崎ちゃんは」

 だから弟の面倒とか見ながら学校行って色々してる川崎ちゃんはマジで凄いと思う。

 僕は海未に頼りっぱなしだし、こう言う事出来ないな。


「なんや、急に! そんな褒められると照れるやん、どうしたんや今日の高梨は! なんか変なもんでも食ったか?」


「食べてないよ、強いて言うなら今から食べるかな?」


「え、今から高梨が作るのってゲテモノなん? 特殊ってそう言う……」

 はっとしたような表情でこわーっと少し体を後ろにずらす川崎ちゃん。

 違うよ、特殊なのは元レシピの開発者の伏見さん。


「違う違う、普通のティラミスだよ。でも……」


「姉ちゃん! 姉ちゃん! 今日の餃子はお肉……って姉ちゃんが男とおる! しかも楽しそう! 彼氏や、こいつ姉ちゃんの彼氏や! なあ祐樹、こいつ姉ちゃんの彼氏や、あいさつし! 俺は智樹!」


「え、彼氏……ど、どうも祐樹です。お願いします」

 訂正しようとした僕の言葉を遮って、元気の良い子供の声が聞こえる。

 声のした方を見ると小さくてもわかるくらいに整った、どこか面影のある顔立ちをした小学生くらいの男の子が二人。

 僕の方を指さしてわーきゃー騒いでいる……彼氏云々は後で訂正するとしてまずは。


「ねえねえ、川崎ちゃん。この子たちが例の弟君たち?」


「せやけど、でもちゃうで! 智樹、祐樹、高梨は姉ちゃんの彼氏ちゃうで!」

 必死の形相で否定する川崎ちゃんに僕も頷くけど、でも二人はニヤニヤしたままで。


「はー、絶対彼氏や! 姉ちゃん見たことないくらい楽しそうやったもん!」


「……智くんが言うならそうなのかなぁ?」


「ちゃうで、全然ちゃうで! なあ、高梨?」


「……どうかなぁ?」


「高梨は否定せえや! ちゃうからね、全然ちゃうからね!」

 業務スーパーの中心に川崎ちゃんの大声が響いた。



 ☆


「……という事で、高梨はただのクラスメイトで友達。わかった?」


「なるほど、彼氏か!」


「ちゃう言うとるやろ! 高梨もなんか言うてや、こいつら納得せんよ!」

 買い物かご片手に弟君たちに説明していた川崎ちゃんが、僕の方を見てお願いしますと手を合わせる。


 こんな焦って困った川崎ちゃん見るの久しぶりかも……なんか新鮮で面白いな。

「ふふっ、どうでしょうか?」

 だから少しからかってみることにする。


「ほら、こう言ってる! この人もこう言ってるよ、姉ちゃん!」


「高梨!? あんたは即行で否定しなや! このままやとまずいで! あかんて、なんやそんなこと思てたんか高梨は?」

 僕の言葉に楽しそうに川崎ちゃんを指さす弟君と、絶望した様な顔を見せる川崎ちゃん……期待通り感ある顔で面白いけど、そろそろちゃんと話すか。


「アハハ、ごめんごめん。つい面白くて。という事で僕と川崎ちゃんはただのクラスメイトだよ、ずっと言ってるように。彼氏じゃなくて友達だよ、君たちのお姉ちゃんとは何もないよ」

 「ついじゃないわ! 冗談で言ったらダメな事やで!」ってぶーぶー言ってる川崎ちゃんの横にしゃがんで二人に説明する。


「えー、本当か? 本当に彼氏じゃないのか?」


「……本当、お兄ちゃん?」


「だからほんとやって! なんで智樹も祐樹も今日はそんな強情なんや!」

 川崎ちゃんの追撃もあるけど、でもあまり納得していないような二人の顔と声……でもでも誤解は解いちゃわないとね。


「うん、ホント。ほんとだよ、本当に何もない。だから安心して、えっと……」


「もう、さっき自己紹介したぞ! 俺は智樹! こっちは弟の祐樹!」


「どうも、よろしくです……」

 そう言ってぺこりとお辞儀する二人。

 なるほど、元気が良いのが智樹君、ちょっと静かで智樹君の後ろでオドオドしているのが祐樹君……OK,覚えた。


「よろしく、智樹君に祐樹君。僕は慶太だよ」


「よろしく、慶太、智樹でいいぞ! ところで慶太は姉ちゃんの彼氏なのか?」


「おい、智樹! ちゃんと話聞いとったんか? 姉ちゃんと高梨は何もないって!」


「そうそう、お姉ちゃんの言うとおり。僕とお姉ちゃんは何もないよ。さっき買い物中にあっただけだから、ただの友達だって」

 相変わらず元気よく聞いてくる智樹に同じように言う。

 ふふっ、小学生くらいだと思うけど、こういうところ無邪気で可愛いな。


「姉ちゃん必死過やけど、そうか、違うのか……ところで慶太! 質問がある」


「ふふっ、どうした智樹?」


「慶太は仮面ライダーは好きか?」

 自信満々の智樹が急に話を転換してそう聞いてきて……仮面ライダーか。今は見てないけど昔は結構好きだったな。色々集めてたし。


「そうか、それじゃあ一緒に来てくれ!」

 そう言うと、僕の手をグッと引いて、どこかへ連れて行こうとする。


「ちょ、何? どうしたの?」


「いいから! 少しついて来て!」


「……ん」


「……わかった。ごめんね、川崎ちゃん。ちょっとかご見てて」

 こんな小さな子たちに頼まれると断れないので、少し顔の赤い川崎ちゃんにごめん、と手を合わせて智樹たちに引っ張られるがままについていくことにした。




「……高梨、なんであんななつかれとる?」

 仲良くなるのは嬉しいけど、急になつきすぎやろ、智樹も祐樹も。

 それに彼氏とか……それは絶対ないけど!


 ★★★

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