第13話 美化された過去に運命の女神様は都合よく微笑まない

「お前が『楽しかった!』としか言わなかったデートの話だ、中身はどんなんだったんだよ、お前たちのデート!」


「まずは現地集合で……」


「はい、いきなり質問! デートが現地集合? 近場のデート?」

 出鼻をくじくように、いきなりビシッと腕を上げる良哉。


「話しはしょらないでよ、もう。普通に電車とか作っていくところだけど」


「はい、ダウト―! 普通のデートは現地集合しないぞ!」


「そうなの?」


「なんか普通のデートってのは過程を楽しむというか、駅で集合してお互いの私服みて『可愛いね』とか『イメージと違う、カッコイイ……!』とかそう言う事を言い合って、それで電車の中で『楽しみだね!』とか言って二人でわくわくを積み重ねて……そう言う事するのがデートちゃうんけ?」


「……千尋以外経験ないからわかんないけど」

 確かに梓とか彩葉とお出かけ行くときは電車から一緒だけど。


「現地集合はおかしいよ、移動も楽しむものなの、デートは! というか現地集合ってことは現地解散?」


「そうだけど」

 そう言うとガックシと肩から崩れ落ちる。

 ここカフェなんだけど、みんな見てるんだけど。


「それはもうデートじゃないわ、レンタル彼女だわ、レンタルだわ、バーチャルな彼女だわ!」


「違うよ、ちゃんと告白して付き合った……多分千尋は電車が嫌いなんだよ、だから別の方法で来てたんじゃないかな? そうに違いないよ」


「……ああ、もうあの女が絡むと途端にめんどくさいな、お前! いつもと違って今凄いめんどくさい!」


「なんか失礼だなぁ……そう言えば思い出したけど服褒めたことは何度かあるよ、僕も!」


「え、マジで? どんな感じ?」

 良哉の顔が少し明るくパッとなる。

 それくらいありますよ、僕だって。


「今日の服可愛いね、とか似合ってるよ、印象変わってキレイとか……」


「おー、なんか普通の会話しとる! 普通の会話に聞こえる! それでそれで? 相手の反応は? あの女の反応は?」

 ワクワクしたような表情で身体を乗り出して聞いてくる。


 そんな焦らなくても話すよ、ちゃんと。

「大体『あんたに言われても嬉しくない』とか『となり歩くのキモいし恥ずかしいから距離取って』とか……ふふふっ、思い返してもやっぱり千尋は恥ずかしがり屋さんだな」


「ぼろくそ言われてるじゃないですか、これで恥ずかしがり屋だと思うとかお前正気か? どう考えてもただの罵倒だろ、脳内お花畑か?」


「……でもさ、千尋結構恥ずかしそうにはにかんだ感じでそう言ってた気がするよ? 少し顔赤くして可愛い感じの顔で……だからツンデレなのかな、って」


「恥ずかしそうにはにかむやつはそんなセリフ言わないんだわ……他には何かあったか?」

 デートの時の他の出来事か……他には映画とか?


「映画! 映画良いじゃないか、デートでは基礎知識だぜ、知らんけど! それでそれで? 映画館では何があったんだ? 当然隣の席に座ってさぁ、ちょっとおしゃべりしながらさぁ……」


「いや、席はちょっと離れて座ったよ」


「え、バカなのお前? もうそれ他人じゃん、デートでもなんでもないじゃん……と言うかおかしいと思わなかったのか、二人で隣に座らないことに!」


「いや、これは流石にちょっとおかしいかな、と思ったよ……でもさ、結構感動する映画だったからさ、涙見せたくないのかな、と思って納得した」


 それになんだかいじらしげで伏し目がちのように見える表情で言ってきた気がするし……泣いてるところ見られたくないんだな、弱いところを見せたくないんだな、って思って……千尋は確かに僕のヒーローでかっこかわいいけど、でもちょっと弱いところは見てみたかったところはあるかも。


「……いや、感動は共有するもんでしょ、涙をカップルで共有するんだよ、そう言うのは! 席離れることにもっと疑問もてよ、抵抗しろよ!」


「そんなこと言われても……それに映画終わりに感想言い合ったときも楽しかったんだよ! 僕がしゃべった事、千尋は大体肯定してくれて、同じ感想持ってるみたいで……なんかすごい嬉しかった! 千尋と同じところに居るというか、同じところで繋がってるというか……それがすごく嬉しかったんだ!」


「……ちなみにどんな会話だったんだ?」


「僕がここが良かったよね! とか言ったら『あー、そうだね』とか『私も同じ感想持ったよ、良かったよねー』とか……そう言う感じの会話だったかな、確か」


「うん、それ適当にあしらわれてるわ、適当に返事返してるだけだわ、何なら見てないまであるわ……すごいな、ドンドンぼろが出てくるじゃん、掘れば掘ればのゴールドラッシュじゃん」

 でも楽しかったんだよ、当時は!

 他のエピソードも結構あるし。


「いや、もう他のエピソードはいいよ、聞いてるこっちが悲しくなるし喉も乾いてくるし、ジュース無くなったし……だからさ、根本的なところから紐解いていこう。慶太、なんでお前はあの女の事好きになったのか、まずはそこから……その前に喉パッサパサだからミックスジュースのお代わり頼むけど」

 そう言いながら店員さんを呼んでミックスジュースのお代わりを注文する。

 僕はパフェの続きを……あ、白桃が入ってる、今日のラッキーアイテムだ。



 ☆


「千尋を好きになった理由はね、千尋が昔僕の事救ってくれたヒーローで、憧れで、運目の人だからなんだ。救ってくれて、もう絶対に会えないと思っていたのにもう一度出会えて……赤い糸で結ばれた運命だと思って、だから好きになって」

 良哉のミックスジュースが届いたところで、千尋を好きになった理由を話し始める。


「運命? ヒーロー? 憧れ? は? 何それ?」

 ミックスジュースを一口ぷはっ、と啜った良哉が不思議そうな表情でそう聞いてくる。


「千尋はね、僕が小学生の時に同級生の子に虐められてるというか暴力振るわれてた時に僕とこの子の事助けてくれたんだ……助けてくれて、僕の事励ましてくれて、褒めてくれて、しかも2回も。僕の事助けてくれて、そのたびに励ましてくれて……だから、千尋の事を憧れるようになって、そのうちに好きになったんだ……あ、この子ってこの猫ちゃんの事ね」


「な、何そのさっきまでの激やばエピソードからの落差の凄いエモいエピソードは? 千賀のフォーク? ……ていうか慶太、猫飼ってたっけ? 可愛い猫だけど、これって慶太が勝ってる猫ちゃん?」


「ううん、今は友達に里親になって貰ってるんだ。カレンミロティックのミロちゃん……この子とウサギのルビーちゃんが、僕と千尋の出会いなんだ、運命の証なんだ」

 定期的に送られてくる元気なミロちゃんの写真を見ていると思い出す。


 同級生3人に虐められていたミロちゃんとそれを守っていた僕を助けてくれた千尋の姿を……カッコよかったな、ヒーローだったな、あの時の千尋。


 僕を助けるために前に出てくれて「人を虐めるんじゃない!」って、「いじめをしたって何もならない! どっか行こう!」っていじめっ子を追っ払ってくれて、僕には「かっこいいよ!」とか「他のものを守る、それってすごいことだよ!」って励ましてくれて、褒めてくれて……ボロボロになった体にぴったりとはまって、本当のヒーローみたいに見えて。


「……僕はその後すぐその街から引っ越しちゃって。千尋にお別れも言えずに、この町に引っ越してきて、中学校を過ごして高校に入って。千尋の事はずっと憧れの人で、ヒーローで、日に日に思いは強くなって、好きになって……でももう住む町も違うし、どこに引っ越すとか言ってなかったし。だから絶対に会えないと思ってた……でも高校に入って再会できたんだ」

 あれは入学式の帰り道。


 いきなり仲良くなった彩葉と一緒に帰っている途中に、流れるようなキレイな金髪を、見惚れるような美しい雰囲気を感じた時。

 初めて会った街とは遠く離れた違う街だけど。

 でもあの時の思いを数年間抱き続けた僕にはその姿を見た瞬間にすべてを確信できた。


 千尋だ、僕の憧れのヒーローが、僕の好きな人と再会できたんだって……だから運命を感じて、運命の赤い糸で結ばれてるんじゃないかと思って。


 千尋は僕の事覚えてなかったみたいだけど、でも会えた嬉しさとか喜びとか勝手に確信しちゃった運命とかでべつのクラスだったけど、積極的に話しかけに行って、仲良くなれるように頑張って。


 千尋の方は確かに塩対応だったけど、でも表情はいつも明るく見えて、楽しそうに見えて、だからいっぱい話せて。


 それに千尋と話せているという、憧れのヒーローと、好きな人と話せているというその事実が嬉しかったから、だからいっぱい話して。


 千尋の事が大好きだったから、千尋以外見えなくなって、もっともっと一緒にいるために告白して。


 OK貰ったときは心がぴょんぴょん飛び跳ねるくらい嬉しくて。

 大好きな千尋に好きって言ってもらえるのが、頼ってもらえるのが嬉しくて。


「それで、大好きすぎて、盲目お花畑、ってわけか……でも、なんつうか、ちょっと違和感……海未ちゃんと彩葉が言ってたのってこう言う……だったらあれも⋯⋯なあ、慶太。その思い出、本当か? 本当にそんなことがあったのか……その過去を、その運命を、もう一度作り直してみないか?」

 クルクルとストローを回しながら良哉がそう言って僕の方にシニカルに微笑む……え、どう言う事、中二病?


「違うわ、jojoっぽくカッコつけたけど……過去の出来事とか思い出ってのは美化されがちなんだよ、悲しいときとか、ピンチの時は特に」


「……千尋が僕を助けてくれたのは本当だよ。ちゃんと覚えてるもん」


「……なあ、慶太一度冷静に思い返すことも大事だぜ。今のお前は都合よく信じられた運命に縋って、物事が冷静に見えなくなってる……運命ってのは良いことより悪いことを運んでくることの方が多いんだ、そんなに都合よくは女神さまも微笑んでくれない。だからさ、もう一度冷静に過去を見直すんだよ……美化された過去じゃなくて、偽りの運命じゃなくて、真実を見つけるんだよ」


 ストローをかき混ぜながら、相変わらずな笑顔で。

 過去を見直す、って……これが真実だよ、絶対。


「……もう、たまには親友の言う事をちゃんと聞いてくれ! みんな違うって言ってるんだ……ほら、なんて言われたんだ、少年時代の慶太は!」


「……もっとカッコよくなれるよ、とか他の物を守れるのは素敵だよ、とか」


「はい、それ。それだよ、その言葉をちゃんと紐解け、本当の言葉を思い出せ……お前の運命はその言葉で絶対に変わる……大丈夫、海未ちゃんとも彩葉も、そして俺も信じてるから。だから慶太も信じてくれ」


「……なんで海未と彩葉の名前が?」


「……頼まれたんだよ、あの二人に! 取りあえず、本当の言葉思い出してくれ!」


「頼まれた……? な、何を……?」


「……詳しくは言えないけど、昔の事聞いてくれって……だから思いだしてくれ、本当に」

 ストローで氷を混ぜながら、でも僕の方をまっすぐと、真剣な目つきで良哉は見つめていて。

 海未と彩葉が頼んだということも、海未が言っていた「あの女は兄さんに昔……」という言葉の続きも気になって。


「ほら、思い出せ、記憶の扉を開くんだ」

 ……だから僕も記憶の大切な宝箱を、滅多に開けない宝箱の中に誘導されるようにアクセスする。




 

 

 ☆


 6年前、小学生の僕。

 ミロちゃんを抱きかかえて守るのに必死で、ほとんど無抵抗な僕を、同級生の3人がボコボコに殴って蹴って、傷だらけで血が出てて。

 でももうすぐ来る、僕のヒーローがやってくる。


「ちょっとあんた達、やめなよ」

 ほら来た、千尋だ、千尋の声だ、目に映るのは千尋の顔だ。

 やっぱり助けてくれてる、僕の記憶に間違いはないんだ!


 そしてこの後、いじめっ子を追い払ってくれて、そして僕とミロちゃんを……


「またこいつ……こんな惨めでキモい奴虐めても時間の無駄だよ! こんな気持ち悪い奴と一緒にいたら千尋達も汚れちゃうよ! さっさと帰ってもっと楽しいことしようよ、こんな奴虐めるより楽しいこと!!!」

 そう言って下賤な笑みを浮かべる。



 ……あれ?


 違う。


 違う。


 違う。




 違う、そんなわけない。

 だって千尋は僕のヒーローで、優しくて恥ずかしがり屋でかっこかわいいから、だからそんなこと言ってないし、そんな笑みも……そんな言葉も……あれ? あれ? あれ? あれ?


 何?


 なんで?


 どうして?


「お、おい、大丈夫か慶太!? やばい、変な催眠なんて試すからだ俺の馬鹿、彩葉のバカ! てかなんでかかるんだよ、俺の才能のバカ野郎!」


 その千尋の顔を、千尋の言葉を認識した瞬間に記憶の中の千尋がぐにゃりと歪み始めて。


 白い霧の中でキラキラと記憶に残る千尋の顔に浮かんでいた笑顔が、恥ずかしそうな表情が、いじらしく可愛い表情が、聞こえていた優しくて甘い言葉が……オブラートが剝がれたように、フィルターが壊れたように嘲るような表情と興味のない無表情に変わって。


「え、どうしよう、助けて彩葉海未ちゃん川崎ちゃん!」

 違う、違う、違う!


 千尋はこんな顔してない、こんな僕を馬鹿にするようなそんな顔は……だって今は嫌いかもだけど、あの時は僕の事好きって、それに優しくて、だからこんな事

「何、今度はネコなんか守ってんの? 前はウサギだったし……カッコいいと思ってんの? 動物守ってる自分がカッコいいと思ってんの? ……アハハ、残念! そう言うのキモいから! そう言う考え方マジでキモい……ねえ、あんた、もっとカッコよくなりなよ! 全然カッコよくないよ、そんなの!」



 違う。


 違う。




 千尋は僕のヒーローで助けてくれて、僕を励ましてくれて、だから千尋はそんな事言ってないし、僕の千尋はいつも楽しそうで僕の事を

「ちゃんと現実見た方が良いよぉ、あんた! 私たちみたいに現実でかっこよくしないと……そんな惨めなことしてないでさ! アハハ、こんなあんたにアドバイスしてあげる私ってやっさしー!!! ほら、行くよあんた達!」



 ……あ、あれ? おかしいな、こっちの方が記憶がクリアだ、しっかり見える。

 霧がかかった朝みたいにぼんやり見えない中でキラキラ光ってた記憶じゃなくて、こっちの方がキレイでクリアでまっすぐ見えて。


 千尋の無表情な顔も、嘲るような顔もやっぱり全部全部クリアに見えて⋯⋯


「本当に大丈夫か!? ヤバいヤバいヤバいよ、慶太がやばいかも!」


 パチンと何かが弾ける感覚が頭を襲う。


 それに続いてやってくるのはオーブラートが、フィルターが外れた情報の洪水。これまで見えないように隠していた、本当の事が頭に流れてきて。


 あの時は⋯⋯その時も⋯⋯それで、それで……あの時も……この時も……!


「ああ、やばいやばい、どうやって治すの!? 催眠の治し方って……」


「大丈夫、ごめん、ありがと……大丈夫だから、ありがとう」

 全部わかった、もう全部見えた。

 もう全部わかっちゃった。



 千尋は僕のヒーローじゃなかった。


 そして僕は千尋に金づるにされてただけだ、千尋は僕の事好きでもなんでもなくて弄ばれただけだ。




 運命の絆なんて、赤い糸なんて、最初から存在してなかったんだ。

 あの時、頭に流れた真っ赤な血を運命の赤い糸と誤認しただけだったんだ。

 タイミングよく現われた千尋を、いじめのリーダーの千尋を運命だって思ってしまったんだ。


「え、治ったの? だ、大丈夫なの?」


「うん、ごめんね、ごめんね、本当にごめん、本当にごめんね……」


 ⋯⋯本当にバカだな、僕は。

 あれだけ海未が、彩葉が良哉が、他の友達が色々言ってくれたのに、「やめとけ」って、「昔色々あったって」……でも、何も話聞かなくて、自分の記憶を信じて突っ走って。


 本当にバカだ、何やってるんだもう。


 僕の頼りない昔の記憶より、今の頼れる妹と友達だろ。


 なんで信じないで自分の美化されたキレイな過去だけ信じて……本当にバカだ。

 そんなキレイな過去に女神様が都合よく微笑んでくれるわけないのに。


「ごめんね、ごめんね、良哉……本当にありがとう、ごめんね、ありがとう……」


「え、あ、ちょっと……な、なにぃ?」

 もうちょっと頭が整理出来たらちゃんと謝ろう、みんなにありがとうって、ごめんなさいって。



 ☆


「だ、大丈夫か、慶太?」


「うん、もう大丈夫」


「そっか……なんかスッキリした表情してる」


「うん、色々わかったからね。みんなのおかげだ、ありがと」

 スプーンで残ったパフェを掬い、口に運ぶ。


「あのね、僕は千尋に弄ばれてただけだった、千尋の金づるだったわ、完全に……ようやく、ちゃんと認識できた。千尋は僕の事、好きでもなんでもなかった」


「……うん」


「それにね、もう1個わかった。千尋は僕のヒーローじゃなかった……千尋は僕とミロちゃんとルビーちゃんの事虐めてた張本人でリーダーだったんだ」

 つるんと飲み込んだパフェから、今日のラッキーアイテムが喉にすり落ちていく。



《あとがき》

 めっちゃ長いです、ごめんなさい。

 明日は千尋視点の話だと思います。


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