第25話 ど、どんなちゅーだったんですか?

《梓視点の話です》


「となりどーしあなたと私さくらんぼ〜!」


「もう一回⋯⋯って違います、梓さん。こんなことしてる場合じゃないです。いえカラオケなので歌うのは当たり前ですし梓さんと歌うのも楽しいんですけど⋯⋯でも今日は梓さんと色々お話したかったんでした」

 私の足の間にちょこんとお人形さんみたいに座って、一緒にデュエットしていた海未ちゃんが急にはっ、と思い出したように私の方を振り返る。


 そう言えば海未ちゃん昨日の電話の時もそんなこと言ってた気がする……ん~、思い出してえらいね、海未ちゃんは! 慶太と同じくらいえらいよ!

 それに私の足の間にベストフィットで可愛いな海未ちゃんは本当に! 

 よ~し、そんなえらい海未ちゃんは私が頭なでなでしてあげるよ~!


「んっ、梓しゃん……んふふっ、兄さんほどではないですけど、梓さんもなでなでするの上手ですね。それに柔らかさとぷに感が凄いです、やっぱり梓さんは兄さんとは別ベクトルです」


「ありがと、海未ちゃん! 慶太と並べるなんて光栄だよ! という事でもうちょっとなでなでしてあげるよ~!」


「にへへ、ふわふわで柔らかで気持ちいいです……でも今日は梓さんにお聞きしたいこともありますので。なでなではここまでにしてください」

 ぷわっと気持ちよさそうに息を吐いた後、名残惜しそうに私の手をゆるゆるどける。


 う~ん、海未ちゃんの髪の毛さらさらで、慶太と同じ感じだからもっとなでなでしたかったけど、しょうがないか。


 私の手をどけた海未ちゃんが自分のほっぺを気合を入れるように小さな手でパンパン叩く。

「……ぺちぺち、こほん。という事で梓さん少しお聞きしたいんですけど……梓さんは昨日、兄さんとデート、したんですよね? 楽しそうな写真見せてもらいましたし、楽しい時間を過ごされたんですね」


「うん、過ごしたよ! めっちゃ楽しかったよ、慶太も楽しそうだったと思う! 少なくとも私は最高だった! 慶太と色々してさ……えへへ」

 昨日は慶太と一緒ですごく楽しかった!


 やっぱり慶太は優しくて色々思いやりがあって、可愛くて、カッコよくて……思い出しただけで、何回でもできちゃうよ、本当に。

 一方的だけど、キスもしちゃったし、その感触思い出しただけで……んっ、貰ったぬいぐるみ、びちょびちょにしない様に気をつけないと。


「……もう、梓さん。そんな蕩けた顔されたらこっちの方が恥ずかしくなっちゃいますよ。どんだけ楽しかったんですか、やっぱり少し嫉妬しちゃいます」


「ふぇ? そ、そんな顔してた、私……?」


「はい、されてましたよ、今もトロトロさんです……梓さん、兄さんの前以外でそんなだらしない顔しちゃダメです。そんな顔になるなんて兄さんとはどんなイチャイチャされたんですか、昨日は? 少しぷすっとはなりますけど、やっぱり気になります。梓さんと兄さんのイチャイチャ、海未は気になっちゃいます」

 はわわと少し焦ったような、恥ずかしそうな顔をしながら、海未ちゃんがそう聞いてくる。


 いちゃいちゃ、か……そう言えば、慶太とそう言う事、あんまり……

「……腕、組んだりとか?」


「腕組みですか、良いですね。私も何回かしましたけど、兄さんの腕は冷たいですけど安心します。兄さんと腕を組むと、色々当たって……こほん。そ、それに梓さんならおっぱい押し付けて……たぶらかしたんですね、兄さんを」


「た、たぶらかすって……へ、変な言い方しないでよ、海未ちゃん。確かに安心したし、嬉しかったけど、でもたぶらかすとかそういうネガティブなのでは……」


「ふふふ、すみません、冗談です。それに梓さんならたぶらかしてもいいですよ? 他にはどんなイチャイチャ話ありますか?」


「たぶらかすじゃなくて、好きになってもらうの……他にはね、クレープ食べて間接キスしちゃった、慶太と」

 あの時私はあれだったけど、慶太がドキドキ意識してて……えへへ、あの時の慶太も可愛かったな、本当に。

 それに私と間接キスするのにドキドキするって……慶太も私の事ちょっと意識してくれているのかな?


「間接キスですか、それに兄さんがドギマギ……海未とそう言う事しても何もドキドキとかせずにサッと食べるくせに……こほん。私も兄さんと間接キスくらいならしたことありますよ。それに私は兄さんと本当のちゅーもしたことありますからね……ちっちゃい頃ですけど」

 少し不満気にほっぺを膨らませた海未ちゃんがごにょごにょとそう言う……海未ちゃんは私を応援してくれてるのかライバル視してるのかどっちなんだろう?

 対抗してくる感じもあるけど、でも応援してくれて、けど昔の話で……ふふっ、やっぱり可愛いな、海未ちゃんは! ちゅーって言い方も可愛い!


「な、何するんですか、梓さん。今は海未の頭なでなで禁止警報出てますよ、ダメです。なでなで嬉しいですけど、今はしちゃダメです!」


「いや~、でもでも海未ちゃん可愛いもん! 海未ちゃん可愛すぎるから、私の手も止まらないみたいな~?」


「みゅ~、梓さん……で、でもこれじゃ話が進まないです、やっぱりぺっぺします。あんまり甘やかしすぎないでください、海未も大きくなってるんです……そ、そう言えば梓さんはどうなんですか? 海未は兄さんとちゃんとちゅーしたことありますけど、梓さんは間接キスまでですか? 海未は大人なのでちゅーしたことありますけど! 海未は兄さんとちゅーしたことありますけど!」


「ん、慶太とちゅー? あるよ……あっ」

 みゅ~と少し不満気な鳴き声の海未ちゃんが自慢げに昔のことを言ったので私も脊髄反射で昨日の事を……でも、これ言うとまずい……


「え、したんですか? 兄さんとちゅーしたんですか? え、ほほほ本当ですか?」

 ……かも、って考えが脳に送られる前に発せられた言葉に海未ちゃんがグイっと体を乗り出してものすごく驚いた顔をゼロ距離で見せる。


 え、海未ちゃん近い、可愛いまつ毛長い!

 そしてどうしよう、寝てる時に無理やり強引に慶太にしちゃった感じだから合法かって言われたら違法な事だよ、ずるいことだよ、どうしよう?


「え、本当にちゅー……でも兄さんそんな風には……でも梓さんが言って……ふええ? え、て言う事は梓んと兄さんはもう、でも兄さんそんな風には……」


「あ、海未ちゃん落ち着いて。そのキスしたって言ってもほっぺ、だから。ほっぺにちゅーだから!」

 うん、嘘は言ってない、ほっぺにしたから、間違いなく!


「ほ、ほっぺですか、ほっぺにちゅー……それでも十分です、すごくラブラブです、海未も大きくなってからはしてもらってないです、してないです……あ、梓さん!」


「な、何かな、海未ちゃん!」


「……その、どっちからちゅーしよ、って話になったんですか? ど、どんなしちゅえーしょんでちゅーしよ、ってなったんですか?」


「うえっ」

 少し悔しそうにでも純粋に気になるといった感じのキラキラした目で、私の方を見上げてくる。

 ……いや、その無理やり意識ない時にしたんです、電車の中で慶太が寝ちゃったからそれをいい機会と思ってほっぺにキスしたんです。だから慶太は知らないんです、全部私の中での完結作なんです。


「……梓さん? 梓さんどうかされましたか?」

 やっぱり純粋そうに私の方を見上げてくる海未ちゃん……ううっ、眩しいよ、嘘なんてつけないよ!

 でも正直に言ったら……けど、慶太に海未ちゃんが聞いたら嘘だってバレるもんな、こんな事。という事は私から言った方が良い、のかなぁ?


「う、海未ちゃんよく聞いてね!」


「……ど、どうしました梓さん。そんなに改まって」


「そ、そのキスの話なんですけど……」


「ラブラブってことですか? 兄さんのハート、キャッチしたって話ですか?」


「ううん、そうじゃなくてね……その、キスなんだけど、私が無理やりした」


「……ふぇっ?」

 海未ちゃんから気の抜けたような声が洩れる。

 ごめんね、ラブラブじゃないんだ、そして続きもあるんだ。


「無理やりしたんだ……寝てる慶太のほっぺに無理やり……だから慶太気づいてないんだ」


「ふぇふぇふぇ!? ふぇっ!? どどどどういうことですか!?」


「だ、だってしょうがないじゃん、慶太可愛かったし、私もずっと好きだったし、ずっと我慢してたんだし! それにデート帰りで、慰めデート帰りだったから……だからあんな無防備な寝顔にキスぐらいしても良いかなって……!」

 ぽやぽや焦る海未ちゃんに半ば逆ギレのような形で返してしまう。

 この返しは絶対によくないけど、でも慶太が好きなんだもん、しょうがないじゃん!


「……てことは梓さんは兄さんに無理やりというか、気づかれない様にキスした、ってことですか?」

 わなわなと震える海未ちゃんの言葉にコクリと首を縦に振る。

 その下げた頭に海未ちゃん渾身のデコピンが……!

「あうあっ!? う、海未ちゃん!?:


「……アウトです、ダメです、ずっこいです! 梓さんそれは許せません、看過できないことです!」

 痛みに顔を上げると、怒ったように顔を赤らめた海未ちゃんが私の方をギュッと狼みたいな怖い目で睨んでいた。


「ずっこいです、梓さん! 寝てる兄さんにそんなことするなんてずっこいです、私も我慢してるのに! 毎日兄さんの寝顔見てますけど我慢してるのに! 梓さんだけずるいです、ちゅーするなんてずっこいです!」


「ご、ごめんね、海未ちゃん……でも、久しぶりに慶太とデートして、それで……」


「久しぶりでもダメです、ずっこいことは許しません。正々堂々ちゅーしたなら怒りませんけど、こんなずるいちゅーを兄さん大好き海未としては見過ごせません!」

 噛みつくようにがぶがぶと口を大きく開けて、私に色々文句とかを言ってくる……ごめんなさい、ずるいのは自覚してます、でもでも!


「……正々堂々も出来ないし。恥ずかしいから好きともいえないし」


「……ダメですよ、梓さん、そんなんじゃ。正々堂々してください。ずっこ行ことする梓さんは好きじゃないです、今の話聞いて少し嫌いになりました」


「……ごめんね、海未ちゃん。その私はえっと……」


「……嘘です、嫌いにはなりません、大好きです。でも兄さんの方が梓さんより大好きですから……だから梓さんにも正々堂々としておいて欲しいです」


「……うん、そうだね」

 ぷいっと顔を背けて、もやもやとそう言う海未ちゃんに私は小さく頷くことしかできなかった。


 ★★★

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