第22話 今から僕の家来る?
お土産も買ってすっかり動物園を満喫した僕たちは、閉園時間も近いという事でそのままゲートをくぐって名残惜しいけど動物園を後にする。
すっかりと暗くなってしまった空が夜が近いことを告げていて……ていうかもう6時半だから夜と言えば夜なんだけ。
暗くなってしまった世界の中で隣の梓が体をくい―と猫のように気持ちよさそうに伸ばす。
「う~ん、動物園楽しかったね、慶太! お土産も買ったし貰えたし、最高の休日だよ、今日は! ありがとね、慶太!」
「本当に楽しかったね! こっちこそ、誘ってくれてありがと。本当に楽しい休日過ごせたよ!」
「えへへ、そう言ってもらえると誘った甲斐があるってもんですな! ところでところで、慶太さん! この後はどうする予定ですか? もう夜も近いですけど、夜ご飯はどうします? どっか外で食べる? それとも……?」
にへへと照れたように首を振った梓からくるのは夜ご飯のお誘い。
うーん、夜ご飯か……確かに食べに行っても良いんだけど、でもお昼遅かったしクレープも食べたし結構まだまだお腹はいい感じかも。
「え~、そう? 私はもう結構お腹ペコペコのペコちゃん気味なんだけど?」
「梓僕の倍くらい食べてる気がするけど? さっきもジェラート食べてたし」
「だーかーら、甘い物は別腹、カロリーも消費したってずっと言ってるでしょ! つまり今の私は何も食べていない腹ペコ状態なのです、お腹ぺコリーヌなんです!」
「なるほど、つまり大食いってことだね……でも僕はそんなにお腹空いてないんだよねぇ」
今から夜ご飯食べるほどお腹空いていないって言うか、まだ大丈夫って言うか。
だからどっかお店行っても多分そんな多くは食べられないって言うか……あ、そうだ。
「そうだ、梓。もしよければだけれど家来る? 何か作ってあげるよ、今日のお礼に」
「……はえ? 慶太の家? 今から?」
「うん、今から。ほら、久しぶりだから海未も喜ぶと思うし、僕の料理も結構進化してるんだよ?」
ほえっと目を丸くして聞いてくる梓に力こぶを作りながらそう答える。
そうだ、梓に久しぶりに僕の家に来てもらえば全部解決だ。
海未も梓にあえて喜ぶだろうし、梓も小腹をおやつで満たせるし、そして僕は……僕は料理作るから動きっぱなしだけど、でも作るの楽しいし、美味しいって言ってもらえると嬉しいし!
「え、えっと……その、今から慶太の家に行く、って事、だよね? そのお出かけの帰りに、そのまま慶太の家に行って夜ご飯食べて、その後しっぽり……って事、だよね? そのこのまま、えっと……って、ことだよね?」
「しっぽり……? わかんないけど、多分そう言う事だよ。ご飯食べた後もゆっくりしてていいよ、またあのゲームでもする、いつもやってたやつ」
「あ、うん、そうだね、そうだね……ドウシヨウキョウソウイウコトキタイシテカワイイノツケテキタシハイテキタツモリダケドケイタノオキニメスカナダイジョウブカナ、エッチナオンナノコトカオモワレナイカナ……ア、デモウミチャンイルジャンソンナコト、イヤウミチャンモイッショニマザッテムシロサンニンデソンナケイタダメダヨソンナトコエッチ……」
「……あ、あずさぁ? 大丈夫、どうかした?」
あわあわ焦ったような表情で、でも何かに期待するように聞いてきた梓が急に赤い顔を押さえてブツブツと小さく独り言を話し始める。
え、ちょっとどうしたの普通に怖いんだけどなんだか不気味なんだけど?
「え、あ、えああああ……ななな、何でもないよ! そ、その慶太はえ……いや、慶太の料理久しぶりに食べるし、楽しみだなぁって思って! その、海未ちゃんにも会えるし、それもすっごく楽しみだし! だからやっぱり慶太の家に行きたいな、って! 慶太の夜ご飯食べてそのあとしっぽりみんなでお楽しみタイムしたいな、ってそう言う事を考えていたわけですよ、決してやましいことを考えていたというわけではなくてですね! そう言う事です、これからの展望と楽しみについて頭の中でまとめて言葉にしてたんだ、うんそう言う事だよ、シャイニングレイ!」
パチパチと腕を叩きながら、少しうわずった早口の聞き取りづらい声でそうまくしたててくる。
半分くらいしかないよう聞き取れなかったけど……ま、まあ楽しみってことなのかな?
「そ、そう言う事だよ、そう言う事……あ、けけ慶太あそこにバナナジュースの専門店が来てるよ、絶対美味しい奴だよ! あ、あれ飲も、あれ飲んで帰ってお買い物してご飯食べてしっぽりしよ! ほら、飲むよ、あれ!」
そう言いながら、てってと黄色い屋根のキッチンカーに一目散で走っていく。
しっぽりって結局何? そしてバナナジュース専門店とは……色々聞きたいこともいっぱいあるけどまあいいや、バナナジュース僕も飲もう!
「OK,飲みましょう! そうだ、梓は夜何食べたいか考えといてね、リクエスト通り作るから!」
「え、それは……う、うん。考えとくよ、ちゃんと考えときます……その、明日も休みだし、今日は夜ご飯食べた後もいっぱい楽しもうね、慶太!」
「そうだね、海未と一緒にまた3人でゲームとかしよ!」
「……そうだね、慶太」
どこか寂しそうに梓がそう言って頷いた。
……ダメダメ、やっぱりダメだ! 慶太は絶対そう言うつもりで誘ってないし、つまり私が勝手にそう言う妄想してだから私がえっちな……でもでもでも! 3年以上我慢してるんだよ、慶太と出会って好きになったあの日から、告白できなかったあの日から……だから、そのデート帰りにあんな感じに誘われたら、その……期待しちゃうじゃん、そう言う事するかもって! 海未ちゃん交えてでもいいからそう言う事なのかな、って! いや良くないんだけど期待しちゃうじゃん、って話! そう言う事じゃないのは分かってるけど!
「ふふっ、梓、このバナナジュース美味しいね。ドロドロとろとろしていてねっとり美味しいね」
「……え、ドロドロねっとり……あ、そ、そうだね、美味しいね、甘くて最高!」
☆
ホームで濃厚ドロドロで美味しいバナナジュースを啜っていると帰りの電車がやってくる。
やっぱり空いていたその電車の席に座って色々梓とおしゃべりタイム。
「ね、ねえねえ、慶太は動物園何が一番楽しかった?」
「そうだね、やっぱりキリンの餌やりかな! あんなの初めてしたし、それに舌もなんだか不思議な感覚で気持ち良かったし!」
「えー、私はザラザラしてて結構ビックリしちゃったな、思いっきり舐められたし……あ、そうだ。貸してもらったハンカチは映画館のも含めてまた洗濯して返すから、安心してね」
「別に今返してもらってもいいよ?」
「ダメだよ、洗って返したいの……それに慶太が私の涙で変なことしても困るし!」
「変な事って何だよ、何するんだよ、それで……ふわぁぁぁ」
何もすることないでしょ、なんて考えていると口から大きなあくびがもれてしまう。
「もう、どうしたの慶太……もしかして眠たい?」
「うん、ちょっと眠たいかも……昨日も色々あって寝るの遅くなっちゃたし」
「ふふっ、それって楽しみだったって事?」
「うん、まあそんなところ」
本当は他にも色々要因あるけど、でもまたシスコンとか言われそうだし黙っておく。
僕の答えを聞いた梓がえへへ、と嬉しそうにに笑う。
「そっか、そんなに楽しみにしてくれてたんだ……でも、帰るまでがお出かけだからね! だから途中で寝るなんて許さないよ! 寝ちゃったらたとえ駅についても起こさないからね!」
「えー、それは困るよ。起こしてください、駅に着いたら」
「えへへ、どうしようかなぁ……まあそれはその時考えてあげる!」
バナナジュースのストローをガシガシ噛みながら、いたずらに微笑む梓の顔に絶対に眠ってやるもんか! と誓ったけど……でもしばらくガトンゴトンと電車に揺られている内に眠気が増して、そのまま意識がどこかへフェードアウトした。
☆
「……ふえっ!?」
ガタン、と首が大きく縦に振れる衝撃と痛みで目が覚める。
あれ、ちょっと記憶ない……あ、やばい、寝ちゃってたこれ?
「あ、梓……おはよう、でいい?」
「う、うん、おはよう! おはようだよ、慶太! 慶太ぐっすり眠ってたもん、すごい気持ちよさそうに眠ってたもん!」
窓際に顔をやってこっちを見ない梓が早口にそう答える。
確かにほっぺにも温かいけど冷たい跡があって……うわあ、最悪だ涎垂らしてるよ、みっともない寝方しちゃってるな、これ。
「そ、そうだよ、涎だよ、涎! 慶太涎垂らしてたよ、そんなに寝るなんてダメダメだよ、慶太! ダメダメダメだよ、慶太!」
「ごめんね、本当に、急に寝ちゃってさ……梓怒ってる?」
「ふぇ!? い、いや怒ってはないよ、怒ってはない……ううん、やっぱり怒ってる! 慶太が寝たせいだから怒ってるかもしれない! ぷんぷんかも!」
相変わらず窓の外を眺めたまま、梓が少し大きめの声でそう答えて。
外は暗いといってもまだ少しあかりはあって、だから梓の表情はうまくとらえることが出来なくて……でも、声からちょっと怒ってるのはわかる。
「ほんとにごめん、梓」
「あ、謝らなくて大丈夫! で、でもその……慶太のにぶばかちん。にぶばかちんなんだから……もう」
かたくなに僕の方を振り向かずにそう小さな声で罵倒してきて。
結局、自分達の最寄り駅に着くまで梓が僕の方を振り向いてくれることは無かった。
★★★
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