第16話 今日は海未の時間ですから

「……兄さん、その……海未少しわがまま言っていいですか? 今から兄さんの時間、海未で染めちゃっても良いですか?」

 僕の胸にぽすっと顔を埋めた海未が、潤んだ上目づかいで僕を見ながらそう言ってくる。


「どう言う事、海未?」


「え、いや、その……に、兄さんは海未に感謝、してるんですよね? 海未の言葉とか海未にありがとう言いたいんですよね?」


「うん、海未にはいつも、ずっとありがとう、って思ってるよ」

 もちろん千尋との話もそうだけど。

 でも海未にはいつも色々してもらってるし、海未がいないと多分色々出来ないことあるし。だから、ありがとうはいつも思ってるよ。


「あ、そ、そうですか……こっちも兄さんにありがとう思ってます……その兄さんが海未にありがとうと感謝伝えたいのはわかりました……だから、今日その感謝を兄さんは海未にその、えっと……その、身体で示して欲しいです」

 赤く染まった顔で、小さな手をふるふる震わせながら、小さな声でそう言う……え、えっと体?


「あ、いえ、その身体で、って言うのはその、変な意味じゃなくてですね、そのえっと、あの……あ、こ、行動で、ってことです! その兄さんには海未への感謝をこ、行動で示して欲しいという事、です! だから、その変な意味じゃないですからね、兄さんには海未に何かお礼をして欲しいという事で、その私が兄さんとそう言う事したいってわけじゃ、海未はそんなんじゃなくてでもその……」

 ポーンと僕から離れて、ぐるぐると目を回しながら、わちゃわちゃと手を振り回しながら。

 焦ったような早口でプシューっと頭から湯気をだして……なんだ、そう言う事か。

 ちょっとだけビックリしちゃった、行動で示せってことか。


「は、はい、そう言う事です……ふわぁぁ…」


「ふふっ、わかったよ、海未。それじゃあ、お兄ちゃんに何でもして欲しいこと言ってみなさい! お兄ちゃんが出来ることなら何でもしてあげるよ!」


「……ふぇ!? ななな、何でも、ですか? そ、その……ほ、本当に何でもしてくれるんですか?」


「うん、何でも……昨日の夜みたいなことでもいいし、今朝みたいなことでもいいし、ご飯作ってほしいとかでも……あ、でも無理なお願いはダメだよ?」

 100万円ください、とかオーソ君1番人気にしてください、とかそう言うのは無理だけど。

 でも僕に出来ることなら何でも……ってこれ、なんだか昨日も言った気がする。

 海未も僕が千尋と別れて、結構危ないな人と別れたから安心してるのかな?

 安心して色々気が抜けちゃってるのかな……ふふっ、海未もやっぱりまだまだ子供だね。


「何でも、昨日より絶対凄い、何でもできる……一緒におふ……一緒にね……いや、でもそれは少し……でも明日梓さんがする前に私……いや、でもでもでも、それはダメです、ダメです……ふぇぇ、でも何でも……えへへ……でも、それは……」

 微笑ましい気分で顔を真っ赤にしている海未の方を見ると、喜んだように顔を緩めたり、ダメダメと言う風にプルプル首を振ったり、でもまたにへへと顔が緩んで。


「海未、何がしたい?」


「え、あ、その……もうちょっと待って、くだふぁい」

 クルクルと頭に手をやりながら、もう一度同じように繰り返して、冷蔵庫を開け閉めしたり、ペットボトルをぺちぺちしたり……海未、それは電気代がもったいないよ。


「あ、ご、ごめんなさい……で、でも兄さん、その……兄さんにして欲しいこと、決まりました。に、兄さん聞いてくださいね、海未が兄さんとしたいこと」

 そうして少し時間が経った後、おそるおそるオドオドと、でもどこか上気した声で海未がそう言う。


「わかった、何がしたいの、海未は?」


「え、えっとですね、海未はその、兄さんと……えっと、その兄さんと……に、兄さん、何でもして、大丈夫なんですよね?」


「もう、決まったんじゃないの? うん、何でもして大丈夫だよ。僕の出来ることならね」


「そ、そうですよね……それじゃあえっと、海未が兄さんとしたいことは、兄さんと一緒にしたいことは、その……兄さんは海未と一緒に、海未と一緒に……海未と一緒に!」


「ふふっ、海未と一緒に何するの?」


「えっとですね、その、海未と一緒に……」

 もじもじと体を揺らしながら。

 真っ赤に染まった顔と赤い唇をもごもごさせて、恥ずかしそうに、うまく言葉が出せない様に。

 もう、何がしたいの、海未は?


「え、えっとですね、兄さん! 私は、海未は、兄さんと、その兄さんは海未とお、ね、そのまま……」


「……海未と?」


「ややや、違います、その……え、映画です! 映画一緒に見て、欲しいです!」

 振り絞るような声で、いつもより大きな声でそう言って……映画?


「は、はい、冷蔵庫にコーラ、入ってるの見つけました。棚にはポップコーン、大きいの入ってます、それにこれからテレビで映画やります、金曜ロードショーで面白そうな映画やります。だから、その……海未と一緒に映画、見てほしいです……ふぇぇ……」

 ものすごい早口でまくりたてるようにそう言って最後は気の抜けたように口から空気をぷひゅー。


 なるほど、映画か。

 どうせ金曜ロードショーは大体見てるし、今日もつまらない物以外だとみる予定だったから全然OKだよ、ていうかほとんど毎週一緒に見てるじゃん。


「え、いや、そうなんですけど、今日はその……と、とりあえず、海未は映画見る準備、コーラとかポップコーンとか用意しますので、兄さんはソファで待っててください。今日何やるかとかチェックしながら待っててください」


「いいよ、手伝うよ。自分のコーラくらい自分で入れるよ」


「ダメです、兄さんは今日も絶対お疲れです、手を煩わすことは出来ないです。という事で兄さんがダメです、ソファいてください」

 海未に背中をぐいぐいと強く、本当に強く押されたので、言われたとおりにソファに座って番組表をチェック。

 映画なんていつでも一緒に見てあげるのに。

 あ、今日のロードショーは「レインボーラインー雨にかかる奇跡の虹ー」か……聞いたことないんだけど面白いのかな、この映画?




 ううう、失敗しました……いえ、失敗はしてない……いや、失敗、したのでしょうか……ううう、海未にはまだ早いです、そう言うのは。

 でもただの映画では兄さんを……あ、そうです。



 ☆


「兄さん、用意出来ました。映画楽しむ体勢、入りましょう。今日は何の映画ですか?」


「ん、ありがとう。今日は多分海外の映画かな?」

 大きめのお盆に重たそうにコーラとポップコーンを乗せて、リビングに来た海未がちょこんと僕の隣に座る。


 そしてコーラを飲んで「ぷへぇぇ」と顔をしかめて。

「海未、コーラ苦手なんだったら無理して飲まなくていいのに。映画見る時、いつもコーラに喉やられてんじゃん」


「いえ、コーラとポップコーンは映画に必須ですから、神器ですから外すわけには行かないです。だからいずれ海未も克服して……ぷへぇぇ」


「やっぱりダメじゃん。映画は楽しんでみなきゃダメだよ、損だよ」


「そうですけど、でもやっぱり……あ、そうだ兄さん。お願いの続き、聞いてもらっていいですか?」

 少しむくれたように顔を膨らます海未が、思い出したように僕の方を見上げる。


「ん、いいよ。何がしたい?」


「その、えっと……この映画が終わっても、もう1本、2本……その海未が満足するまで映画、一緒に見てほしいです。海未が満足してお腹いっぱいになるまで、兄さんは海未と一緒に映画を見てほしいです」


「ふふっ、僕明日、梓と出かけるんだけど」


「そ、そうですけど……でも今は海未の時間ですから。今日はまだ梓さんじゃなくて、海未との時間ですから……だから兄さんにはちゃんと海未に付き合って欲しいです……ダメ、ですか?」

 そう言って僕の服の裾をギュッと握って、小さな体を震わせて泣きそうな顔で。


 ……もう、そんな顔されて断れる兄はこの世界にいないよ!

「わかった、海未に付き合うよ……でも、限度があるからね。そう言う所はちゃんと考えてよね」


「えへへ、ありがとうございます、兄さん……でも、海未は食いしん坊ですから。だから兄さんの明日の時間まで、海未が食べつくしちゃうかもしれませんよ?」


「アハハ、それは困るな。梓とのお出かけも行きたいのに」


「えへへ、困らしちゃいます。兄さんを困らせるのも、妹の特権ですから」

 そう言ってえへへ、満面の笑みでと笑いながら、腕と腕が密着するくらいまで距離をぐっぐと詰めてくる。

 やっぱり海未には敵わないな、と思いながら少し部屋を暗くすると、テレビの中の主人公が泥沼の中を走り出した。



 ☆


「すーすー……くすっ」

 物語も主人公がNMCに出る、という物語も中盤に差し掛かったところで、小さな寝息と肩にぶつかる軽い衝撃。


「むにゃむにゃ……むにゃ」

 隣を見てみると、僕の肩に頭預けて、むにゃむにゃ寝言を言いながら海未が眠っていた。


 全く、自分から色々映画見たい! って言ったくせに……海未は本当にもう。


「むにゃむにゃ……へへ、兄さん思い出してくれて良かったです……あの女から戻ってきてよかった……にへへ」

 夢の中でむにゃむにゃそう言う海未。


 ……本当に僕の事心配してくれてたんだな、海未は。

 こんな心配してくれてたのにそれに気づかないなんて、本当にバカしてたな、僕は。


「海未のおかげで色々ちゃんと整理できたよ。いつもありがとね、海未」

 肩の上でむにゃむにゃ寝言を言う海未の頭をゆっくりと撫でる。


「えへへ、兄さん、そんな……えへへ……」

 夢の中の海未が幸せそうに笑顔を浮かべた。



《あとがき》

 ここで一応一章が終わりです。

 一章とかあったんだ、と言う人が多いと思いますが、一応終わりです。

 二章は梓のデートの話とかがメインになる予定です。


 明日はおまけと千尋の中学の話です、多分。

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