第18話 梓と映画館
【ミナちゃん今日は配信の時間早いね! お兄ちゃん大丈夫なの?】
【何かあった? お兄ちゃんとケンカした?】
【大丈夫? お兄ちゃんと何かあったの?】
……
配信を始めると、コメント欄には私の心配をする声が流れてくる。
こんなに心配してくれるなんて嬉しいですね……でも、そんなことは無いですよ、平気です。
「大丈夫、大丈夫、平気だよ! お兄ちゃんとはずっとラブラブだから……今日はお兄ちゃんが遊びに行ってるから早くから配信できるんだ! という事で穴党のみんな、一人寂しいミナの配信、聞いてくれるかな?」
☆
「あ……」
電車で20分、動物園のある駅にたどり着いたので早速向かおうとしていると、梓の足が駅の目の前のショッピングモールでぴたっと止まる。
「どうしたの、梓? なんかあった?」
「……慶太、動物園行く前にさ、映画、見て行かない?」
ジッとポスターを見つめた梓が少し決め顔でそう聞いてくる……何その顔?
「顔は良いじゃん、ちょっとしたかっただけだから……そうじゃなくてさ、慶太は昨日映画見た? あの金ローでやってた【レインボーライン】?」
「あ、見たよ! 面白かったよね、あの映画!」
結局海未と最後まであの映画は見て。
話題作で大ヒット作という触れ込みだったみたいだけど、それに違わず、かなり面白かった!
「お、良かった、見てたんだ! 良かったよね、あの映画! 主人公が覚醒して、ライバルを最後の最後で打ち破るんだけど怪我しちゃってさ……でもそれがまたいいって言うか、でも主人公の意志は続くというか……!」
「わかる、良かったよね、最後も! 何度も何度も挑むんだけど、その度に強敵に阻まれて、でも諦めなくて最後の最後に打ち破るって……本当に良かったよね、あれ!」
「わかる、すっごいわかる! それにさそれにさ、あのお姉ちゃんの演出も……こほん。アハハ、ちょっとテンション上がりすぎちゃったね、ごめんごめん」
キラキラした目で話し続けていた梓が、やりすぎた、って感じで恥ずかしそうにほっぺをかく。
全然大丈夫だよ、僕もあの映画の事ちょっと話したかったし。
「あ、そうなんだ、それなら良かった……それでさ、あの映画の続き? というかスピンオフ? みたいなのがさ、今公開されてるみたいなんだよ。だから地上波初放送だったんだけど……で、その映画がこれ!」
ビシッと後ろのポスターを指さす。
あの映画と同じ感じのテイストで作られたそのポスターには【黄金一族】の文字。
「この映画、レインボーラインと同じでかなり評価高いみたいなんだけど……どう? 一緒に見ない? ちょうど今から上映、あるみたいだし」
「……見ましょう、見ましょう! 絶対に面白いでしょ、こんなの!」
相変わらずの決め顔で聞いてきた梓に大きく首を縦に振る。
「よっしゃ、決まり!」という楽しそうな声がポスターに反響した……昨日から映画見てばっかりだな、僕。好きだから大満足だけど!
☆
「ん~? ん~?」
「……今度はどうしたの、梓?」
映画館に入ってチケットを買ってあと少しで映画が始まるぞ! ってタイミングで梓がキョロキョロ目を動かしながら首をひねる。
今度はどうしましたか、梓さん。
「ん~、ちょっとね……あ、あった売店発見! 慶太、ポップコーン食べよ、キャラメルポップコーン! 一番大きいLサイズ! ね、早く買いに行こ、買いに行こ!」
キョロキョロ動かしていた目線はぴたりと売店をとらえると、そのままキラキラ煌めく瞳に変わる。
そしてそのまま楽しそうにぴょんぴょんジャンプ。
なるほど、売店探してたのか。
確かに映画に色々セットは必要、でも、
「ポップコーンのLサイズは大きすぎない? お腹空いたの、梓?」
一人で食べるサイズじゃないでしょ、Lサイズは。
それに動きとかがなんだか子犬みたいでちょっと面白い。
「むー、そう言う事じゃないわん! ちがうわん! 映画にはポップコーンとコーラ、これが神器でしょ! それにここのポップコーンは甘くて美味しくていくらでも食べれちゃうから……慶太はポップコーンいっぱい食べる女の子は嫌い?」
「ふふっ、初めて聞かれたよそんな事。別に嫌いじゃないよ、むしろ好き。それに海未も昨日同じこと言ってたし。海未も映画見る時、ポップコーン食べるし」
「もー、また海未ちゃんの名前出してぇ~! 流石シスコン大魔神慶太だね! 兄妹仲が良くて羨ましいよ、シスコン大魔神は!」
「何その不名誉感あるあだ名。別に僕はそんなんじゃないよ、その呼び方やめて」
「どうだか、いっつも海未ちゃんの事気にしてるし仲いいし大好きだし……まあいいや、早く売店行こ! 慶太もジュースとか買うでしょ、一緒に行こうよ!」
そう言いながら、嬉しそうに手を振って歩き出す梓の隣を歩く。
売店は全然こんでなくてすっとレジまで行くことが出来た。
「ご注文はどうされますか? おすすめはこのホットドッグです!」
レジの中でニコニコ笑顔の店員さんがおすすめを教えてくれる。
よく教育されてるなぁ、すごいや。
「あ、それは大丈夫です、ありがとうございます。えっと、キャラメルポップコーンのLサイズと、後コーラのMサイズが2つ……」
「あ、コーラ一つをスプライトに変更してください」
「え、何で!?」
店員さんのおすすめをやんわりと断った梓の注文に割り込んで僕も注文すると、梓から驚愕の声が上がる。
そんな驚かなくても……なんでって言われてもスプライトの方が好きだからだけど。
「いや、さっき私言ったよね、コーラとポップコーンが神器だって! それに反するとは……貴様異教徒か!?」
「なんの宗教だよ、それ……良いじゃん、別に同じ炭酸なんだから。スプライトも美味しいよ?」
最近全然どこにも売ってないけど正直炭酸の中で一番好きだな、僕は。
「美味しいのは知ってるけど、良くないよ、戒律違反だよ! 映画はコーラ、聖書にもそう書いてある!」
「安っぽい聖書だね、それ。でもさ、その聖書、こうも書いてない? 『映画は好きなように見るのが一番楽しい』って」
「う、それは聖書の第3巻に書いてあるあり難きお言葉、それを言われると弱い……ううっ、わかりました、スプライト許可します! 異教徒に屈してるみたいでいやですが、許可してあげます!」
「おー、ありがとう……という事で、長々と茶番すみません。コーラとスプライト1つずつでお願いします」
少し不満顔で許可してくれた梓にぺこりと頭を下げて、もう一度店員さんに注文をする。
少しひきつった笑みで「かしこまりました!」と答えてくれて……うん、やっぱり教育が凄いや、この映画館。
「うー、スプライト、異教徒……」
「まだ言ってるよ、スプライト美味しいよ。飲んだら絶対考え変わるし」
「変わらないし、我らはコーラとポップコーン教なので!」
なんだその空飛ぶスパゲティ・モンスター教みたいな宗教は。
☆
「おー、ふかふかだねぇ! やっぱり映画館のシートは最高だ、ちょっと眠たくなっちゃう! これは異教徒も包み込んでくれるね!」
「梓、シー。上映前だけど、大きい声出すと怒られちゃうかもだよ」
大きなポップコーンを抱えながら興奮した様にポンポンと座席を叩く梓に唇に指をやって注意をすると「にへへ、ごめん」という蕩けた笑顔が返ってくる。
まったく……映画館のシートがふかふかなのはすごくわかるけど。
「にへへ、ごめん、ごめん……そうだ、ポップコーン置くとこあるかな?」
「梓が食べるんだから抱えてたら? 一人で食べる女の子も嫌いじゃないし好きだよ、僕は良いから一人で食べなよ、梓」
「……不意打ちはやめてよ、もう……こんな量一人で食べられませんし、それじゃ映画の邪魔になるし。それに慶太も食べたいでしょ、キャラメルポップコーン? 異教徒でも食べたいでしょ?」
「うん、食べたい」
こんな甘くていい香りが隣からしてたらお腹空くし。
だから普通に食べたいです、たとえ梓のものでも。
「めっちゃ素直じゃん、今日の慶太……そうでしょそうでしょ。だから置くとこあればシェアできるんだけど……ここは戒律違反のスプライト置くところだし……」
「普通にここ使えばいいんじゃないかな? 僕の右側のとこ、ここじゃないと僕も食べられないし」
「いや、でもそこは慶太がジュース置くところでしょ?」
「大丈夫、大丈夫! 僕はこっち側置くからさ」
「……それ、隣の席の人が置くところじゃないの?」
「大丈夫、隣の人いないみたいだし。だから、ここに置いてシェアしよ?」
「ふふっ、そんなこと言うなんて慶太もワルだねぇ……わかった、そうしようか。ここならシェアできるし、取りやすいし!」
ポーンとポップコーンを置くと、ふわっと漂うんキャラメルの香り。
ああ、これはいけません、自然に手が伸びてしまいます……うん、美味しい、いつもの味!
「ふふっ。さっそく慶太食べてるじゃん! それじゃあ私もいただきます……ふふっ、相変わらず美味しいね、映画館で食べるポップコーン。家で食べるより何倍も美味しい。なんでだろうね?」
「ふふっ、なんでだろうね……あ、新作の予告始まった。僕これ見るの、結構好き」
「あ、私も。映画の予告って見てるだけどワクワクするよね、それが大スクリーンならなおさら! でも、映画館で予告を見た映画をちゃんと映画館で見たことない気がする!」
「あ、それ分かる。面白そう、って思うけど見に行かなくて、1年後とかにテレビで見た時に『あ、これ予告だけ見た!』って」
「あ、すっごいわかる、それ! でっかいスクリーンで見るからそれで見て満足しちゃうのかな、だから見に行かない的な……でもさ、この予告の映画すごく面白そうじゃない? アクションも派手でさ、俳優さんもCGもカッコいいし……ねえねえ、もし覚えてたらこの映画、一緒に見に行かない? もちろん、この映画館で!」
「お、良いね……でも本編みおわったらこの予告のタイトル忘れてそう」
「確かに、映画本編の印象の方が強いもんね……でもさ、映画泥棒は絶対に忘れないよね、なぜか上映終わっても覚えてる」
スクリーンの中でぬるぬる動く映画泥棒を見ながら梓がクスクス笑ってそう言う。
確かに映画泥棒の印象はどこでも強い……ていうか最近の映画泥棒凄いね、壁蹴り移動とかパルクールとかしてるじゃん、すごいなこの中の人。
「子供のころは映画館でチューチュートレインしてるだけだったのに……成長したね、映画泥棒も!」
「……誰目線なのさ、それ」
そんな他愛の話とか、予告とか広告にツッコミを入れながら楽しく話し続けて。
「それでさ、あのライオンなんだけど……」
「あ、梓、シー。証明落ちた、そろそろ映画始まるよ」
「あ、そうだね……もうちょっと話したかったけど、でも映画も楽しみだ!」
暗闇でもわかるくらいに大きく笑みを浮かべて僕の方を向いていた梓がくるっと回転し、ワクワクした目でスクリーンを見つめる。
「……ふふっ」
「ん、どうしたの、慶太? 何かあった?」
「いや……映画見る時って、普通こうだよな、って思ってね」
「ふふっ、何それ、どう言う事?」
「どう言う事でも……あ、映画始まった、スクリーン集中だよ、梓」
「もう、教えてくれてもいいじゃん、ケチ……でも、今は映画に集中だ」
スクリーンに映し出される荒波、そして走り出す馬の姿、隣を見れば梓。
……なんか隣に人がいるだけで、楽しいな、映画は。
主人公が海外から帰ってきて映画も最終版に差し掛かる。
「うぐっ、えぐっ、うぐっ……」
映画の中でも誰かが泣く声が聞こえるけど、より鮮明に隣からそれは聞こえる。
「良かった、良かった……えぐっ、ううっ……うう、良かったねぇ……」
隣を見ると、ボロボロと感動の涙を流した梓が、胸に抱えたポップコーンを絶え間なく口に運んでいた。
もう、食べるかなくかどっちかにしなよ、ポップコーン塩辛くなるよ……でも何だかすごく梓らしいな、これ。
なんだか僕までもらい泣きしそう。
「うぐっ、うっっ……良かったねぇ、良かったねぇ……えぐっ……」
★★★
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