第19話 ご飯食べよう!
「うぐっ、ううっ、えぐっ……ううっ……あれ、けいたぁ?」
「ハンカチいるでしょ? めっちゃ涙出てるし、そんなに泣くとポップコーン塩辛くなっちゃうよ。使いなよ、僕のでよければ」
「ううっ、慶太ありがとう。それじゃあ、遠慮なく……うわぁぁん、ううう……」
エンドロールにスタッフさんの名前が流れても相変わらず大粒の涙を流してポップコーンをむしゃむしゃし続けていた梓にハンカチを渡すと、さらに涙の量を加速させる。
本当に最後の方からずっと涙してて……こんなに楽しんでくれるならこの映画作った池田監督って人も幸せだろうな、誰か知らないけど。
「ぐすっ、ぐすっ……」
「梓、もう立てる? もうちょっとかかりそう?」
「うぎゅ、もうちょっとかかる、もうちょっと待って欲しい……」
エンドロールが終わってしばらくたっても梓はハンカチで顔を押さえて席に座ったままで。
しょうがない、ちゃんと回復するまで待つか、しばらく上映もないだろうし。
「ぐしゅん、ぐしゅぐしゅ……」
明るくなった会場からは続々と人が出て行き、残っているのは僕たち二人だけになった……ふふっ、なんかこういう空間に残っているのなんか新鮮かも。
「確かに……ぐしゅ、終わって明るくなってしばらくいるのはじめてかも、ぐう……ごめんね、慶太。私のせいで待たしちゃって……」
「いいよ、いいよ、気にしなくて。いい映画に出会えたんだから、ちゃんと形で示さないと……それに今二人きりだからなんか映画館独占してるみたいでワクワクするし!」
「……そっか、二人きりだもんね……えへへ……それじゃあ、もうちょっと待っててね、慶太。もうちょっと、待ってて欲しい」
「うん、いつまでも待つよ。梓が泣き止むまで」
「……合ってるけど、なんか嫌だな、その言い方」
相変わらずハンカチに顔を埋めながら少し元気になった声でそう言う梓と一緒に、しばらく二人だけの映画館のシートに座り続けた。
☆
「いやー、お見苦しいとこ見せちゃってごめんなさいねぇ、慶太君! いやはや、ものすごい良い映画だったね、本当に!」
しばらくして復活した梓が、でへへと照れたように頭をかきながらそう言う。
レインボーラインもすごかったけど、こっちの映画も本当に面白かった、このシリーズすごく面白いね、本当に!
「でしょ、見てよかったでしょ! ねえねえ、ちょっと映画の感想語り合わない! もう色々話したいことあるんだけど!」
「うん、いいよ! でもここでしたらネタバレになっちゃうかもだから、別のところで、ね?」
「アハハ、そうだね、これから見る人もいるわけだし! という事で、どこか移動しましょうしましょう!」
興奮したように足を弾ませてルンルンと歩き出す。
少し危ないな、なんて思いながら時計を見ると時間は1時30分……結構いい時間だ。
「梓、もういい時間だしご飯にしない、これから。レストランとかなら、多分話しても問題ないし……梓はポップコーンいっぱい食べてたからお昼ご飯いらないか」
「いりますー、慶太のいじわる! 甘い物は別腹なの、だからご飯食べるのは大賛成! 慶太は何か食べたいものある?」
「一般的にポップコーンは甘い物に分類されないよ……そうだね、食べたいもの、食べたいもの……特にないかな? 梓が食べたいものでいいよ」
「むー、そう言う優柔不断なところ、慶太のダメなところだよ! 男の子なら率先して決めないと嫌われちゃうぞ! それに今日は慶太の慰めパーティーなわけだし……ほら、後ろに案内パネルあるじゃん、これ見て決めよ!」
少し怒ったようにほっぺを膨らませて、僕の後ろの案内パネルをピシッと指さす梓。
でも食べたいものって言われても特には……あ、これいいね。
「それならこのステーキのお店とかどう? 僕あんまりステーキ食べたことないから食べてみたいな~、って」
「おお、良いじゃんステーキ、私もお肉食べたいし! えっと、このお店は……一階だね! それじゃあ、一階へ急ぐぞ!」
「おー!」
拳を宙に振り上げた梓に合わせて僕も一緒に手を挙げる……梓、興奮しすぎだよ、映画の名残が凄いな、本当に。
「そりゃあ、面白かったもん、本当に! 私が特に好きなシーンはあの海外のシーン! あそこはもう色々演出とか神がかっていて……!」
「わかる、良かったよねあのシーン! もうあのシーンはずるいよね、もう色々重なりすぎて、すごい良かった! 他にもさ、父親の背中を見た子供が父親を超えるシーンとかも!」
「あのシーンも良かったよね! そう言うシーン、私弱いんだよね、だから涙止まらなくて! あとはあとは……!」
☆
パシャッ
「……ん?」
ステーキハウス内での白熱した映画の感想会にもひと段落ついて、お食事中。
なかなか嚙み切れない筋っこい肉に苦戦していたころ目の前からカメラの鳴る音が聞こえる。
「……ふふっ、慶太の変な顔の写真GETだぜ!」
顔を上げるとニヤニヤ笑顔の梓がスマホを構えて僕の方を見ていた。
向けられた画面にはステーキに苦戦して顔を歪める僕の姿が……ちょっと、なんで写真撮ってるの!?
「そりゃあ、慶太が面白い顔してたからね! こういう顔は撮りたくなりますよ!」
「やめてよ、勝手に写真撮るの、肖像権の侵害! だから消して、恥ずかしいよ!」
普通の写真ならまだしも僕めっちゃ変な顔してるし!
こんな写真絶対ヤダ、早く消して!
「だーめ、消しません! これは私のコレクションにします、私のものです……そうだ、この写真SNSとかで友達に共有しようかな? 良い反応返ってきそうだし!」
「それは絶対ダメだよ、全世界に僕の変顔が拡散されるじゃん! それだけは絶対ダメだって、流石に許せないよ!?」
「鍵垢だし、そんな影響力ないよ……でも大丈夫、SNSにはあげないよ。海未ちゃんにしか送らないから安心して!」
「海未にも送らないでよ、消してください、お願いします!」
「やーです! 絶対に消さないよーだ!」
ステーキの脂でドロドロになった口をニカっと開いて、ケラケラと楽しそうに笑う。
まったくもう……お返しに梓の隙アリ写真も撮ってやろうか?
「ふふっ、私には隙なんてないからそんな写真は撮れないよ、絶対! でも私の写真が撮りたいなら言ってくれたらいくらでも撮らせてあげるよ」
「いいよ、冗談だから。取りあえず、僕の写真悪用はしないでね」
「しないしない、悪用なんて! それより、慶太! 慶太は私の写真、撮りたくないの? ほら、こんな感じで……結構絵になってない?」
そう言いながら、ステーキを口に運びながら、上目遣いで僕を見上げる。
……いわゆる「彼女とデートなう」の構図で確かに絵にはなってるけど、でも。
「そう言う感じでいかにも撮ってください! みたいな瞬間は撮りたくないな」
「なんで、絵になってるんでしょ!? 写真撮ってよ、ドキドキしたでしょ!?」
「ドキドキはしてない。ほら、ステーキ冷めちゃうよ、早く食べよ」
「むむむー! 1枚くらいとってくれてもいいじゃん、慶太のケチ……って熱!?」
ぷりぷりと怒りながら、乱暴にステーキを口に放り込んで、熱さに舌をハフハフさせる……ふふっ、今はスマホ仕舞っちゃってるから撮れないけど、僕が撮りたいのはこういう瞬間だよ、梓。
☆
「ステーキ美味しかったね、熱かったけど!」
「そうだね、すごく美味しかった! やっぱりステーキはたまに食べるといいものですな!」
ステーキハウスから出て涼しいショッピングモール内、満足そうにお腹をさする梓に僕も同意する。ステーキってやっぱり美味しいや。
「ふふ~ん、そうだよね、毎日は飽きるけどたまになら最高! ふふっ、しょっぱいもの食べたらなんだか甘い物も食べたくなってきちゃった! ねえねえ、慶太食後のデザート食べない?」
「え、梓まだ食べるの? ポップコーンも食べたのに……梓ってそんなに食いしん坊さん?」
「違うし。別に食いしん坊じゃないし、普通だし、甘い物は別腹なだけだし……それに、映画のチケットの半券にクレープの半額券がついてるんだよ! 期限今日までだし、つかわにゃ損じゃない、これ?」
梓が言ったように自分の半券も確認すると、確かにクレープ半額券がひらひら後ろについている。
確かに使わなきゃ損だわ、これは。
「でしょでしょ! それじゃあ食後のスイーツタイムだよ、慶太! 早速クレープ屋さんにレッツゴーだ! 私このお店のイチゴのやつ気になってたんだよね!」
「OK,行こうか。でも梓、あれだけ食べた後で、ちゃんとクレープ食べきれるの?」
「大丈夫、甘い物は別腹だから! 慶太の分までペロッといっちゃうかもよ?」
きゅるんと可愛く舌なめずりしながら、梓がそう答える。
僕の分まで食べたらもうそれは怪物だよ、大食いファイターだよ。
「ん~、美味しいね、やっぱり! 食後のデザートは最高ですな、本当に!」
幸せそうにほっぺに手をやりながら、クレープを頬張る梓が目を細める。
ちゃんと半額で買えた梓のクレープは言ってた通りイチゴのやつ、僕は珍しい気がしたのでりんごのやつ……うん、美味しい! りんごのクレープとか初めて食べたけど、やっぱり美味しい!
「おかずクレープってのもあるし、クレープに合わない食材はないんだよ、可能性は無限大なんだよ、クレープの! クレープ最強!」
「確かにクレープには何入れてもいい気がするよね。そう言う意味では確かに再強化も」
「そうだよ、クレープは何でも美味しいからね……という事で慶太、りんごのクレープ一口頂戴! 私のいちごもあげるからさ!」
そう言いながら、グイっと体を乗り出して、クレープを眼前に突き出す。
甘い香りが鼻をさらに刺激する。
「……良いの、本当に?」
「いいよいいよ、りんごも食べてみたいし、慶太もいちご食べたいでしょ? だからほら、がぶっといっちゃって、がぶっと!」
僕にクレープを差し出してついでに僕の手からクレープを奪い取った梓がニコニコと楽しそうに笑う。
「……がぶっとはまずくない?」
「大丈夫だよ、私もがぶっといくし! クレープはがぶっと豪快にいかないと、本格的に楽しめないよ!」
口をパカっと大きく開けて、相変わらずのニコニコ笑顔で。
いや、でも……
「……がぶっと食べると……関節キスみたいになるからちょっとまずいと思うんだけど」
「……へ、間接キス? ……あ、ほんと、あ……」
僕の言葉に気づいたようにハッと顔を少し赤らめる梓。
うん、やっぱりその、友達とは言っても梓は女の子だし……はい、恥ずかしいです。
「そ、そうだよ! だから小分けにしない? ちょうどフォークもあるし、これで中身くりぬいて……」
「な、何言ってるの慶太は! かかか間接キスくらいで恥ずかしがるなんて慶太はまだまだ初心ですなぁ! わ、私はそんな事気にしないけど! そんな事気にする間柄じゃないと思うし、だから、その……あむっ!」
僕の提案を途中で切り上げて、早口で捲し上げてそのまま豪快にパクリ。
……梓が気にしてないなら僕も気にしちゃダメか。
僕と梓だし、それに僕だけ意識してたみたいでなんか恥ずかしいし!
少し躊躇しながらも、梓がした様に僕も豪快にがぶりと食らいつく。
イチゴ味のクレープは……安定に美味しいです、間接キスも気になりません、気にしません!
「ほ、ほらね、慶太! がぶっといったほうが美味しいでしょ! 間接キスなんて気にしないで! 慶太のやつも美味しかった、ありがとう!」
「うん、美味しいね。確かに気にしちゃ負けかも……ふふっ、梓、口の周りクリームまみれだよ」
「え、ホント……えへへ、ありがと、慶太」
りんごみたいにほっぺを赤くしながら、クリーミまみれの梓がはにかんだ。
……そう言えば、返ってきたクレープの方が間接キス感あるくない?
めっちゃ歯形ついてるし……これはちょっと気になるかも!
えへへ、慶太の歯形だ……ふふっ、慶太のだ!
間接キスか、慶太と……えへへ。
★★★
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