第2章

第17話 梓とお出かけ!

 バクシンバクシンバクシン! バクシンバクシンバクシン! バクシンバクシンバクシンシーン!

「……もう朝……8時か、そろそろ起きよっと」

 朝日が燦燦入って眩しい部屋の中で、いつもより少し遅めに設定したアラームを止めて、ベッドの上で大きく伸びをする。


 結局金ローのあともう一本海未と一緒に映画を見て、昨日眠ったのは深夜の2時前。


 今日は土曜日だからもう少し寝ていたいけど、でも梓と10時半からお出かけの予定があるし。

 だから少し早起き、着替えて朝ごはん食べて気合つけてお出かけだ!


 という事でまずはパジャマを着替えて……ちょっと服装悩むな。

 どんな服が良いかな~、良いかな~?



 ☆


 部屋を出て階段を降りると鼻をふんわりと通り抜ける味噌汁の良い香り。

「海未、おはよう。昨日遅かったのに早起きだね」


「おはようございます、兄さん。兄さんが起きるのが遅いんですよ、休みの日だからってお寝坊はダメです。朝ごはんもう出来てますよ、早く着替えて顔洗って……って、もう着替えてるんですね。今日の兄さんはなんだか仕事が早い気がします」

 いつも通り可愛いうさぎエプロンを着けた海未が、ご飯をお茶碗によそいながら、僕の方をジーっと見つめてくる。


 まあ、今日は梓とお出かけもあるし……って海未さん? なぜそんなにジーっと見つめてくるのでしょうか? 少し照れちゃうのですが。


「……あ、すみません兄さん。ちょっと気になりまして……うむうむ、72点です」


「7,72点?」

 何その数字?

 何ですか、僕の兄としての出来具合とかですか?


「そんなんじゃないです、兄さんは100点満点です、120点です……そうじゃなくて、今日の兄さんの服装です。今日の兄さんの服装が72点だ、って言ってるんです」

 クスクスと小さい笑みを浮かべ、僕の服をしゃもじで指しながらそう言う。


 結局数分悩んで選んだ服装は黒いジャケットに白いシャツ、それにいつものジーパン……普通通り、悪くないコーデだと思うけどな?


「普通だからダメなんです、だから72点なんです。全く、今日は梓さんとお出かけなんですよね、もっとおしゃれしてください」


「梓とお出かけっていつもこんな感じだし、それに自然体が……」


「ダメです、おしゃれしてください。という事で兄さんの服装は後で海未が見繕ってあげます、海未のセンスに委ねられてください。取りあえず、顔洗って朝ごはんにしましょう、話はそこからです。朝ごはん食べて頭シャキッとしましょう」


「……はーい」

 しゃもじをクルクル振る海未の何とも言えない迫力に気おされたので、言われたとおりに洗面所へ行って顔を洗う。


「う~ん? 別に悪くないと思うけどなぁ?」

 姿見で全身を見てもやっぱりそこまで悪いとは思えない……いや、悪くないで終わるからダメなのかな?



 ☆


「それでは兄さん、いってらっしゃいませ。海未は今日1日お留守番していますので、存分に楽しんできてくださいね」

 現役JK妹のセンスにお任せください、と言われては何も言えず、海未の選んだ服装に着替えてお出かけの時間。


 玄関で両手に石を持った海未にニコニコとそう送り出される……何その石?

「これは切り火です、魔よけ効果があるそうです。兄さんに変なことが起こらない様にカチカチしておきます」


「あ、なんか時代劇とかで見たことある気がする」


「はい、江戸時代の時の文化ですから。という事でカチカチしますね」

 そう言って石同士をカチカチこすり合わせる。

 ちょっとだけ火花があがったような気がしたけど、まあ普通に石のこすれる音が響いて。


「はい、これで魔よけ終了です、兄さんはこれで平和に1日過ごせるはずです」


「ありがとう、海未。それじゃあ行ってくるね、留守番頼んだよ」


「はい、頼まれました。兄さんも絶対に楽しんで帰ってきてくださいね。楽しい思い出話、いっぱい聞かせてください」


「うん、たくさん聞かせてあげる」


「楽しみにしてますね。それではいってらっしゃいませ、兄さん」

 笑顔で石をカチカチする海未に見送られ、待ち合わせ場所の駅に向かって歩き出す。

 久しぶりのお出かけ、楽しまないとね、今日は!




 ……兄さん行きましたかね?

 今日は梓さんとのデート、楽しめればいいですが。

 それじゃあ私は時間もあるので……ミナレットちゃんに変身して、またあの世界に飛び込みますか!



 ☆


 午前10時28分、梓に指定された駅の前。

 土曜日の中途半端な時間という事でそこまで人は多くなく、太陽も陰ってそれなりに快適な空間。


 良い感じの天気だし、ここで梓の事を……

「だーれだ?」

 待とうかな、なんて考えていると急に視界が真っ暗な闇で覆われ、耳元に聞き覚えのある声がくすぐったく囁かれる。


「……どこから言ってほしい?」


「ん~、どこからかなぁ……そうだ、まずは私の好きな食べ物は何でしょうか!」


「甘い物全般が好き。その中でもロールケーキとシュークリーム、それにチョコアイスが好き……って言ってるけど、本当に一番好きなのはから揚げ。というか甘い物みたいな可愛いのも好きだけど、揚げ物みたいながっつりしたのも好きだよね」


「おー、正解! 流石だねぇ、慶太は! 私の最近のお気に入りはローソンの新作シュークリームだよ、チーズケーキみたいな味がするの! じゃあじゃあ、次は私の好きなスポーツはなんでしょう?」


「中学の時はテニス部だったけど、本当に好きなのは野球。昔一緒にプロ野球見に行ったことあるし、生粋の阪神ファンだよね。高校野球も好きだし、野球部のマネージャーとかすればよかったのに」


「正解、正解! マネージャーは自分の時間が少なくなるから嫌でーす……それじゃあ次が最後の質問にするね。そ、その……慶太は私の寝る時の服装とか、覚えてる、かな?」

 少し恥ずかしそうに、熱っぽく耳元に囁かれる声。

 何その質問、何その声……いや、覚えてるけどさ。


「今は知らないけど、中学の時は猫耳モフモフパーカーだったよね、3人でお揃い買ったやつ。あったかいのに夏でも着れる万能パジャマ。僕は恥ずかしいからあんまり着ないけど」


「ふふっ、正解……私は今でもあれ、着てるよ。慶太とお揃いだから」


「あ、そうなんだ……そろそろ冬だし、着てみようかな?」


「うん、着てみて、結構いいから……な、なんか変な感じになったけどこれで質問終わり! それじゃあ私は誰でしょう! 私の名前を答えてください! ここまでヒント出したらわかるよね、慶太でも!」

 ちょっとわちゃわちゃ声を反転させながら、それでも自信満々に胸を張るような声で聞いてくる。


 ふふ、最初から分かってるよ、そんなの。正解は……

「高梨海未、でしょ? 僕の妹の」

 ……


「……お兄ちゃん、私ですよ。確かに私は海未ですよー、お兄ちゃん」


「あれ? 海未は僕の事、お兄ちゃんなんて呼ばないけどな?」


「……もう、わかってるでしょ、慶太! そんないじわるしないで早く答えてよ、もう!」


「アハハ、ごめんごめん。ちょっと仕返し、急に視界奪われたから……という事で正解は梓、東海林梓。誕生日は9月17日で、血液型は……」


「なんで詳細なプロフィール!? でも正解、もっとすっと答えてよね、慶太……急にだーれだ、なんてしたのは悪かったけどさ」

 ぷりぷり怒ったような、どこか安心したような声とともに闇に覆われていた視界が解放されて、その端から見慣れた女の子がぴょこっと顔を出す。


「お互い様だね、それじゃあ……という事でおはよ、梓。今日はよろしくね」


「うん、お互い様。よろしく、慶太……でもでも、海未ちゃんと間違えるのはあまり感心しないな! シスコンみたいでちょっとあれだよ、慶太!」

 バカにするようにニヤニヤと真っ白な……なんて言うんだろう韓国系? そんな感じのハイウエストでオシャレなワンピースを着た梓が笑う。

 あれ、なんか今日の梓……


「ん? どうしたの、慶太……あやや、もしかしてこの梓に見惚れておりましたか? もう、後でゆっくり見せてあげるのに~!」


「ハハハ、そうかも。なんか今日の梓、いつもと印象違うな、って思って」

 いつもはボーイッシュでカッコいい感じだけど。

 今日の梓は髪もふわふわしていて、服もあれで……なんか全然印象違う。


「え、そんな正直に……えへへ、そうでしょ、そうでしょ! 服も友達に選んでもらって新しく買ったし、髪も今朝お母さんに巻いてもらってさ……ほ、ほらこの前慶太言ってたでしょ、『梓にはボーイッシュな服しか似合わない、男っぽい』って」


「そんなきつくは言った覚えはないけど」


「私にはそう聞こえたの……それでさ、ちょっと女の子っぽく可愛くなれるように頑張ってみたんだ! 慶太見返したいし、それに一緒にお出かけだし……ど、どうかな、慶太? その、今日の私、似合ってるかな? 女の子っぽく、可愛くなってるかな?」

 少し顔を赤くしながら、覗き込むように僕の事を見上げて。


 いつもはパーカーで髪ももっと普通だから、何というか今日の梓は、その……

「うん、似合ってる。なんかこういう感じの梓初めて見たから、その新鮮って言うか、えっと……い、いつものボーイッシュも良いけど、こういう可愛くて清楚な感じもよく似合ってる! グーだよ、梓!」


「えへへ、そっか、似合ってるか……良かった、ありがとう、慶太。えへへ、勇気出して印象変えてみて良かったよ! そう言う慶太もその服、良く似合ってるよ。印象はあまり変わんないけど、いつもの慶太だけど!」

 少し照れたようにほっぺをかきながら、海未の選んでくれた服を指さす梓。

 良かった、海未の面目もこれで保たれる。


「ふふっ、ありがと……でもこの服選ぶ前に一度着替えさせられたんだよね。『72点です』って怒られてさ」


「えー、72点? 私のテストの点数より高いじゃん! その72点コーデの慶太も見てみたかったかも!」


「バカにされるかもなので嫌でーす、こっちの方がおしゃれだし! それより、早くホーム行こ、そろそろ乗る電車来るよ」


「バカにしないよ、慶太が選んだものだもん! その服もまた見せてほしいな……ってホントだ、もう時間じゃん! 早くホーム行くよ、慶太!」


「そんな焦んなくても大丈夫だよ、まだちょっと時間あるし。それに、走ったら危ないよ」


「……それもそうだね。それじゃあゆっくり行こっか、乗り過ごしても次のやつがあるし! 急がず急がず、ゆっくり行きましょう!」

 走り出していた足に急ブレーキをかけ、Uターンして僕の隣に戻ってきた梓と一緒に、駅のホーム目指して歩き出す。



「ねえねえ、慶太?」


「ん、何?」


「今日楽しもうね! いっぱいいっぱい、楽しい思い出作ろね!」

 そう言ってほほ笑む梓に僕も「うん!」と全力の笑みで返した。





「……あれ、ミナレットちゃん配信してるじゃん、珍しい! こんな朝早くから凄いね、慶太!」


「ほんとだ、珍しい……って梓もミナレットちゃん好きだったっけ?」


「うん、好きだよ、穴党の一員だよ! あの元気な感じとか、正直に色々話すところとか、ずんだもんとか……慶太も好きだよね、ミナレットちゃん?」


「うん、僕も好きだよ、穴党だよ!」


「えへへ、そっか……やっぱり趣味が合うね、私たち」



 ★★★

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