第23話 よ、用事があるから!!!

「あ、梓、そろそろ機嫌直してよ。梓さん、僕が寝ちゃったのが悪かったからさ、だから梓、僕の方見てほしいな、そんな顔逸らしてないでよ」


「機嫌とかそんなんじゃないし、ハッピーだし。でも、さっきの……もう顔熱くてやばいもん……慶太のにぶちんばかちん……ぷいっ」

 電車から降りた後も梓は色づいた顔を隠すようにぷいっと僕とは逆方向を向いて顔を隠して、ブツブツと何かを言っているままで。

 もうすっかり暗くなってしまった少し賑やかな駅前で二人微妙な雰囲気で立ち尽くしていた。


 流石に寝ちゃったのまずかったかな、梓と話してる最中だったし……でもやっぱり梓とこんな感じになるの嫌だから。

 ちゃんと仲いいままでいたいし、今日は気合入れて料理作ってあげよう、梓の好きなもの!


「そうだ、梓は今日何食べたい? から揚げ? とんかつ? なんでも作るよ! 僕に任せて、梓の好きなもの何でも作るからさ!」


「……何でも? なんでも?」


「うん、何でも。めちゃくちゃ難しい料理は無理だけど、梓が食べたい! ってリクエストしてくれたらなるべく答えるつもりだよ! 僕結構、料理上手になったんだよ!」

 お父さんとお母さんがアミーゴしてからは海未と二人で家事をすることになったから。だから、海未の好物とか日ごろのバリエーションを増やすためにも結構いっぱい料理して、中学の時よりかなりスキルアップしたと思う!

 だから梓には期待して、そして機嫌も直して欲しい!


「……慶太のお料理、なんでも、それなら、でも今の状態じゃ……ふやっ、じぇったいダメダメになっちゃう、色々やばいから……絶対に慶太の事見れないし……」


「梓、そんなに焦らなくていいよ。ゆっくり決めればいいから、時間はたっぷりあるから」


「……どうしよう、どうしよう……そんなことしたら、でも……」

 相変わらずこっちは見てくれないけど、暗い中でもわかるくらいに耳を真っ赤にしながら梓がぐるぐると頭を刺激しうんうん唸る。

 ふふっ、すごい悩んでくれてるみたい……僕でもできる料理にして欲しいな、あんまり難しいのは勘弁です。


「……ぴやっ、やっぱダメダメ、海未ちゃんにも悪いし、心臓破裂しちゃいそうだし、ダメダメ……け、けいた!」

 ひとしきりぐるぐるを終えた梓が、やっぱりこっちを見ないで虚空に僕の名前を告げる。

 頑なに見ないじゃん、もう……声が嫌そうじゃないから千尋よりはあれだけど。


「もう、こっち見てよ、そろそろ。それで梓食べたいもの決まった? なんでもござれだよ?」


「うん、それなんだけど……その、今日はダメです。今日はダメになったんぽ!」


「……え?」


「あ、その……今日はダメだから。だから慶太、サヨナラ!!!」

 突然そう言ってそのまま闇に向かって走り出す……え、ちょっと待って。


「ちょっと梓、ストップ!」

 だから梓の細い腕をギュッと掴む。

 突然帰るのはずるいよ、せこいよ、わけわかんないよ!


「け、けいたぁ、だめぇ……は離して、女の子の腕突然握るとかダメだよ、ずるいよ、はなしてよぉ」


「ダメ、離さない。梓が突然逃げるのが悪いの、なんでか理由教えてよ」


「え、えっと、その、それは……ふええ」


「ふええ、じゃない、教えて。ダメになった理由教えてよ、勝手に帰らないでよ。今日はもっと、梓と一緒にいたいし」


「ふえっ!? な、何それ……にゅえ!?」

 掴んだ腕から伝わる心臓の音がさらに大きくなる。

 ビックリさせてるかもしれないけど、今日は梓と一緒に夜ご飯食べるつもりだったし、それにその後もずっと遊ぶ予定だったから。

 だから急に帰られると困るよ、その……本当に嫌われたかと思うじゃん。


「そそそそんな事ないよ! 慶太の事、嫌いなんて思ってないよ、思うわけないじゃん! む、むしろ……あ、な、何でもない、何でもない! 忘れて、忘れて! 取りあえず、慶太の事、嫌いとかじゃないから! お、怒ってもないから、ハッピーな気持ちだから!」

 心臓の音が段々早くなって、それに釣られるように梓の声も早く大きくなって。

 よかった、嫌われてないんだ、それだけ心配だったから。


「そっか、それなら良かった……じゃあ、なんでこれなくなったの?」


「えっと、それは……あ、お、お家の用事!」


「お家の用事?」


「そ、そう! お家の、お、お母さんが今日は色々して欲しいことがあるって言ってたの忘れてたから! だから、その……そう言うわけだから! だから、慶太、そういことで!」

 そう言って少し掴む力を緩めていた腕を強引に振りほどいて、梓がまた走り出す。

 そっか、家の用事か、ならしょうがないや……うん。


「待って、梓!」


「ふえっ、こ、今度は何、けいたぁ?」


「今日は楽しかったよ、ありがと! また遊ぼうね……後、僕の家にも絶対来てよね! 絶対に梓に美味しいご飯ごちそうするから!」


「……もう、慶太、もう……こっちこそありがと! 絶対にまた遊ぶから、絶対に慶太の家にもお邪魔するから、だから今は……バイバイ慶太! またね! 絶対慶太のとこ、言って見せるから!」

 そう言ってずっと後ろを向いていた梓がくるっと僕の方を振り向く。

 暗闇でよく見えなかったけど、でもその顔には満面の笑みが浮かんでいる気がした。



 ☆


「ただいま~! 海未、帰ったよ~!」


「ハァハァハァ……兄さん、お帰りなさい」

 家の扉を開けると今日も息を切らした梓が出迎えてくれる。

 もう、今日もGと戦ってたの?


「アハハ、まあ、そういう所です……あ、あれ? 梓さんは? 一緒に帰ってくる、って言ってませんでした?」

 アハハと誤魔化すように笑った海未がその後周りをキョロキョロしてキョトンと目を丸くする。

 さっきLIMEしてたもんね、裏切る形になって申し訳ない。


「ごめんね、なんか家の用事があるみたいで梓帰っちゃった。海未も会えるの楽しみにしてたでしょ? ごめんね、変に期待させちゃって」


「あ、そうなんですか……そう言う事なら仕方ないですね」


「うん、そう言う事……あ、でも今日の夜ご飯は予定通り僕が作るよ! 海未、何か食べたいものある?」


「……海未は焼きそばが食べたいです。兄さんといえば焼きそばですから、焼きそばが食べたいです」

 少し恥ずかしそうに唇を噛みながらそう言う海未。

 僕そんなに焼きそば作った覚えないんだけど?


「私の中ではそうなんです、大事な大事な思い出もありますから……だから焼きそばがいいんです!」


「そっか、そこまで言われると作らないとね。それじゃあ荷物だけ置いたら、準備するから待っててね!」


「はい、待ってます……んっ」

 そうはにかんだ海未がそのまま僕の胸にいつものようにぼすっと、抱き着くように綺麗にダイブ。

 いつも通りすっぽりと僕の体に収まる形になって。


「……海未、動けない。ご飯作れないよ。それに汗臭いでしょ、離れて」


「大丈夫です、いい匂いです……海未、今日一人でお留守番してて寂しかったです。兄さんがいなくて寂しかったです」


「海未?」


「それに梓さんだけずるいです……海未も兄さんとどこかお出かけしたいです。兄さんと一緒にどこか行きたいです」

 ギュッと服を握りしめながらか細い声でそう言って。

 ……もう、海未は相変わらずだな、本当に。

 前より加速してる気もするけど、相変わらず寂しがり屋で、甘えん坊な可愛い妹だ。


「ごめんね、一人で寂しい思いさせて……それじゃあ今から二人でお出かけ行く?」


「……え? い、今からですか!? そ、そのどこへ、まだ心の準備、それに服も何も可愛くないし……」


「もう、何焦ってるの海未。買い物だよ、焼きそばの材料、買わなきゃでしょ。海未がいてくれたら色々助かるし、だから海未について来て欲しいな、って思って」


「……もう兄さんは! 変な言い方しないでください、まったく! ついていきますけど、兄さんと一緒にお買い物したいですし! でもこの服はダメです、家着なのでダメです! 可愛くないので着替えてきます!」


「ふふっ、その服も可愛いと思うよ? よく似合ってるし」


「……そんなこと言ってもダメです、ダメダメです! そんなに褒めても何も出ませんし、私がダメだと言ってるんです、だから着替えます!」

 そう言ってギクシャクと階段を登って自分の部屋に戻る海未。

 僕もついでに荷物とかを置くために自分の部屋に向かうことにした。




「……もしもし、私です、海未です」



 ☆


 あー、失敗した失敗した失敗した失敗した!!!

 あそこまで慶太が誘ってくれることなんてめったにないじゃん、天文学的確率じゃん、フィーバータイム突入の奴じゃん!


 なんでそれを断るかな、バカなのかな私は!

 慶太がせっかく誘ってくれてるのに、一時の恥ずかしいという愚かな感情に支配されて、もっと大事なことを失うなんて……バカバカバカバカ、私のバカ、梓のバカ野郎! お父さんとお母さんにも言われたけど、本当にバカだよ私は!!!


 結構いい雰囲気だったじゃん、色々出来そうな雰囲気だったじゃん!

 それに今回は自分から手を出しておいて、自分で勝手に覚悟決めておいて、それで最後は恥ずかしいから、って誘いを断って……うわあ、最低だ、最低女だよ私は!

 何やってるの梓、バカじゃないの梓!


 ああやだやだやだ、自分が嫌い、あんなことして好きって言えない自分が嫌い、あそこで逃げちゃう自分が嫌い!

 でも今日の慶太は大好き、なんだかいつもより積極的でカッコよかった!

 最後に腕掴んで「もっと僕と一緒にいてよ」って……ああ、もう好き! ずっと一緒にいたい、何で断ったの私のバカ!!! 慶太好き!


「んっ、慶太、んっ、あっ、んんっ、けいたぁ……ふぁれ? 電話? だれぇ? けいたぁ?」

 ベッドに上で後悔と嬉しさの混じったいじいじころころをしていると、突然スマホが着信音を奏でだす。


 あ、もしかして慶太かな、我慢できなくて電話くれたのかな!

 ももも、もう、慶太はさみしがり屋だな、私の事慶太もさては好きだな!


「もしもし、あずさだよ! ど、どうしたの!」


「……ふふっ、楽しそうですね、梓さん。私です、海未です」

 電話の向こうからは慶太とは違う声、でも聞き覚えのあって面影のある女の子の声。


「う、うみちゃん? ど、どうしたの急に?」


「いえ、梓さんに用事があるんです……明日のお昼、駅前のカラオケ屋さんに来てください。そこで色々話したいことありますから」

 くすぐったいような抑揚の少ない声で、海未ちゃんが電話越しにそう言った。



 ★★★

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