第11話 バーチャルな海未ちゃん
「今日はね、お兄ちゃんが友達とお出かけしてるから残念だけどいないの! 金曜日だから大好きなお兄ちゃんと色々らぶらぶしたかったのに残念、残念……だから、お兄ちゃんが帰ってくるまでは穴党のみんなに配信付き合ってもらうよ!」
テンション高く、ボイスチェンジャーは通すけどなるべく高い声で画面の向こうの約500人のファンの皆さんに向かってそう言う……こういう声出すと疲れるし恥ずかしいので普段は出せないんですが、少しの間だけだなら大丈夫です。長時間配信はできませんが。
早足で流れるコメント欄には【待ってました! 今日も可愛いよミナちゃん!】【ミナレットちゃんに一生ついていくから安心して! 大好きだから!】【お兄ちゃんがいなくても俺たちがいるよ! 穴党の俺たちが!】という言葉が聞こえる。
ちょっと怖くはありますが、でもこういう誰かが喜んでくれているのがわかるコメントを見ると嬉しくなりますしVtuberやってて良かった、あの時のスカウトを断らなくて良かった、って気持ちになる。
兄さんの言葉もですけど、ファンや視聴者の皆さんの言葉って言うのはやっぱり一番の励みになるんです。
兄さんには内緒のこのVtuber活動、結構楽しくなってきています。
「よし、それじゃあ今日も今日とて雑談するよ~! ふふ~ん、穴党のみんな、ミナに聞きたいことがあったら何でも聞いていいんですよだぜ! だからミナに雑談の話題をじゃんじゃんと振ってきてくれたまえですぜよ!」
だから私はこのバーチャルな世界で高梨海未とは違う、兄さんにもヒミツのもう一人の自分、「ミナレット」として新しい世界を、新しい自分を構築して、それを発信するんだ。
「何々~? お兄ちゃんとのラブラブエピソードを聞かせてほしいの~? も~、しょうがないなぁ、穴党のみんなは欲しがりさんですねぇ。良いですよ、ミナとお兄ちゃんはラブラブだからいっぱいそう言うラブラブしてるからね! えっとね、例えばね、手を繋いでお散歩行ったり、頭なでなでしてもらいながら一緒のベッドで寝たり~……」
兄さんと私とのお話は、ミナレットの配信の中でも人気のコンテンツ。
今も【仲良し兄妹で最高!】【俺もお兄ちゃんになりたい、そこ変われ!】って言ったコメントが早口で流れて行って……少し誇張はしてますが、私と兄さんの仲良しが視聴者の皆さんに認めて貰えてるみたいですごく嬉しい気持ちになります。
「ふふ~ん、まだあるけど、これはミナとお兄ちゃんの二人だけの秘密にしておきたいから教えてあげな~い! お兄ちゃん大好きだから、大好きな秘密を宝物にするんだ~! でもその代わり、ミナの学校でのエピソード教えてあげる! ミナね、今日学校でね……」
……本当は現実世界でも、兄さんの前でもこんな風に喋れたらいいんですけど。
兄さんは元気の良い子が好きみたいですから、現実世界の海未もこんな風に元気の良い妹として兄さんと色々話せたら。
今みたいに兄さんの事「お兄ちゃん」って呼べたら、兄さんの事もっと大きな声で大好きだって言えたら、兄さんの好きなVtuberの正体は海未だよ、海未が兄さんの好きなミナレットちゃんだよ、って言えたら……兄さんはもっと私の事好きになってくれるんでしょうか? 兄さんが私の事大好きだって、言ってくれて、そのまま……
「ああ、ダメです、恥ずかしいです兄さんにそんな……それに違います、そんなこと考えてないです! そんな変な事しようなんて、兄さんとそんな事……あ、間違えた、忘れてみんな! さっきのはミナの独り言だから、お兄ちゃんとはそんな事も出来るから、らぶらぶだから!」
思わず洩れてしまっていた心の声に少しチャットがざわついていたので慌てて訂正、ミナレットちゃんに頭を回転くるりんぱ。
いけない、いけないです、今はミナレットちゃんなんだから、海未に戻っちゃいけないんですから。海未のままじゃダメなんですから。
「ごめんね~、みんな。さっきのは忘れて雑談の続きするよ~。えっとね、昨日はチキン南蛮作ったんだけど、にい……お兄ちゃんが凄く喜んでくれてね! だからだから~……」
ポンポンとほっぺを叩き直して、ミナレットモードで配信を見てくれている視聴者のファンの穴党のみんなに向かって話し始める。
……やっぱり海未のままではまだちょっと兄さんにそう言う事を言う勇気が出ないです。
甘えたり手を繋いだり……そう言う事は出来るですけど、でもいざ声に出そうと思うと。
元気の良い妹として「お兄ちゃん」だったり「大好き!」だったり「海未が大好きなVtuberのミナレットちゃんの中の人だよ!」だったり……そう言う事を言う勇気が海未にはまだ出ないです、まだ出来ないです。
言葉って自分の真実を言ってるというか、心の奥底からの思いを伝えてるような気がして……簡単な言葉ですけど私にとっては自分の素直な気持ちを、思いを伝えてることなので甘えたり、手を繋いだりするより難しくて。
だからまだ海未にはそう言う事するのはまだです、まだ言えないです。
それに兄さんには……今の海未を、ありのままの海未を見てほしいですから。
「……ってごめんなさい、ちょっと考え事してて話止まっちゃてました、ごめんごめんで……ごめんね! あ、スパチャ来てる、ストレイト☆ガールさん、ありがとうございます! えっと、いつも……」
☆
「あ、ミナレットちゃんの配信始まってる。いつもゲリラだけど今日この時間って……本当に唐突だな、マジで」
良哉とカフェに向かう途中、何気なくYouTubeを開くと、僕の推しのVtuber、ミナレットちゃんの配信がスタートしていた……こういう所も千尋に気持ち悪い、って言われたけど、でも好きなんだからしょうがないと思うんだ。
「ん? ミナレット? VM?」
ひょこっと覗き込んできた良哉がそう聞いてくるけど、それは2000万円の子だ、その子じゃありません。
「違うよ、Vだけあってる。この子の事だよ……知ってる、Vtuberのミナレットちゃん……あ、良哉こう言うの嫌いだったっけ?」
「別に嫌いじゃないよ、アニメとかも見るし……ああ、この子か! 知ってるよ、動画見たことある! 確か……ずんだもんの人でしょ!」
「うん、当たってるけど不正解だね、その答え」
確かにミナレットちゃん配信が不定期な代わりに定期的にボイロの茶番を作ってるけど。何なら一番再生回数多いのボイロの茶番動画だけど。
でも本業はVtuberだよ、配信も元気よくて楽しいし。
「へー、そうなんだ。今ライブやってるの?」
「うん、いつも予約もしないゲリラライブスタイルで、今日はたまたま配信してるみたい」
「それVtuberとして大丈夫なのかなぁ……まあいいや、ちょっと聞いてみよっかな、慶太の推しの子の声」
「おーおー、聞いてみ聞いてみ。元気出る声してるから、元気でるよ!」
少し興味を持った良哉に小泉構文でさらに勧めるとイヤホンをつけて聞き始めてくれる……そしてすぐにニヤッとからかうような笑みで僕の方を見てきて。
「……どうしたそんな顔して?」
「いやー、何というか……やっぱり慶太はシスコンだな、って思って」
ニヤニヤしながらそう言ってくる……なんでそんな話?
「もー、隠さなくていいぜ。シスコンは別に悪くないと思うし、姉ちゃんと仲の悪い俺にとっちゃ羨ましいくらいだし……この配信の中でさ、ミナレットちゃんずっといってるじゃん、【お兄ちゃん大好き!】って! あれだろ、海未ちゃんがお兄ちゃんって呼んでくれなくて寂しいからこの配信見てるんだろ! この配信みて海未ちゃんに【お兄ちゃん大好き!】って言ってもらう妄想してるんだろ! このシスコンめ、悪くはないけどシスコン野郎め!」
「……別にそんなんじゃないよ。確かにお兄ちゃんって呼んでくれなくなったのは寂しいけど、そんな目的では見てませんし、そんな妄想もしてません。ミナレットちゃんを見てるのは元気の良さにはまったからです!」
まあ、確かに【お兄ちゃん】って呼んでるのを聞くとふと昔の海未を思い出してしまうこともあるし、多少シスコンな自覚はあるけど。
でも、大好きとかそう言う事言われる妄想したことは無いです、そう言うのは言わない方が自然でいいことだと思うし。
「またまた~、照れちゃって! 兄妹仲が良いの、めっちゃステキなことだし良いと思うぜ……それはそうとミナレットちゃんなんかいいな、この子。ちょっとはまったかもしれん」
ニヤニヤした表情のまま配信を聞いていた良哉が、ボソッとそう呟く……そしてその声を僕は逃さない、オタクだから。
「そうだろ、良いだろ、ミナレットちゃん!」
「うん、元気よくて聞きやすくて落ち着く声で……これから推していこうかな、ミナレットちゃんの事」
「お、良いね良いね! これから二人で推していこうよ、配信は不定期だけど!」
「ふふっ、それもいいかもな……まあ取りあえず、今はカフェに向かうぞ! 配信ってアーカイブ残るよな? 今聞かなくても大丈夫だよな?」
「うん、大丈夫だよ! 後でのんびりゆっくり聞けますよ!」
だから僕は勉強中に聞いているわけで。
意外と作業用BGMとしても使えるところがミナレットちゃんの凄いところ。
「おお、それなら良かった。それじゃあ後でゆっくり聞こうかな!」
そう言ってニマっと微笑んだ良哉にぜひぜひ! と僕は親指を突き上げる。
海未も彩葉もミナレットちゃんの事好きだ、って言ってたし、結構推しの布教活動成功してるのかも、僕……千尋に言われたことは一旦無視だ、梓もそう言ってたし!
★★★
感想や☆やブクマなどいただけると嬉しいです!!!
なぜファン名称が穴党なのかは、ミナレットで調べてみてください。
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