第15話 少しわがまま言っても良いですか?

 モワッとした、でも美味しい嬉しい匂いが漂うラーメン屋。


 注文したラーメンが到着した途端に、良哉が得意げに話し始める。

「豚骨ラーメンって福岡の発祥らしいぜ。つまりラーメンは日本人のソウルフード、日本の料理だな!」


「へー、そうなんだ。まあ、中国と日本のラーメンでは全然違うって言うしね……でも今から僕らが食べるのは味噌ラーメンなんだけど。味噌ラーメンの発祥はどこなの?」


「味噌ラーメンは札幌だな。豚骨は1937年、味噌は1955年。比較的歴史は浅いけど、でもどっちも日本発祥! やっぱり日本人はラーメン大好きなんだな! ちなみに台湾まぜそばも名古屋発祥だぜ!」


「……台湾なのに日本発祥なんだ。日本人の麺への情熱はとんでもないな」

 日本人って面白いな、なんて思いながら注文した味噌ラーメンをズルズル啜る。

 香ばしい味噌のスープに少し甘めのバターが染みこんで、麺ももちもち弾力のある縮れ麺で……うん、すごく美味しい!

 この味は最高だね、家では絶対にまねできない!


「な、この店旨いだろ? 来てよかっただろ?」


「うん、美味しい! 来てよかった!」

 隣に座る良哉がそう言ってニカッと微笑むので、僕も微笑み返す。

 このお店は美味しいね、良いお店だ、美味しいラーメンだ!


「そうだろ、そうだろ。今日はお前の奢りだからな、ありがたく食べようぜ!」


「……本当に奢らなきゃダメ? スコアも僅差だったからさ、ここは割り勘という事でどうでしょうかね?」


「だーめ、決めたことだろ? という事で俺の分の代金もお願いしまーす!」

 ニヤニヤと笑いながらラーメンのスープを啜る。

 点数132点と129点だったからもう同点でいいじゃん、そもそも僕の慰め会じゃなかったのかよ……色々言いたいことはあるけれど、でも決めたことだししょうがないか。


 取りあえず今は、このラーメンも楽しもうかな……うん、やっぱり美味しい、最高!



 ☆

 もう秋も深くなってきた夜の街。

「それじゃあ、また学校で……あと、本当に奢らなくて良かった?」


「いいよ、良いよ冗談だから。友達に奢って貰ったらさ、何というか……あれだろ? だから大丈夫、また一緒にラーメン食べに行こうな!」

 結局自分でお金を払った良哉が暗い街灯の下でそう言ってぐっと親指を突き出す。

 確かに良哉が奢る、ってなってもなんかあれだし、断ってたかも……という事で、ここはお言葉に甘えることにしましょう!


「ふふっ、言葉の使い方ちょっとおかしいぜ、慶太……それじゃあ、また! ちゃんんと明日学校、来るんだぞ!」


「うん、行くよ、大丈夫……って明日は休みじゃん! また月曜日だね、良哉!」

 キレイな空気にキラキラ煌めく星空の下、そう冗談を言ってペロッといたずらに舌を出しながら手を振る良哉に僕もまたね、と手を振って帰路に就く。


 良哉の家とは反対方向、ここから先は一人の道……あ、そうだ海未に帰る時連絡してほしいって言われてたんだ、忘れてた。


【今から帰るよ、あと10分くらい。何かいるものある?】


【無いです、大丈夫です! 安全に、怪我の無いようにゆっくり帰ってきてください!!!】

 LIMEを送るとすぐに、僕を心配してくれる優しい返事が返ってくる。

 ホントに海未は良い子だな……そうだ、帰りにアイスでも買って帰ろう、海未と一緒に食べるやつ。この時期だけど、まだ夜のアイスは美味しいでしょう!


 新しい目標も出来たところで、僕は少し早足にアンドロメダ座の下を歩き出す。




「あ、お兄ちゃんからLIMEだ……あ、お兄ちゃんもうすぐ帰ってくるって! 今日の配信はこれで終わりだね、急いでお兄ちゃん迎え入れる準備しなきゃだし!」

 具体的には片付けなどがあります、夜ご飯の食器も方してません、10分で帰るのは少しまずいかもです、間に合わないかもです……ベストを尽くすだけですが。


 流れるコメントには【さみしい!】とか【休日も聞きたいな】などなど……大丈夫です、心配しなくても明日も兄さんはいません……少し悔しいですが、明日も配信出来ます。


「それじゃあ穴党のみんなー、今日も1日お疲れ様! また明日の配信で会おうね!  もし配信来なかったらネコパンチだよ、大穴開けちゃうよ、にゃー! それじゃあ、ばいばーい!」

 画面の向こうのファンの皆様に手を振って、プツリと配信を切る。


 ふー、今日も配信頑張りました……2週間ぶりですけど、いつものずんだもんより疲れますね、こっちの方が。


「……さてと」

 そして海未はいまから片付けの鬼になります、兄さんが帰ってくる前に絶対にいろいろな片づけを終わらすのです、頑張れ私、頑張れ海未! 



 ☆


「ただいま~。海未、遅くなってごめん。でもお土産、買ってきたよ」


「ハァハァハァ……兄さん、お帰りなさい、です……ハァハァ……」

 少し寄り道して家に着くと、顔を真っ赤にして息を切らした海未がお出迎えしてくれた……大丈夫、海未?


「いえ、お部屋の掃除をしていると黒いあいつが出まして……それと格闘していると少し息が……でも平気です、大丈夫です。黒いあいつも私が処理しておきました」

 まだ息を切らしているものの、そう言って決め顔を見せる海未。

 なるほどGか……あれは大変だ、処理してくれてありがとう。


「はい、海未は頑張りました、褒めてほしいです」


「うん、ゴキブリ捕まえてくれてありがと。怖がらないなんて海未はすごいね」


「えへへ、ありがとうございます……と、ところで、お土産というのは何でしょうか? 美味しいものですか? その手の袋の中ですか?」

 嬉しそうに頬を緩めた海未が、コンビニのレジ袋の中身を見ようとぴょこぴょこ跳ねる……もう、そんなことしなくてもちゃんとあげるよ。

 中身はアイスだよ、海未の好きなやつ。


「……おお、本当だ、チョコミントのやつです。海未の大好きなチョコミントのアイスです、流石兄さんです。海未の好きなものわかってます……ぬへへ、ありがとうございます、兄さん、ふへへ」

 さっきまでの緩めた頬をさらにだらしなくてろーんと緩めて笑う海未。


 そんなに喜んでくれるなら良かった、本当に昔から海未はチョコミントのアイス好きだよね。

「だってチョコミント美味しいじゃないですか、歯磨き粉なんて言う人信じられないです……兄さんもいつもイチゴのアイスですね、これも変わらないです」


「確かにそうだ。僕も毎回、同じ味のアイス買ってるような気がする」


「そうですよ、兄さんも変わり映えがないです……そうだ、海未のアイスと交換してみますか、今日は? 海未がイチゴ味食べて、兄さんがチョコミント食べる……お互いの好きなもの交換してみてもっともっと好きになってみませんか?」

 コン、と首を傾けて物欲しげな上目遣いでそう聞いてくる。


 交換か、でも……


「ごめん、僕チョコミントあんまり好きじゃないから。食べたいんだったら両方のアイス食べていいよ、僕は大丈夫だから」


「むー、そう言う事じゃないです。兄さんにもそろそろチョコミント食べられるようになってほしいんです、海未は。好きなものもっと兄さんと共有したいんです……それにアイスは誰かと一緒に食べるのが美味しいんですよ? だから一人で食べろなんて言わないでください、二人で一緒にアイス食べましょ、兄さん」

 ぷく―っとほっぺを膨らませながら、少し不満そうにそう言う海未。


 ごめんね、チョコミント苦手なんだ、本当に……でも確かにアイスはみんなで食べるのが美味しいよね。


「そうですよ、兄さん……という事でこのアイスは冷凍庫にしまっておきます。また食べましょう、兄さんと一緒に」

 そう言って楽しそうにルンルンとステップを踏みながら、冷凍庫にアイスをしまいに行く……その背中を見て言わなきゃいけないこと思い出した。


「……海未、ありがとね」


「……ど、どうしたんですか? 急にそんなこと言って……アイスを冷凍庫に入れるくらい当然のことですよ、これくらい海未がいつもします」

 少し焦ったように口をパクパクさせる……ごめん、全然言葉が足りてなかった、これじゃダメだ。


 トントンと歩いて、冷蔵庫の前で焦ったように、不思議そうに首をひねる海未の近くまで行く。


 そして大きく息を吸い込んで、海未へ感謝を伝えるために。


「海未、ありがと……その、全部思い出したからさ、千尋とのこと。本当にありがとう……海未はずっと僕の事守ろうとしてくれてたんだね」

 海未はずっと「あの女は過去に……」とか、「ダメです、あの女はダメです」とか……僕とと千尋を遠ざけようとしていた。


 当時は少しうざったかったけど、今ならわかる。

 海未は全部知ってたんだ。知ってたから、僕の事守ってくれようとしてたんだよね。


「……もう、気づくの遅いです。兄さんはそういう所、ダメダメです」

 僕の言葉を聞いた海未はスッと立ち上がると、そのまま倒れこむように僕の胸にぽすっと頭突き……ごめんね、海未がずっと警告してくれてたのに全然気づいてなかった。いらない言葉と思って聞き流してた。


「……私の方もはっきりした言葉で言わなかったのは失敗でした。兄さんがずっと好きと言っていたので、兄さんの幸せを考えて、でもやっぱり幸せにはなれないと思って……だから、そのごめんなさい。役にも立たずに、中途半端で……ごめんなさい、もっとはっきり言っておけば、兄さんが……」


「海未が謝ることじゃないよ、僕が悪いんだから。気づかなかった、覚えてなかった僕が悪いんだよ、全部僕のせい……それにすごく役に立ったよ、海未の言葉。海未がああいってくれてたから、僕は千尋との本当の記憶、思い出せたから。だから海未の言葉と優しさ、すっごく役に立った。ありがと、海未」

 実際、海未の言葉がなければ、多分良哉に言われても過去なんてちゃんと見なかったし。

 だから海未の言葉はすごく役に立ったんだよ、それに僕の事お家でずっと支えてくれてたし。本当にありがとうだよ、海未。


「……本当に海未の言葉、役に立ちましたか? 迷惑じゃなかったですか?」


「もう、なんでそんなマイナス思考なの、海未は。ありがとうしかないよ、海未には。言葉も、他の事も……ほんとずっと全部、海未には感謝してるよ。ありがと、海未」


「もう、兄さん……兄さんは……」

 小さくなる海未の声とは反対に、僕の胸に顔を埋める海未の服を引っ張る力がギュッと強くなる。


 そのままギュッと服を掴んで、顔を埋めて。


「……兄さん、その……海未少しわがまま言っていいですか? 今から兄さんの時間、海未で染めちゃっても良いですか?」

 しばらくして、赤い顔の少しうるんだ上目遣いで僕の方を見上げて、少し泣きそうな声でそう言った。



 ★★★

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